【追悼】稲盛和夫 「無私でありたい」維新の英傑・西郷隆盛に重ねた自身の人生

 京セラ株式会社創業者の稲盛和夫氏は鹿児島大学卒業後、不況による就職難の中で京都の碍子製造会社へ就職。決して順風満帆とは言えない会社員生活を送った。そんな中でも、西郷隆盛の教えを信念に持ち、たゆまぬ努力を続けてきた――。

※本稿は、稲盛和夫監修『無私、利他 ~西郷隆盛の教え~』(プレジデント社)の一部を抜粋・再編集したものです。

努力と挫折を経験した会社員時代

 若い頃のことを思い出しますと、私は鹿児島大学を卒業しましたが、一流企業に入れず、やっとのことで京都の焼き物の会社である松風工業に入社しました。松風工業の社員時代は本当に必死に努力をしました。

 ファインセラミックスの研究開発を行い、自分の手で新製品を次々に開発していきましたが、しかしその頃の研究開発の先に何があるのかという将来の目的があったわけではありません。ただ目の前にある研究を必死で続けていました。

 しかし、必死に努力していると、その先が見えなくても、必ず道が拓けていくものです。そうして将来が見えないなかで、目の前にある研究に必死で打ち込む。それが己の人生を拓いていく元になったような気がします。

 傍から見たら、研究していることは本当に些細な、小さなことだったかもしれませんが、全身全霊をかけて必死で努力していました。現在の若者でしたら多分、途中でやめてしまうのだろうと思うのですが、私の場合、やめなかったからよかったと思っています。

 この松風工業には、大卒が五人入社しました。一人は京都大学工学部卒の人で、九州・天草の出身者でした。別の一人は京都出身で、京都工芸繊維大学卒の人でした。松風工業は私の入社当時から経営が思わしくなかったようです。給料日に給料が出ず、「一週間待ってくれ」という会社でした。

 京都工芸繊維大学卒の人間は、ツテがあって辞めていきました。京都大学卒の天草出身の人間とは一緒になって「辞めたいな」と言っていたのですが、辞めても行くところがなかったので、それなら自衛隊の幹部候補学校が募集しているので受験しようということになりました。受験に合格した彼は、会社を辞めてその学校に行きました。

 私も一緒に受験し、合格したのですが、入学手続きには戸籍抄本が必要でした。鹿児島の兄に、戸籍抄本を送ってくれるように頼んだのですが、その兄にひどく叱られました。「会社にせっかく入れてもらって、まだ一年も経たないで、文句ばかり言って辞めようとしているのはけしからん」と、兄は戸籍抄本を送ってくれなかったのです。

 私は幹部候補学校に行けないまま、一人、会社に取り残されました。あとはもう自分の目の前にある研究に打ち込む以外にないと、いままで以上に必死に仕事をしました。「エレクトロニクス用の新しい絶縁材料の開発をやってくれ」と上司から言われたので、その研究に日夜没頭しました。文献があまりなかったので、アメリカの『セラミックソサエティ』のような学会誌をいろいろと取り寄せて、それを参考にしながら研究しました。

 寮から会社に通うのが面倒になり、寮から七輪と鍋釜を研究室に持ち込み、研究室で炊事をして、泊まり込んで研究を続けました。そうした日常を送るなかで、日本で初めてと言われるセラミック材料の開発に成功することができました。

 研究に没頭していた頃は、西郷のことはまったく思い浮かべてはいません。しかし、結果として西郷の教えをなぞるように生きていました。

自分を戒めながら生きていく

 リーダーとして「権謀術策を駆使する人間は、純粋な心を持った人間に最終的には負けるのだ」という西郷の教えを、私はそのまま自分の信念としました。リーダーと呼ばれる人間が第一に身につけるべきは、誠心です。カネや地位、権力、策略は、一点の曇りもない誠心誠意の志に歯が立ちません。偉業というものは、西郷隆盛がそうであったように、高潔で清らかな思いがあってこそ、初めて成し遂げられるものです。

 誠心誠意の志とは、無私の精神です。征韓論に敗れた西郷は、参議を辞めて下野し、生まれ故郷の薩摩に帰りました。その西郷を追うように、維新の功績で明治政府の官僚になっていた薩摩の若い士族たちは官を離れて、鹿児島に帰っていきます。

 西郷はそんな多くの若者が爆発し、西南戦争が勃発すると、何も言わずに「俺も行こう」と身を投げ出しました。そのような生き様に、無私の精神を感じます。西郷の場合は、つねに無私の精神だったと言えます。自分がないということが、西郷の生き様でした。だからこそ、多くの人の共感を呼び、みんながついていくのです。

