1ドル150円の大狂乱「FRBが目論む次なる一手」…なぜバブル崩壊はありえないのか(みんかぶ特集「米国株の底値」)

 インフレ抑制の姿勢を明確に打ち出している米連邦準備制度理事会(FRB) 。米労働市場は過熱状態が続いており、大幅利上げを継続するとの見方も強まっている。みんかぶプレミアム特集「米国株の底値」(全10回)の第1回は、経営コンサルタントの小宮一慶さんに、いま押さえておくべきアメリカ経済の実態を解説してもらう。 

目次

「完全雇用に近い」労働需給のひっ迫がインフレをさらに押し上げ 

 中央銀行には2つの使命があります。「インフレの抑制」と「景気の浮揚」です。FRBの歴史も、この2つとの闘いと言っても過言ではありません。後者を具体的な指標で表すと「失業率の抑制」になります。この失業率ですが、8月は3.7%、9月は3.5%と低い水準にあります。「完全失業率」の定義は「働く意思のある人のうち働いていない人の割合」ですから、転職活動中であっても失業者としてカウントされるため、雇用の流動性の高いアメリカでは「完全雇用に近い状態にある」と言っていいでしょう。 

 この雇用の底堅さが、インフレを押し上げている要因の一つでもあります。労働需給がひっ迫すると、必然的に給与は上昇します。また、給与が増えると需要も喚起されます。アメリカは国内総生産(GDP)の7割を個人消費が占めている国ですから、個人の支出の増加がインフレに直結するのです

 いまアメリカの失業率が低下している理由は、雇用の考え方にあります。もともとアメリカは、企業の業績が悪化するとすぐに従業員を解雇(レイオフ)する国です。アメリカの景気を測る指標の一つである非農業部門の雇用者数を見てみると、2020年4月、新型コロナウイルスの流行により、約2050万人が職を失いました。失業率は一カ月で10%上昇し、14.7%に。これは統計を取り始めた1948年以降で最悪の水準となりました。 

 一方、コロナを理由とする失業に対しては、失業給付が手厚く支払われました。失業給付の額は州によって異なるものの、トランプ大統領(当時)は失業者に対して毎週一律600ドルの追加給付を行うことを決定。失業前よりも収入が増えた人も多かったのです。表面的な失業率を抑え、できるだけ雇用を守ろうとして、企業に助成した日本とは真逆の考え方と言えます。 

 ただ、働かなくても十分な給与がもらえるのなら「失業給付をもらえる間は働きたくない」と考える人も多いですよね。実際、解雇した従業員をオーナーが呼び戻そうとしても戻ってこなかったという例も多数あるようです。そのような状況の中で経済活動が回り出すと、今度は一気に人手不足が加速しました。

来年にはインフレは落ち着き、FRBが金利引き下げに転じる可能性も

 「失業率は4%を超える水準まで上がっても問題ない」と発言しているFRB高官もいます。FRBは9月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で3会合連続となる0.75%の利上げを決めましたが、高いインフレ率とともに雇用の底堅さを背景に、次のFOMCでも大幅な利上げを発表すると予想されています。 

 現在のアメリカは、日本とは比べものにならないインフレに直面しています。消費者物価指数(CPI)は6月の9.1%をピークに、7月8.5%、8月8.3%、9月8.2%と推移しています。低下傾向にはあるものの、 FRBの掲げる2%目標からは非常に乖離(かいり)しています。ここまでのインフレは実に40年ぶりとなっており、FRBにとっては堪えられない水準が続いています。 

 ただし、インフレ率そのものはあと1年も経たないうちに収まっていくはずです。アメリカのインフレは原材料コストが上昇することによって生じる「コストプッシュインフレ」と需要が供給を上回ることによって生じる「ディマンドプルインフレ」の2つが絡み合っていますが、「コストプッシュインフレ」の方は徐々に落ち着きを見せてきています。原油価格も1バレル100ドル台を切っていますからね。 

 「ディマンドプルインフレ」は人手不足による給与の上昇などからまだ続きそうですが、インフレ率とは前年同月比で表されるものですから、いまのような数値が長く続くとは思えません。来年の半ばごろにはCPIは5~6%程度まで落ちている可能性が高いのではないでしょうか。そして、さらに下がる可能性が見えれば、FRBは金利を引き下げ始めるかもしれません。 

