斎藤幸平「本当に『貧しいのはよくない』のか。『我慢は辛いこと』なのか」

 「マルキシスト」を標ぼうする東京大学准教授の斎藤幸平氏。ベストセラーとなった『人新世の「資本論」』(集英社新書)の著者でもある斎藤氏は「資本主義のもとでは、格差が圧倒的に広がり、気候変動が深刻化する」と警鐘を鳴らす。いま私たちに必要な “真の社会主義” と “脱成長” について語る――。 

※本稿は高橋弘樹編著『天才たちの未来予測図』(マガジンハウス新書)から抜粋、編集したものです。 

「ソ連は最悪」だが「マルキシスト」である理由 

 私はマルクス主義者として、地球環境と社会を破壊し尽くそうとしている「資本主義」を乗り越え、もっと誰もが自由で、幸せに生きられるコミュニズムの可能性を考えようとしています。 

 マルクスやコミュニズムに悪いイメージを持っている人も多いと思います。たとえば、私はTwitter のプロフィール欄に「マルキシスト」と書いていますが、それを見た人から「やばい人ですか?」と聞かれます。 

 プロフィール欄に「起業家」とか「CEO」とか書いてあっても、別に誰もなんとも思わない。「あ、そうなんだ」で終わりですよね。けれどそれが「マルクス主義者」や「左翼」というと、「こいつはちょっと危ないやつなんじゃないか」と思われてしまう。 

 ただ、そう感じる人の気持ちもわからなくはありません。ソ連のスターリンや中国共産党には独裁のイメージがあるし、左翼の運動といえば、かつての学生運動の殺し合いみたいなこともたしかにありましたから。 

 実際、ソ連がよかったかというと、私自身も最悪だと思っています。中国だって北朝鮮だってひどい。日本の社会のほうが断然いいですよ。なので、もちろんソ連を現代に復活させたいわけではありません。 

 それでも、私がこのような場で、社会主義やコミュニズムの必要性をあえて訴えているのには、2つの理由があります。 

 まず第一に、ソ連や中国は社会主義というよりも、国家・官僚主導型の資本主義だったという点です。あれを社会主義だと見なすこと自体が間違いだとわかってもらいたいからです。実は、マルクスが描いていたコミュニズムは、ソ連と中国とはまったく違う社会です。 

 もう1つの理由は、前述のイメージとも関連しますが、ソ連や中国を唯一の資本主義への代替案と見なすことで、「資本主義ではない社会」への想像力を私たちが失っているからです。 

 つまり、みなさんに考えてみてほしいのは、「社会主義は最悪」という固定観念のせいで「だから資本主義しかない」と思わされている可能性です。「マルクス主義や社会主義はやばい」と信じることで、「日本最高じゃん」「アメリカみたいになろうぜ」というマインドになってしまっているわけです。 

 けれども、本当に日本は最高ですか? こんなに格差や不平等があるのに? 今、民主主義も脅かされています。せっかく、これだけ技術も発展したのだから、もっと平等で自由な社会の可能性を考えてみませんか。そして、そのヒントを与えてくれるのがマルクスなのです。 

資本主義では環境問題が解決できない 

 ソ連が崩壊し、資本主義が地球環境を破壊している今だからこそ、私たちは改めて、資本主義の問題点を解決するために、マルクスに立ち返るべきなのです。 

 コミュニズムが環境問題を解決するというのは、マルクスの「研究ノート」を読み込むと見えてきます。 

 マルクスの最も有名な著作は『資本論』ですが、この本は完成していません。マルクスは最後の最後まで研究を続けたけれど、未完に終わった。だから、マルクスの最晩年の思想を知ろうとすると、彼の研究ノートを読まないといけないのですが、そこには、自然科学についての記述がたくさんあったのです。 

 私の最初の本『大洪水の前に マルクスと惑星の物質代謝』(堀之内出版)は、そのノートを読み解いていった本ですが、晩年のマルクスは、かなり環境問題に目を向けていることがわかります。 

 「資本主義的な発展」の中で、とにかく利潤を上げるために技術開発ばかりに目を向けると、労働者がますます服従させられ、自然環境も劣化させていくと、はっきりと批判しているのです。 

 その批判を今日に置き換えてみましょう。現代は「人新世」の時代だといわれています。人新世とは地質学の概念で、人類の経済活動が地球の気候や生態系に影響を及ぼすようになった時代のことを指します。 

