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商社マンが告発「1ドル150円」で始まる倒産連鎖…日本の港は無価値になった

ルポライター日野百草氏が送る、「”商社マンの激白”連載」。最終回は悲劇的な円安が引き起こす「倒産連鎖」を考察します――。

第1回「牛肉が超高級食材に…商社マン告発! 中国に「買い負け」連発、鬼の円安で日本から食べ物が消える」

第2回 弱すぎる日本…商社マンが告発する第二の敗戦。中国が世界の食品を買い漁る

「有事の円買い」はもう終わった…今の円安の正体

約1万品目以上の値上げが予定されている2022年の日本。超大国中国のさらなる経済拡大と躍進するアジア諸国を前に弱体化する日本を、コロナ禍と戦争による国際的な富と材の争奪戦が襲う。それ以前から世界の現場で日本の危機を実感し続けた商社マンにとって、それは必然の事態だった。

「いまの円安は『悪しき円安』です。一般国民は値上げで大変なことになります」

この商社マンの発言は2021年秋ごろのもの。当時は115円台前後で、「2022年には1ドル120円も」という説もあったが、外国為替市場で1998年以来の1ドル136円台(2022年6月21日)をつけたいまとなってはどうか。間違いないのは、商社マンたちはそうなることを、すでに現場の肌感で知っていたということだ。値上げについても6月1日、10000品目を超えると帝国データバンクがデータを公表、これまた現実のものとなった。

「アナリストの中には『戦争でドルと円が高くなる』と言っていた人もいましたが、外れていますよね。長く現場にいればそうならないことはわかります。『有事の円買い』なんて昔の話です」

それから2022年3月の取材。別の商社マン曰く、同じように円安を読み込んでいた。どこぞの「1ドル116円台に上昇する可能性」というリリース資料も虚しく意味のないものとなった。この時点で3月28日に東京外国為替市場では一時、1ドル125円台をつけているが、1ドル=125円前後は、2015年に日銀の黒田東彦総裁が「さらに円安に振れることは、普通に考えるとなかなかありそうにない」とした「黒田ライン」と呼ばれる線をあっさりと超えた。もっとも、この「黒田ライン」もまた、とうに意味のないものとなったが。

「そもそも円安は対ドルだけではないでしょう。昔と違うところはそこです」

日銀が長期金利上昇を嫌い「指し値オペ」を繰り返したことも要因のひとつだが、対米ドルだけでなく軒並み安くつけている。ユーロも弱含みだったがドル高に追従を始めている。

「当時の円安とは違いますね。国の実力そのままに円の価値が下がっています。悪しき円安です。買い負ける円安です」

すべての元凶は「悪しき円安」にあり、その通貨の弱さによる「買い負け」および国力の減退である、という論は一貫している。

食料品が高くて買えなくなる近未来

「円安を歓迎する向きもありますが、自動車を輸出するにしても部品も資材も素材も輸入です。自国ですべて調達できる国でもないのに円安を歓迎とはおかしな話です。歓迎するのはどっちに転んでも問題ない投資家くらいでしょう」

米以外の大豆、小麦、トウモロコシといった主要な穀物の90%、石油、石炭、天然ガスといった主要エネルギー資源および銅、亜鉛、ニッケル、ベースメタル、レアメタルなどの鉱物資源のほぼ100%を輸入に依存する日本が円安となれば、それは日本国民が現在進行系で実感し始めている物価高に直結するのは当然である。物価高どころか半導体や電子部品、一部の建材のように「欲しいのに手に入らない」事態に陥る。実際、納期の遅延や受注の停止が頻発している。

「経常収支が赤字ということは日本そのものに力がない。アメリカの金利格差も含め、昔の円安とは違います。買い負ける円安ということです」

この取材からしばらくしての6月16日、5月の貿易収支が発表されたが2兆3847億円の赤字だった。赤字は10か月連続である。ちなみにこの取材時点の3月に発表された2月の貿易収支は6683億円の赤字なので大幅に悪化している。

