悲報「原発再稼働で電気代は下がらない」…物価高騰で泣き叫ぶ国民、倒産する企業

 「できる限り多くの原発、この冬で言えば、最大9基の稼働を進め、日本全体の電力消費量の約1割に相当する分を確保する」

 14日、岸田文雄首相は記者会見でこう宣言した。文字面を追えば「供給力の確保に向けて最大限、原子力を活用する」とした6月28日の主要7カ国首脳会議(G7サミット)時の会見よりは踏み込んだ、と言えなくもない。また、3月の記者会見で「これまで以上の省エネに取り組み、石油やガスの使用を少しでも減らす努力をしていただくことが大切」などと述べていたことから比べると、進歩はした。ただ、新たに挙げた「9基」とは、すべて西日本の再稼働済み原発を指している。それぞれの事情から一時停止を余儀なくされているプラントの稼働であって、東日本大震災後、未だ再稼働実績のない東日本の原発の運転を意味するものではない。

 現在の電力需給逼迫は、東日本大震災以降、無為無策を極めた日本のエネルギー政策のツケだ。請求書は、岸田氏だけでなく、菅直人元首相以降の4首相にも回されるべきだろう。それにしても、昨秋の発足後、政権として、原子力に限らず電源確保に汗をかいてきたとはとても言えず、今回もまた何も変わらない。実行力に欠け「検討使」などと揶揄される岸田政権の本質は何も変わっていない。

再稼働でも電力料金高騰

 そもそも、今回の再稼働が実現したところで、電力需給の改善には貢献しても、国民生活や社会経済活動に直結する電力料金への波及は期待しがたい。それは、電力料金の算定の仕組みを踏まえれば明らかだ。

 かつての総括原価方式の下では厳格に原価が査定されていたが、自由化の下では各社が顧客に示すkWhあたりの電気料金単価は、電源構成や稼働率について一定の前提を置き、その他のコストも含めた上で算出する。極めて単純化すれば、発電所を保有する会社であれば、低コストの電源を中心とする運用で、市場に依存するような会社であっても、ヘッジを含めたより安価な調達を目指す努力によって、利益を生む構造だ。

 加えて、発電所を保有する会社の自助努力ではどうしようもない資源価格を料金に反映させる仕組みとして、紆余曲折を経て成立した燃料費調整制度もある。

 今回、岸田政権が稼働を掲げた9基の原発の運転主体は、料金単価に原発稼働を織り込んでいた事業者ばかりだ。つまり、稼働しないことによって奪われていた体力を、フラットな状態に戻す効果しか見込めず、値下げの原資を生むわけではないのだ。

 確かに、天然ガスや石炭など、他の火力発電所の稼働が抑制され、その分、ひっ迫する資源需要が押し下げられる効果は見込める。電力各社は基本的に、長期契約で燃料を確保しているが、近年はスポット市場での調達も余儀なくされている。その市場で、買い圧力の低減に貢献することはできよう。それが市場価格の安定につながる可能性も、期待できるかも知れない。しかし所詮は「風が吹けば桶屋が儲かる」程度のものだ。

 資源市況の行方は見通せない。今後も、上昇トレンドが続けば燃料費調整制度上で、転嫁可能な上限値に達した電力会社が、基準の再算定を行い、さらなる電力価格高騰をもたらすこともあり得る。

 東日本エリアでは、原発再稼働後の料金値下げを「公約」している北海道電力のケースもある。しかし、そもそも同社の泊原発は審査途上で合格のめどすら立っていない。岸田政権が掲げた今回の姿勢では、その加速化も望めない。

 現状のままでは、東日本での電力価格は高止まりどころか、むしろ再値上げすら視野に入りかねない。「原発が動いているのになぜ」という怨嗟の声も上がろう。しかし、それには「動かすべき原発を動かしていないからだ」としか答えようがない。もっとも、政権がそのようなメッセージを発する度胸があるとは思えず、さらに国民の側にもそれを受け入れる度量などあるまい。

原発規制の呪縛こそが電力逼迫の根源

 東京電力福島第一原子力発電所の事故は、原発の安全神話を瓦解させた。未だに故郷への帰還が叶わぬ住民の存在をはじめ、爪痕は深い。原発に頼らなくとも、十分な電力を確保できるのであれば、11年前の事故を以て、原子力との決別はあり得ただろう。しかし、現実はそうではない。

 火力発電は石炭や天然ガスを海外に依存する構造的なリスクを抱え、その上、温室効果ガス排出量削減の観点からは、むやみやたらな運転は難しい。水力発電は、適合地の開発はあらかた進み、発電機の更新によるわずかな出力増程度しか見込めない。再生可能エネルギーにしても、一長一短だ。太陽光は昼夜間や天候による変動が激しく、風力は偏西風に頼れる欧州と比べ、年間での効率は落ちる。

 しかも、いずれも開発に伴う地元や権利者との軋轢が強まりつつある。地熱発電など他電源も状況は同様だ。少なくとも、あらゆる分野で大量の電力を消費することを前提に構築された今日の日本社会を維持しようとした場合、原発という選択肢を排除するような〝縛り〟は、電力の逼迫しか招かない。

「次々とゴールポストを動かす」原子力規制委

 福島第一原発事故以降、原発の稼働は、原子力規制委員会の掌上にある。「世界一厳格」とされる新規制基準は、確かに原発の安全性、信頼性を向上させた。しかし、その規制行政には疑問も少なくない。当初、規制委は原発再稼働に向けた審査機関について、半年程度との目安を示していた。田中俊一委員長(当時)はこれを短縮する方向で努力するとの考えも示していた。しかし、現実は最も早くクリアした九州電力川内原発ですら2年余りを要した。