 資本主義がひたすら経済成長を目指した結果として、人類は地球のあり方を根底から変えるようになり、それが今、気候変動やパンデミックという形でしっぺ返しを食らうようになっている。 

 この危機を、無限の経済成長を有限な地球上で求める資本主義は解決できない、というのが晩年のマルクスが考えていたことでした。 

 その際、マルクスが直面した課題は次のようなものです。つまり、「格差」と「環境問題」を、「同時に」解決する道を探さなければならないということです。 

 1つだけを解決することならできるかもしれません。たとえば、格差の問題を解消しようとして、さらなる大量生産、大量消費による経済成長を目指すことは可能でしょう。けれども、そうすればどうなるか。生産・消費の加速に、自然が耐えられず、環境が破壊されてしまいます。 

 したがって、「格差」と「環境」を「同時に」解決していかなければ、文明崩壊の危機は乗り越えられないのです。 

「脱成長」で人類はもっと幸せになれる 

 もっと人類が持続可能で平等に生きていく道はないのか──答えは簡単には出ません。しかし、今、目の前にある問題に対して見て見ぬふりをせずに、もうちょっと真面目に考えてみるべきだと思います。 

 それはつまり、経済成長を優先する社会から、自然環境と平等を優先する脱成長社会への転換が必要だということです。けれども、資本主義は成長をやめられない。なので、脱成長コミュニズムが必要なのです。 

 たとえば、さまざまな情報を発信しているメディアや広告業界は「不安を煽(あお)る広告」をやめるべきです。広告を打ち、本当は必要のないものを過剰に消費させる社会が果たして幸せですか? 私はそうは思わない。 

 最近、電車の中は脱毛や増毛、整形の広告ばかり。きれいになりたいのが人間の性? そうじゃないでしょう。人の不安やコンプレックスを煽って、本来必要のない人にまで消費を促すのは不健全ではないでしょうか。 

 商品をつくっている会社が儲かるために、私たちは広告によって絶えず不安や欲望をつくり出されている。一部の人の金儲けのために、多くの人たちが不幸になっている状況です。 

 これは資本主義の「経済の成長によって、市場に参加するみんながハッピーになる」という大前提が、もう逆転してしまっているわけです。成長することが目的となったせいで、みんな不幸になっている。 

 現代はやっぱり、ありとあらゆるものが過剰になっています。そして、それらを是正していくことは、健康にも、環境にもいいのです。だからたとえば、お店は日曜日は閉めればいい。ヨーロッパなんかは長年そういう感じです。あのアメリカでさえ、日曜日にはお酒を買うことはできません。 

 しかし、直感として、そうした転換に違和感があるとしたら、やはり「貧しいのはよくない」とか「我慢は辛いことだ」とか〝思わされている〟のです。 

 好きなだけお金を使って思う存分欲求を満たしていくことこそが、目指すべき地点。だからみんなたくさん働いて、お金を稼ぎましょう。この考え自体が資本主義的な発想に支配されているという気づきが必要です。 

 たとえ、このシステムからいきなり降りることはできなくても、その点を自覚しておくことは大切です。 

 「こんなに働かさせられているのはおかしくない?」「何のためのお金なの?」というように、今の生活を見直すことができれば、ブラック企業に入っても抜け出せるかもしれない。「これは本当に必要なものなの?」と過剰な消費をやめれば、もうちょっと有意義なことに時間とお金を使えるかもしれない。 

 「脱成長」という視点を自分の仕事や人生に取り入れることで、本当の意味で、「豊かさ」を手に入れることができるようになるのです。

高橋弘樹編著『天才たちの未来予測図』(マガジンハウス新書)
この記事の著者
斎藤幸平

東京大学大学院総合文化研究科准教授、マルキシスト。1987年生まれ。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授を経て、現職。専門は経済思想、社会思想。Karl Marx’s Ecosocialism:Capital,Nature,andthe Unfinished Critique of Political Economy (邦訳『大洪水の前に』堀之内出版)によって、権威ある「ドイッチャー記念賞」を歴代最年少で受賞。著書『人新世の「資本論」』(集英社新書)は「アジア・ブックアワード2021」の年間最優秀図書賞(一般書部門)を受賞。 (写真:井手野下貴弘)

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