なぜ、日本は経済成長できない国になってしまったのか。国民のせいなのか

アベノミクスが変えたもの、変えなかったもの

「こんな国に誰がしたのか!」。新型コロナウイルス禍で2度目の大型国政選挙となった参院選。公示(6月22日)の2日前、千葉県船橋市の街頭に立憲民主党の野田佳彦元首相の怒りが響く。「世界中どの国も物価を下げようと努力しているが、日本だけ金融緩和を続けている」。

民主党政権最後の宰相は舌鋒鋭くアベノミクスへの批判を繰り返した。

2012年末に政権を奪われ、次々と放たれた「3本の矢」は過度な円高を是正し、株式市場に活況を戻した。だが、10年近く経った今、日本経済を襲うのは急速に進む円安と先行き不安だ。経済は成長せず、消費を支える日本の平均給与も20年以上増えてはいない。国がダメなのか、それとも国民が悪いのか。正解の見えない現状から、漠たる不安と苦悩が国全体を覆っている。

「逆に引き締めたら、まさにあの“悪夢”のような時代に戻ってしまう!」。大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略という「3本の矢」を生んだ自民党の安倍晋三元首相。公示を迎えた6月22日には東京・有楽町での街頭演説で、アベノミクス批判にこう反論した。民主党政権時代に7000円台まで落ちた日経平均株価は2021年2月に30年半ぶりとなる3万円台を回復し、1ドル=75円95銭と戦後最高値を記録した円ドル為替レートは、今年6月末に約24年ぶりとなる137円台まで下落した。基本的にアベノミクスを踏襲する岸田文雄政権は、企業収益は過去最高、雇用環境も大幅に改善したと成果を強調する。

本当に実現可能か。若者世代の所得倍増

しかし、人々には実感がさほどない。なぜならば、実に20年以上もの間、日本人の給与は上がっていないからだ。デフレ脱却を至上命題としたアベノミクスといえども、日本人の平均年収は1997年の約467万円と比べ、2020年は433万円と34万円も低い。この間、消費税増税や社会保険料の負担増に加え、コロナ禍の停滞、急速に進む円安や資源高・物価高が私たちに襲いかかっている。米国や欧州、中国などは経済成長を加速させ、新型コロナ感染拡大に伴う落ち込みからの回復も速いが、日本は停滞。平均年収はOECD(経済協力開発機構)の平均値を下回る。世界から「置いていかれた感」は広がる一方だ。

アベノミクスの功罪はさておき、そこで岸田首相が掲げたのは「貯蓄から投資へ」というスローガンである。2020年秋の就任前には「所得倍増計画」を掲げていたが、その後は「非現実的」として修正。今年1月には経済界の代表を前に「次世代を担う子育て、若者世代の世帯所得に焦点を絞って、倍増を可能とするような制度改革にも取り組む」と表明した。

だが、今のところ目立った果実は見えない。ちなみに、「児童のいる世帯」の平均所得は1996年に約782万円だったが、2018年には約745万円に下落している。支出増に頭を抱える子育て世帯にとっては嬉しいスローガンといえるものの、「さすがに、ちょっと・・・」と実現性を疑う声は少なくない。

首相は「貯蓄から投資へ」と旗を振る。しかし、それには経済成長や収入の増加見通しに加え、元手となる資金に余裕がなければならないのも事実だ。総務省の家計調査(2021年)によれば、2人以上世帯の平均貯蓄額は1880万円に上っているが、これを「40歳未満」に限って見ると726万円と半分以下になる。一方で負債額は1366万円だ。負債保有世帯の割合は40~49歳が63.7%と最も高い。

2019年には金融庁の審議会「市場ワーキング・グループ」が、高齢者夫婦世帯は公的年金だけでは毎月5万5000円が不足し、老後の20年間で約1300万円、30年間では約3000万円が足りないとの報告書をまとめた。これが老後2000万円問題として社会問題化したわけだが、この時点での高齢者を基準にしての試算なのだから、当然、現在の若者たちにとっては「老後は安泰」というライフプランを描くことは容易ではない。先行き不安から少子化も進み、さらに人口減に伴う働き手の減少、国力の減退という悪循環が日本を覆う。

一人ひとりが幸せになるラストチャンス

内閣府がまとめた「年次経済財政報告」(2020年度)のタイトルは、「コロナ危機:日本経済変革のラストチャンス」だ。それには、新型コロナウイルス感染拡大の影響で我が国の景気が大きく下振れし、自粛生活や休業によって人為的に抑制された個人消費の下落が顕著であることが記されている。テレワーク実施率の上昇や労働時間の減少といった働き方の変化なども並び、構造的な人手不足や感染症対策としてもデジタル化の社会実装の加速は必須であるとしている。

たしかにコロナ禍で人々の生活や働き方は大きく変化し、緊急事態宣言や「蔓延防止等重点措置」の発令に基づいて自由が大きく制約されてきた。日本の様々な構造転換が遅れてきた点もある。だが、国家の重要な役割の中には、国防や国民の生命・財産・権利の保障と並び、経済財政運営があるのは間違いない。個人金融資産が2000兆円を超え、国民は「貯蓄から投資へ」と促されるが、日本の成長が取り残された要因は国民が悪かったわけではなく、国家運営にこそ重要なポイントがある。

とはいえ、なんでもかんでも国のせいにばかりしていても私たちが幸福になれるわけではない。「失われた20年」とも、「停滞の30年」ともいわれた時代を経て、国連が発表した2022年の「世界幸福度ランキング」で日本は54位だった。これには、上述したような、お金に対する不安が、社会を生きる多くの人々に浸透していることも一因として挙げられるのではないか。

人にはそれぞれの価値観や生き方がある。だが、私たち一人ひとりが豊かさや幸せを実感するためにも、まずはお金の不安を取り除くことは不可欠だ。自分や家庭を守る資産形成などの防衛策は欠かせなくなっているのだ。政府の旗振り通りに事が進むかどうかは今後を注視しなければならないだろう。だが、どんな政策であっても、私たち自身が心がけ、取り組まなければならないことも多いはず。一人ひとりが幸せを感じる国へと脱皮する「ラストチャンス」は何度も訪れはしない。

この記事の著者
佐藤健太

ライフプランのFP相談サービス『マネーセージ』(https://moneysage.jp)執行役員(CMO)。心理カウンセラー・デジタル×教育アナリスト。社会問題から政治・経済まで幅広いテーマでソーシャルリスニングも用いた分析を行い、各種コンサルティングも担う。様々なメディアでコラムニストとしても活躍している

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