 規制委は米国のNuclear Regulatory Commission(NRC)をモデルとし、設置された。NRCは「規制活動は、それにより達成されるリスク低減の度合いに見合ったものであるべきである。有効な選択肢が複数ある場合は、リソースの消費が最少となる選択肢を採用すべきである。規制の判断は不必要な遅れが生じないようにすべきである」として、効率性、経済性の観点も踏まえた審査を行う。しかし、申請から10年を経ても未だに審査の終了が見通せないプラントも少なくないように、規制委は「不必要な遅れ」を招いている。ある閣僚経験者は「規制委は次々とゴールポストを動かすんだ」と苦々しく語る。加えて、原子力事業者側からは、審査長期化の背景として、規制委のマンパワー不足を指摘する声も上がっている。

 政府が何をするべきか。三条委員会として独立して強力な権限を持つ規制委に手を突っ込むことは難しい。しかし、設置法そのものにNRCが掲げるような効率性や経済性という観点を加えることは可能だろう。それ以前に、規制委の人員増強も急務だ。このような具体的な策を打たずに「最大限の活用」といっても、それは口先だけとの批判は免れ得ない。

相次ぐ大規模発電所計画中止で技術伝承の危機も

 エネルギー政策の混乱は原子力だけではない。今回の需給逼迫は、3月の地震に伴う火力発電所の脱落などによる影響も大きい。自然災害による被害は不可避だとしても、火力発電を取り巻く現状を見渡せば、偏った政策による人災との側面も否めない。

 火力発電所の稼働率は近年、右肩下がりだ。石炭火力では2015年から2019年にかけて80%から66%に、LNGでは2016年から2019年にかけて90.1%から53.4%へと下落している。大きな要因は、再生可能エネルギーの大量導入だ。ルール上、再エネの発電量が増加すると、火力発電は出力を抑制するか、停止させなければならない。需給バランスを維持するために必要な操作だが、火力発電所にとっては稼働時間の減少による機会損失に加え、頻繁な運転、停止のサイクルによって機器へのダメージが蓄積する。発電所を保有する電力会社にとっては、需給調整を図る安全弁の役割を果たすものの、さまざまなコストは経営上、大きな足かせとなる。

 地域独占・総括原価方式の下では、こうしたコストも回収可能なように電気料金を算定できていた。しかし、電力自由化政策では、あくまでも個社の戦略に委ねられる。電源の存廃は原則として各社の経営判断に委ねられるのだ。今や、総販売電力量の2割程度を新電力が占める。その多くは自前の電源を持たず、市場などで調達し、右から左に流す、いわば転売のビジネスモデルだ。大手電力各社は自社と直接契約する顧客以上の電源を保有、稼働させ、需給バランスを維持する責任だけを負わされる極めて歪んだ状況となっている。

 こういった状況を受け、将来の供給力を取引する容量市場など、新規投資を促す仕組みが無いわけではない。しかし、制度設計は不十分で電源開発が進む兆しは見えない。さらに、折からの脱炭素の風潮や資源高も相まって、国内の大規模発電所計画は次々に中止、休止に追い込まれている。既存電源の休廃止も相次ぎ、今後しばらく需給バランスは綱渡りの状況が続く。

 プラントメーカー側の技術伝承への懸念も生じる。国内で新規開発がなされない以上、海外などで新たな仕事を得ない限り、技術者は育たない。しかし、政府が6月、バングラデシュとインドネシアで進めていた石炭火力発電所建設への円借款供与手続きを中止すると発表した。プロジェクトはフェードアウトするとみられる。東日本大震災以降、海外に活路を求めたものの頓挫した原子力産業と同様の隘路(あいろ)に陥りかねない。

「暴風のさなかに雨戸を開け放つ」エネルギー政策の愚

 菅義偉政権下で掲げた「2050年カーボンニュートラル」は、深刻な気候変動などを前にすれば、避けて通れるものではない。しかし、再エネの最大限導入を訴えていた河野太郎・小泉進次郎両氏を中心に、政策に落とし込む段階で、歪みが目立った。

 かつてアメリカの作家マーク・トウェインは”History doesn’t repeat itself, but it rhymes”(歴史は繰り返さないが、韻を踏む)と語ったが、理想では正しくとも、状況判断や具体策で躓く、という振る舞いは昭和初期、浜口雄幸政権が断行した金本位制への復帰に近いものがある。

 第一次世界大戦中に制限されていた金輸出を、戦後に欧米が解禁したため、五大国の中で唯一金本位制を停止していた日本に対して金解禁の圧力が高まっていた。長い不況からの打開策として日本財界からも金解禁を推す声は高まっていたため、浜口政権は解禁方針を固め、世界恐慌の引き金となった「暗黒の木曜日」を前にしても政策を変更しなかった。国民には「消費節約」を訴え、緊縮財政を進めた。日本の紡績王として知られ、後に衆議院議員も務めた武藤三治が「暴風のさなかに雨戸を開け放ったようなものだ」と喝破したが、その通り、日本経済は未曾有の混乱に陥り、これが大正デモクラシー以降の政党政治の瓦解、陸海軍の政治介入の引き金を引いた。

 カーボンニュートラルについてはどうか。欧州では今や、ロシアからの天然ガス依存から脱却する上で、一定程度の化石燃料の使用や原子力の活用について具体的に検討を進めている。その一方、「バスに乗り遅れるな」と言わんばかりに再エネに傾倒し、火力・原子力を軽視し続けるのであれば、もたらされるものは、バラ色の未来ではなく、救いようのない破滅だろう。

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