 それでは、無私の精神は、どうしたら会得できるのでしょうか。この精神は学ぶことではなく、「無私でありたい」と心の中で強く思い続けていなければなりません。やはり人間には欲があり、自分が一番大事ですから、つねに自分を戒めて、無私であるべきだと、心の中で何度も唱えることが大切です。

 放っておくとどうしても欲が芽生えます。無私とは真逆の利己の心が自分の心を占領します。つねに自分を戒めて、無私であるべきだと、心の中で何度も唱えることが大切です。「自分のまわりの人たちを幸せにする」、そのことを自分に言い聞かせていかなければなりません。生まれながらにして聖人君子のような人もいるかもしれませんが、われわれ凡人は心の中で強く自分を戒めて、教えていかなければならないのです。私もまた、無私、利他ということを強く意識して生きてきました。

必要なのは小さな努力の繰り返し

 戦後の高度経済成長は、日本の多くの働き者たちが成し遂げた奇跡でした。働き者たちは蔓延していた貧しさから早く脱却したいという切なる願いを持っていました。その頂点に立ち、日本経済を牽引してきたのが、松下幸之助さんであり、本田宗一郎さんであり、関西ですと流通革命を断行した中内功さんでした。

 彼らは超一流大学卒という経歴とは、まったく次元の異なるところから出てきた人物でした。経営も人生も、逆境の中で必死に努力して成り上がった人たちです。出会うすべての体験が必然であり、運命的だと捉え、熱く、熱心に、すべてのものをなげうって必死に努力を続けていくタイプでした。

 現代に生きる私たちは、彼らが体験した生き様、その必死に努力する姿を学ぶべきだと思います。そのバイタリティが、戦後の廃墟の中から日本を復興させていったのです。人間とは、つねに学び、努力し、一生懸命に生きていかなくては、心が成長しません。彼らの逆境体験、また彼らと同世代の無数の日本人の逆境体験が、日本を豊かにしました。

 しかし、松下さん、本田さん、中内さん以上に逆境の人生を送ったのが、西郷隆盛でした。西郷は二度も島流しに遭いながら、心乱すことなく、さまざまな書物を読んで勉強を続けていました。その心の強さ、しなやかさは二度の島流しの中で鍛えられ、西郷は己の考えを深めていったのです。

 現在の日本は幸せで、豊かな平和な国になりました。しかし、そのために、現代の若者たちはそんな逆境体験を経験したいと思っても、逆境に出合うことが少なくなってしまったのです。私のような戦中、戦後を子どもとして過ごした世代から見ても、逆境というのは自分を鍛える大きな要素だったと思います。それが現代にはない。日本の歴史を見渡しても、このような時代はなかったと思います。

 現代の若者たちは、どのようにして己の心を磨いたらいいのでしょうか。このような時代では、書籍を通じて学ぶことが一番大事ではないかと思います。望んでもなかなか逆境に遭わない若者たちは、人間にはこういう生き方ができる、考え方、哲学を持つことができるということを、書籍を通じて学ぶことが大切です。

 経営を例にして話しますと、経営とはそもそも企業買収のように派手で、刺激的で、あっと驚く大きな出来事ばかりではありません。地味で、単純な判断の繰り返しです。そういう地道な努力を積み重ねることなしに、大きな仕事は成し遂げられません。

 西郷は『南洲翁遺訓』の中で、「道に志す者は、偉業を貴ばぬもの也」と語っています。「正しい道を志す者は、偉業を成し遂げようと思っていません。人の意表を突き、驚かすような派手なことをしないものです」と諭しています。

 西郷は夢と現実の隔たりを前にして、ただ焦らずに、奇策を弄せずに、地に足をつけて、一歩一歩を踏みしめて前に進むしかないと語ります。くじけずに歩き続けることが大切なのです。小さな努力の繰り返しこそ大事なのです。

 現代の日本人は、みなとても賢くなっていますので、少し努力をしてうまくいくと、もうその辺で満足し努力を続けません。しかし、努力とは、生ある限りいつまでも必死にしなければ駄目なのです。

稲盛和夫監修『無私、利他 ~西郷隆盛の教え~』(プレジデント社)
この記事の著者
稲盛和夫

稲盛和夫(監修) 1932年、鹿児島県に生まれる。55年、京都の碍子メーカーである松風工業に就職。59年4月、知人より出資を得て、京都セラミック株式会社(現京セラ)を設立し、現在名誉会長。第二電電(現KDDI)の設立、JALの再建にも携わる。

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