日本はこのまま安倍晋三を神格化してもいいのか…国葬に「法的根拠がない」深いワケ

戦後初の国葬、吉田茂は「我が国を奇跡の復興へと導いた」ことに功績 

 前回は、戦前の国葬対象者を取り上げた。それでは、戦後に天皇・皇太后以外で唯一、国葬された吉田茂について考えてみよう。吉田茂はなぜ、国葬がふさわしいとされたのだろうか。

 答えは、吉田茂が「もっとも苦難に満ちた時代にあって、7年有余の長きにわたり国政を担当され、強い祖国愛に根ざす民族への献身とすぐれた識見をもって廃墟と飢餓の中にあったわが国を奇跡の復興へと導かれた」(佐藤栄作首相の談話)からである。

 戦前の国葬は、天皇の大喪儀がメインで、その他の国葬は「天皇の思し召し」として行われていた。すなわち戦前の国葬は、国家元首であり主権者でもある天皇のために一生懸命尽くした人が、特別に天皇から賜るものであった。したがって戦前の「天皇に奉仕した」という国葬の基準は、主権在民を原則とする日本国憲法下で行われる国葬には全く当てはまらない。

 だが、佐藤栄作首相(当時)は、吉田茂が戦後の民主主義国家として新たにスタートを切った日本国の再生と復興に大いに貢献したからこそ、国葬にふさわしいと考えたのである。

 では安倍元首相の国葬の実施理由についてはどうだろうか。2つの視点から、その妥当性を考えてみたい。

安倍国葬の2つの妥当性…「神格化の流れ」の恐怖

 第1に、この国葬儀には、アベノミクスによって景気回復を実現した総理大臣を顕彰するという意味があるのではないか。第二次安倍政権は経済政策を重視し、1990年代初頭のバブル崩壊後で初めてと言っていいくらい、実効性の高い景気浮揚策を実行している。賛否はあろうとも、株価の上昇によって企業業績が向上し、失業率も改善したことは確かだ。安倍元首相のリーダーシップによって、ニッポン経済は「リーマン・ショック」「東日本大震災」に起因する景気の底から抜け出すことができたし、もちろん投資家サイドから見れば「保有資産額の増大」という最高のメリットを享受することもできた。

 吉田茂の国葬の理由は「戦後復興」という経済政策が理由になっている。筆者としては安倍元首相の功績、どん底だった2000年代の日本経済を再生させようとしたことが、国葬に値する理由の一つだと考える。

 ただし、国葬を決めた当の岸田首相の現時点の施策を見る限り、景気回復よりも財政健全化のほうに重点が置かれているような印象を受け、矛盾を感じることも確かだ。岸田首相が「国葬」を決断した意図は「安倍派や保守層の取り込みにある」と言われてしまう所以だろう。岸田首相には、国葬を機にぜひ、安倍元首相の遺志を継ぐと改めて宣言し、来年度予算に大胆な、そして即効性のある景気浮揚策を盛り込んでいただきたい。

 第2に、この国葬儀はニッポンが「戦後レジームから脱却」し、「次の50年、100年の時代の荒波に耐えうる新たな国家像」樹立のための第一歩を踏み出した、ということを内外に示すものになるかもしれない。すなわち第二次安倍政権では、2014年7月の閣議決定によって、これまで憲法9条の存在によって歴代の内閣が踏み込めなかった平和安全法制を成立させ、集団安全保障を実行することが法的に可能になった。その後、「自由で開かれたインド太平洋戦略」を提唱し、Quad(日米欧印戦略対話)の設立など、国際社会の一員としての新たな安全保障体制づくりを自ら推進した。

 これによって安倍首相は、吉田茂が作った「不戦国家」の国家像から、有事には「他国と同盟を結び、自由のために戦う国」へと脱皮させようとした。つまり、戦後レジーム(安保体制)を脱却し、時代に即した新たな国家像をつくるための先鞭をつけたと言えるのだ。

 もちろん、安倍元首相の真の功績については、歴史の評価を待たなければならないのだろう。だが、現政権が、安倍元首相は「新たな国家像を実現する土台をつくった」と考えているのならば、吉田茂の業績に匹敵すると言え、国葬の妥当性が証明されるのではないか。

弊害をなくすため、今回の国葬儀は戦前の国葬とは異なることを周知すべき

 以上のように考えれば、安倍元首相の国葬儀は「過去の国葬にも匹敵する価値がある」「国葬という判断は正しい」と言えると個人的には考えている。しかしその一方で筆者は、今回の国葬儀を、戦前のような国葬とは分けて考えるべきだと思う。国民や国全体に服喪を強制するような国葬とは今回の国葬は異なるのだ。

 前出の宮間純一氏の研究によると、戦後すぐ(1946年に)地方官庁および地方公共団体に向けて出された通達に「公葬その他の宗教的儀式及び行事(慰霊祭、追悼祭)などは、その対象の如何を問わず、今後挙行しないこと」というものがあり、これは国家神道を解体する過程において、国葬・公葬が必然的に禁止されていたことの証拠なのだそうだ。

  ニッポンでは国葬で弔われた人を崇拝したり、絶対視したりしやすい。だから終戦直後は、天皇を現人神とする国家神道と同様に、日本国憲法の条文に基づいて禁止したわけである。現在、「国葬を行う直接の根拠条文が見当たらない」のはそのためである。 

 もちろん憲法自体に「国葬を禁止する」と書かれているわけではないので、吉田茂の国葬は合憲だし、今回の国葬儀も合憲とみていいはずだ。よって今後は「政治家の国葬を積極的にやる」とする選択肢もありうる。令和時代には信教の自由や思想・信条の自由があるし、戦前のような憲兵や特高警察も存在しないから、峻厳な憲法解釈をして国葬を禁止する意味もなさそうだ。

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