中国とここまで差がついた…日本の港はもう世界から見放された

ここまで日本が買い負けするなど夢にも思わなかった。日本は経済大国であり、その間に円安でも、円高でも、景気がよかろうと悪かろうと必要なものは市場で手に入る、それが当然のことと思ってきた。日本に世界中の富や材が運ばれてくることもまた、当たり前のように思ってきた。1972年代、1980年代を実際に生きた日本人の大半がそう思ってきたのではないか。

それがいまや欧米どころかアジア諸国に買い負け、主要な太平洋航路すら上海や釜山といったハブ港に奪われた。それどころか、コストに合わないと抜港までされる。国土交通省の『世界の港湾別コンテナ取扱個数ランキング』によれば、出貨と入貨(輸移出入)の合計値で1980年に神戸港が4位、横浜港が13位、東京港が18位だったのが2019年にはすべて圏外 、「世界有数の港」は日本から消えたと言ってもいい。国土交通省の2020年速報値では1位上海、2位シンガポール、3位寧波(舟山)、4位深セン 、5位広州、6位青島、7位釜山、8位天津、9位香港、10位がロサンゼルス(ロングビーチ)と世界の上位10位の中に中国の港が7つもランクインしている。現代の太平洋の主要港は中国と、シンガポールと韓国、そしてアメリカが握っている。日本人の記憶にあったはずの「太平洋の経済覇者、日本」とは遠くかけ離れている。

食料も電気もガソリンも。値上げはもう避けられない

改めて、5月末に現状を伺った。

「コロナと戦争で生産の一部は国内回帰に転換し始めていますし、農業も輸出を奨励するようになりました。しかし工業も農業も、この日本は作るために輸入しなければならない。しばらく家計は混乱するでしょう。金持ちはどうなっても強いでしょうが、私を含め一般国民の大半はさらに厳しくなると思います。食料もそうですが、電気やガソリンだって為替相場と無縁ではない、国内転換なんてできるかもわかりません。それまで一般国民の家計が持つかどうか」

激安に慣らされた日本人には経験したことのない急激かつ広範囲の値上げ、それはロシアによるウクライナ侵略でさらに悪化しようとしている。小麦など最たる例だろう。ロシアもウクライナも小麦の輸出大国だ。

「日本はロシアやウクライナから輸入していませんが、EUやアラブ、北アフリカ向けが戦争で不足しているので日本が買い入れていた分にも手を出してきています。それでなくともシカゴ(穀物市場)の相場は個別で関係なくとも影響を受けますからね」

日本の小麦の自給率は10%程度に過ぎず、気候と面積の問題で品種も限られている。人間が食べるだけでなく家畜の飼料にも使われる。その飼料穀物もまた輸入に頼っている。日本の飼料自給率は25%、食料自給率の67%(生産額ベース・2020年度)どころかカロリーベースの37%(同)すら大幅に下回っている。牛肉が不足しているから国内牛を増やせ、とは簡単にはいかないのである。

「それなのに円安を容認し続けています。戦争でも円は高くならない、昔のそれとは違う『悪しき円安』なのに。事業参入先の開拓はもちろんですが、私らも買い勝つために値を上げるしかない。最近では業者間取引に限れば値上げに対する理解も得られるようになりましたが、エンドユーザーがそうなるのは時間がかかるでしょうね」

1ドル136円どころではない。まだまだ続く底なしの円安

日本は「より安く、より良いもの」を求める一般客に対してサービスを含む極端な安売りをしてきた。それがコロナ禍と戦争、そして円安込みの弱体化により値上げをするしかなくなった。6月8日に黒田総裁が衆院財務金融委員会で「家計の値上げ許容度も高まっている」と発言した件は日本中からバッシングを受け、撤回するに至ったが、発言の内容はもちろん、円安容認も含めた実体経済との乖離とも受け取れる不可解なこれまでの姿勢に対する不満が噴出した形だ。しかし残念ながら、この流れは止まらないだろう。

「いまは130円台ですが、私は対ドルで150円の円安はあると踏んでいます。そうなれば、白旗を上げる企業も出てくるかもしれませんね」

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この記事の著者
日野百草

1972年、千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。国内外における社会問題、社会倫理のノンフィクションを中心に執筆。ロジスティクスや食料安全保障に関するルポルタージュ、コラムも手掛ける。2018年、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。

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