同僚に嫉妬され続けた天才メッシ、35歳でやっと掴んだチームの一体感…メッシに憧れた代表選手たち

サッカーの「天使たち」

 いま、メッシが「神の子」になろうとしている。

 FIFAワールドカップ「カタール」2022、リオネル・メッシ率いるアルゼンチンはFIFAワールドカップ「ブラジル」2014以来の決勝へと進出した。その2014年決勝のスターティングメンバーはメッシを中心にイグアイン、ラベッシ、デミチェリス、マスチェラーノら。サブにアグエロ、ガゴ、マキシ・ロドリゲスなど錚々(そうそう)たるメンバーだった。みなメッシと同じ1980年代生まれで、幼い頃から「神の子」ディエゴ・マラドーナの現役晩年の姿やその伝説を見て、聞いて育ってきたアルゼンチンサッカーの「天使」たちである。

 しかし優勝には手が届かなかった。世界最強の一角、アルゼンチンをもってしても1978年の「エル・マタドール」マリオ・ケンペス、1986年の「神の子」マラドーナとその「アユダンテ」(副官)ホルヘ・ブルチャガのコンビによる2度の優勝のみ。最後の優勝から36年と四半世紀以上が経過してしまった。

「メッシがいないほうがまとまる」「愛国心がない」

 その、誇り高くも不遇を受け続けたアルビセレステス(アルゼンチン代表の愛称・白と空色の意)が再び復権を果たそうとしている。いまや35歳となったメッシによって。

 サッカーの「超一流」としての選手寿命は短い。あの2014年ブラジル大会の準優勝メンバーで代表に残っているのはメッシ以外は盟友ディ・マリアのみである(同世代だがニコラス・オタメンディやフランコ・アルマーニはブラジル大会で選外)。メッシにとってのディ・マリアはまさにアユダンテ、マラドーナとブルチャガの関係と同様の「盟友」でもある。気まぐれで暴れん坊な「神の子」マラドーナを支えたブルチャガと同様、ディ・マリアは常にメッシと共にある。人格者だが、ときに人間として不器用でシャイマンとも評されるメッシにとって、ディ・マリアは盟友でもあり「心友」でもあった。これまでバロンドール7度受賞、若かりし頃から羨望と嫉妬を買い続けたメッシにとってどれだけ心強かったか。

 かつてマラドーナが現役時代のダニエル・パサレラらに快く思われなかったのと同様、アルゼンチン代表におけるメッシもまた、ときに「孤独」を味わった。注目されるのはメッシばかり、良いことはメッシのおかげで悪いこともまたメッシのおかげ、というスーパースターを一部の先輩や同年代の選手は面白く思わなかった。その高額のサラリーも含め、やっかまれることも度々だった。

 それはもっともな話で、アルゼンチン代表に選ばれるサッカー選手は誰しも各クラブのスター、それくらいの気概が無ければアルゼンチンは背負えない。しかしサッカーは団体スポーツである。チームはときに空中分解、「メッシがいないほうがまとまる」とまで言われることもあった。人前で歌うことも苦手で、国歌斉唱も聞いているだけの姿に「愛国心がない」とアルゼンチン国民の一部から批判されることもあった。メッシは愛国心があるからこそ、国歌を聞いていたかっただけなのに。

アルゼンチン代表がここまで一体になったのはいつ以来だろう

 それでもメッシは耐え続けた。不器用な「神の子」候補生は、人生を耐えることもまた知っていたから。

 メッシは10歳で成長ホルモン分泌不全性低身長症が判明した。アルゼンチン経済の低迷から医療保険も打ち切られ、治療費もままならなかった。アルゼンチンの名門リーベル・プレートのトライラルも不合格、当時所属していた地元クラブもまた、メッシの面倒をみると言ったにもかかわらず反故(ほご)にした。そんな彼を救ったのがFCバルセロナ、その才能を見出したビッグクラブはメッシの治療費はもちろん家族のスペインへの移住費から生活費まで面倒をみると約束した。メッシはシャイでチビだったのでバルセロナでも浮いた存在だった。しかし彼のプレーとその人間性は理解されはじめ、またたく間にバルサのエースとなった。

 そんなメッシの周りには、今やたくさんの「メッシの子」らがいる。マラドーナに憧れたメッシの世代と同様、今度はメッシに憧れた子どもたち=天使が、尊敬するメッシと共に戦っている。クリスティアン・ロメロ(24歳)、リサンドロ・マルティネス(24歳)、フリアン・アルバレス(22歳)、エンソ・フェルナンデス(21歳)、ティアゴ・アルマダ(21歳)といったメッシに憧れた選手たちが、いまメッシと共にある。それは名曲『神の子は皆踊る』のように軽やかで楽しげだ。アルゼンチン代表がここまで一体となったのはいつ以来だろう。

あなたはアルゼンチンの人たちの人生を輝かせています

 準決勝のクロアチア戦後、アルゼンチンの女性テレビリポーターはメッシへの質問を終えると「最後に伝えたいのです」と前置きした上で、「私たちは優勝を願っています。でも結果だけではありません。アルゼンチンの人たちすべてにあなた(メッシ)が成し遂げたことを知っています。アルゼンチンの子どもであなたのシャツを持たない子はいないでしょう、それは正規のシャツではないかもしれませんし、ニセモノや自分で作ったシャツかもしれません。でもあなたはアルゼンチンの人たちの人生を輝かせています。それは優勝という結果より偉大なことです。多くの人たちを幸せにすることを成し遂げてくれて、ありがとうキャプテン」(筆者抄訳)と伝えた。

 マラドーナはマラドーナであり、メッシはメッシであり比べる意味はない。しかしメッシは間違いなく「多くの人たちを幸せにすること」を成し遂げた、メッシとしての「神の子」になろうとしている。前回優勝国、最強フランスを迎えての決勝戦、メッシとディ・マリア、そしてその子たちの戦いは勝利か、敗北か――。しかし英明な女性リポーターの言葉通り、そんなものはメッシを語る上で必要ないのかもしれない。

「あなたはアルゼンチンの人たちの人生を輝かせています。それは優勝という結果より偉大なことです」

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この記事の著者
日野百草

1972年生まれ。日本ペンクラブ広報委員会委員。出版社勤務を経て国内外における社会問題、政治倫理を中心に執筆。大学院で芸術学を専攻、昭和史における人物評伝およびフィギュアスケートなどの舞踏芸術に関する論考も手掛ける。2018年、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。著書『評伝 赤城さかえ 楸邨・波郷・兜太に愛された魂の俳人』他。

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