なぜ、日本だけマスク生活は終わらないのか…「処罰感情」という快楽の先に

外国と比較しても、日本人は足を引っ張る民族

スパイト行動(spite behaviour)という言葉が近年、注目を集めている。まさに肉を切らせて骨を断つといった、自分が損をしてまで相手の足を引っ張る性質を表す社会心理学用語である。先日、マスク着用義務とワクチン接種行動には日本人特有のスパイト行動が反映されているという趣旨の記事「日本人のマスク着用率の高さは、意地悪な性格の裏返し?スパイト行動とは」(Yahoo!5月23日配信)も反響を呼んだ。

日本人はこのスパイト行動を取る傾向が強いとされており、アメリカ人など他人種との比較でも明らかになっている。

参考:公共財供給の新たなモデル構築をめざして : 理論と実験、西條 辰義、大和 毅彦、1998

社会秩序が不文律、いわば個人の倫理観や相互監視によって保持されている社会ではスパイト行動が発生しやすいのは確かだろう。「自分が損をしているのに、他の人間がズルをして得をするのが許せない」というのは、まさに相互監視の中で働く思考回路だからだ。その片鱗は、日本人の生活保護者へのまなざしが異様に厳しいことからも窺うことができる。

北米、欧州ではマスク着用義務が解除されたが、南米、中東ではまだ法律で定められている国が多い。義務化されていない国の中では、日本ほど自発的な着用率が高い国はないだろう。その理由がスパイト行動によるものならば、批判を回避するため仕方なくつけている人が大半という推論になる。

マスクを着けるのは本当に「足を引っ張るため」なのか?

だが、実際にはどうだろうか。

国内ではコロナ流行後、マスク着用の理由に関わる調査がいくつか行われており、いずれも「自他ともに感染を予防するため」「他人からの非難を避けるため」「他人が着けているから自分も着けたほうが良いと感じるため」などという自発的要因が多かった。

(参考:人々がマスクを着用する理由とは──国内研究の追試とリサーチクエスチョンの検証──、榊原 良太、大薗 博記、2021 ほか)

民間の他の調査でも同様だ。株式会社LASSICが全国20〜65歳の男女を対象に行った調査でも、「同僚や上司には、ワクチンを接種していても常に着用してほしい」が男女共に約60%を占めた。つまり「自分が損しているから」という動機ではなく、マスクの感染防止効果を理解した上での要求であることがわかる。同様の複数の結果から見ても、マスク着用動機に損得勘定が存在しているとは考えにくい。

(参考:株式会社LASSIC 【マスク着用に関する意識調査】2人に1人が、新型コロナワクチン接種後も「常にマスク着用、同僚や上司にも着用してほしい」という結果に。PR TIMES

マスクを着用するほうが損?

何よりも、マスク着用がそれほど「損」なのかという点だ。

確かにマスク常習化による生活費の圧迫、物理的・心理的負担があるが、メリットがないわけではない。「無理に表情を作らなくても良いためコミュニケーションにおける負荷が下がる」、女性の場合は「普段よりメイクのコストをかけなくて済む」「整形手術直後の傷を隠しながら出勤できる」、などの利点がある。株式会社イー・クオーレの調査でも、「コロナ後もマスクを着用したい」とする人が7割という結果が出ていることからも、自発的にマスク着用をする人が多いことがわかる。

(参考:株式会社イー・クオーレ 『コロナ後もマスクを着用したい』人は7割以上、マスクの常用化が変えたものとは? MarkeZine(マーケジン)

それでも一連の感染防止対策にスパイト行動が反映されると仮定するならば、それによって得られる報酬は「処罰感情」という快楽である。特定の対象を吊し上げ、叩くことでコロナの閉塞感や鬱憤を晴らすことができるのだ。コロナ禍では、行政の営業自粛の支持に従わない飲食店に対して、変な「正義感」をむき出しにして批判を展開し、私的な”取り締まり”をした「自粛警察」も話題となった。実際にネット炎上の頻度は、コロナ禍で増大していることがわかっている。「シエンプレ デジタル・クライシス総合研究所」の調査では、2020年11月までにネット炎上が最も多かった月は緊急事態宣言が出た4月で、前年比3.4倍となったとしている。さらにデジタル・クライシス総合研究所が発行する「デジタル・クライシス白書」によると2021年は1766件で前年比25%の増加。2019年が1228件、2020年が1415件とコロナ禍の拡大と完全に数値が合致している(100件以上のコメントがついたネガティブな事象を炎上として定義)。

(参考:シエンプレ デジタル・クライシス白書2021

足の引っ張り合いはまだ始まったばかりではないか?

むしろ、スパイト行動が本領を発揮するのはコロナ後になるのではないか。実際に、コロナ関連の不正が世界各国で続々と暴かれ始め、処罰感情の増幅に繋がっている。

持続化給付金の不正受給は、経済産業省によると2022年6月2日時点で認定されているものだけでも1228件、総額12億3557万円にも上るという。これまで多くの逮捕者が出たが、今年6月にはなんと東京国税局の職員ら9人までもが逮捕。さらに、一家3人が2020年5月から半年間で約9億6000万円を騙し取っていた件は世間を震撼させている。

アメリカ司法省はコロナ対策関連の公的緊急貸付金や給付金のうち、なんと総額80億ドル(約9300億円)以上が不正受給された疑いがあると発表した。

韓国では、コロナ関連雇用奨励金の不正受給が2019年は約8000万円だったが、20年には9億3000万円、21年1月〜7月には12億6000万円にまで膨れ上がっていることが判明した。カナダのケベック州では、医療従事者がワクチンパスポートを不正に発給し賄賂を受け取るという大規模な事件が発生。逮捕されたうちの一人は6万ドルを受け取ったことを明らかにした。

イタリアでも医療従事者によるワクチン接種詐欺が相次ぎ、また12人からなる詐欺グループが4億4000万ユーロに及ぶコロナ関連の税額控除を不正に受けていたことも発覚した。

これによる影響が、個人への追及に転じる可能性もある。

コロナ禍では廃業、失業者が続出した一方、むしろ通常時より上手くいってしまった人、偶然成功してしまった人もいないわけではない。リモートワークの主流化、巣篭もり需要の増大など消費と産業構造の変化により恩恵を受けた少数派の彼らに対し「自分は困窮したのに、なぜあいつだけ」と矛先が向かないとも限らないのである。

コロナ明けに備え、自身がスパイト行動をしてしまわないか今から検証すべきだろう。

この記事の著者
安宿緑

東京都生まれ。ライター、編集者。韓国心理学会正会員、米国心理学修士。著書に『実録・北の三叉路』(双葉社)、『韓国の若者』(中公新書ラクレ)

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