実体経済は決して悪くないが、住宅需要はピークを過ぎた可能性も 

 現状の具体的な実体経済を表す指標を見てみましょう。まず国内総生産(GDP)の成長率では、今年の1~3月期はマイナス1.6%、4~6月期がマイナス0.9%と、2期連続のマイナス成長となりました。経済全体の成長速度が落ちていることは間違いありません。ただこれは、コロナショックによる落ち込みから回復し、1年間でプラス5.7%の急成長を見せた2021年の反動と見ることもできますから、現状では一概に景気が悪化していると見ることはできないと思います。 

 実際、4~6月期のアメリカ企業の決算を見てみると、企業収益は年換算で3兆13億ドル(税込)となり、過去最高を記録しています。企業に関しては、アメリカの景気の先行指標として注目されている指標に「ISM製造業景況感指数」があります。これは、景気に敏感だと言われている約300社の購買・供給管理責任者を対象にアンケートを取ったもので、景況感を0~100%で表します。 

 50%を上回ると景気拡大、下回ると景気後退を示しますが、8月52.8%、9月50. 9%となっています。景況感は下落しているものの、なんとか50を超えていて、現状はまだ、企業にとっては必ずしも「景気が悪い」とまでは言えない状況です。 

 一方、個人消費の指標である「消費者信頼感指数」。これは1985年を100として指数化したものですが、2カ月連続で上昇し、9月は108を記録しています。今後6カ月の見通しを反映する期待指数も上昇していて、雇用の堅調さや原油価格の下落が楽観的な見方につながっているとみられます。 

 ただし、住宅ローンの金利の引き上げを背景に、住宅の購入意欲は低下しています。着工件数では、年初は180万戸ペースで推移してきましたが、7月は140万戸あまりのペースまで下がりました。米国の住宅価格の変動を示す「S&Pケース・シラー住宅価格指数」も、2012年から2022年6月まで前月比で上昇し続けてきたのですが、7月に入り前月比マイナス0.8%の値を付けています。これらの数値を見る限り、住宅市場に関しては、すでにピークを過ぎたと言えるでしょう。 

株式市場は過剰に反応するも、“バブル崩壊” はありえない

 米国の主要株価指数は8月中頃から下落を始め、ジャクソンホール会合でのFRBパウエル議長の発言を受けてニューヨークダウは前日比で1008ドルも下落しました。先行きが読みにくいので、市場の過剰反応とも言えます。10月に入っても株式市場は乱高下していますが、「株式市場は過度に反応するものだ」という理解がまずは必要です。とくに、現在のように、この先の政策金利の利上げも控えており、景気の先行きに不安が大きい時には、過剰に下がりがちです。 

 いま進んでいるアメリカの投資家の株式離れには2つの理由があります。一つは、金利上昇で景気が抑え込まれることに対する懸念。もう一つが、国債を買う人の増加です。金利がある程度上昇すると、リスクの高い株の売買をしなくても、国債を購入するだけで高い利回りを確実に得られる。それなら、国債を買った方が楽ですよね。だから、株が売られているんです。 

 私自身は、今後のアメリカ経済をそこまで不安視していません。これまでアメリカ経済は、パリバ・ショックやリーマン・ショックなど、何度か大きなショックを経験してきました。あのときは “バブル” が崩壊したわけです。たとえばリーマン・ショックであれば、住宅価格は上がり続けるという神話を前提に、高リスクの借り手に出された「サブプライムローン」を証券化した金融商品をばらまいたものが、住宅バブルの崩壊により不良債権化したのです。 

 でもいまは、何か特別なバブルは起こっていません。住宅価格指数もまだ高い水準にはありますが、かつてほどの大きなバブルが発生しているとは言えません。ですから、今後、何かをきっかけとして、バブルが崩壊するような状況は考えづらいのです。 

 11月以降のFOMCでも0.75%の利上げが予想されていますが、現段階でFRBが今後、どう動いていくかは断言できないでしょう。FRB自身もまだ決定しているわけではなく、これから出てくるさまざまな指標を見て判断するはずです。

 個人消費で言えば、11月の第4木曜日のサンクスギビングデーごろから始まるクリスマス商戦も注目するポイントの一つです。いずれにせよ、インフレを抑えながらも、景気が大きく後退することがないように、いかにソフトランディング(軟着陸)をしていくか。FRBの目標がそこにあることだけは確かでしょう。

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