ジャック・アタリ「日本人はこれからひどい人生を送ることになる」非軍事大国のままで日本が発展するために必要な3つのポイント

ミッテラン元フランス大統領顧問、欧州復興銀行総裁などの要職を歴任してきた経済学者のジャック・アタリ氏。思想家や作家など多数の顔を持ち、「欧州の知性」とも称されるアタリ氏は、「これからの世界には日本が必要だ」と断言する。日本の未来のために必要な決断とは何か――。
※本稿は『2035年の世界地図』(朝日新書)から抜粋・編集したものです。
民主主義国家はパンデミックの勝者
――最初に、民主主義についてお聞きします。民主主義はフランスやアメリカのようなその牙城でさえも、攻撃を受けています。ロックダウンなど、人々の自由を制限することでウイルスを封じ込める措置が広範囲でとられ、時には強権的に施行されました。あなたは、コロナ禍が民主主義の基盤を侵食した、と考えていますか。
いいえ、そうは思いません。パンデミックと現在の状況を見れば、それを乗り越えることに最も成功したのは、民主主義国家であることがわかるでしょう。
中国は、当初も今も最悪です。自国民に嘘をつき、外国人にも嘘をついてきたからです。そのために、パンデミックに発展したのです。もし中国が2019年12月に、本当のことを言っていたら、こうならなかったでしょう。今日、パンデミックにおいて、世界で最悪の国の一つとなっています。ロシアもパンデミックに関しては、最悪です。
一方で、民主主義国家に目を向ければ、私たちはずっとましです。このような状況を乗り切るのに最も成功しているのは、世論に対して透明性のある国です。すなわち、「何が起きているのか」「どうあるべきなのか」を表明した国です。そして、それが成功したのです。
自由が損なわれたことを「良し」とした人々
最悪のシナリオの例として、ブラジルを挙げることができます。ブラジルは、残念ながら、今のところ本当の民主主義国家ではありません。
たしかにパンデミックによって、人々の自由が損なわれたのは事実です。しかし、奇妙なことに、多くの人々がそれを「良し」としたのです。多くの人が喜んで家に留まったのです。多くの人が自宅で仕事をすることに満足していました。それは、政府が必要な資源を提供すれば、ということです。
もちろん、政府が在宅勤務のための資源を提供しない国では、自宅で仕事をすることは悲惨でした。そして、多くの発展途上国がそうでした。民主主義国家は、そうではありません。ですから、長い目で見れば、民主主義がパンデミックの勝者である、と言えるのではないでしょうか。
この部屋にいる私たち皆がまだ生まれていない人たちの幸福に関心を持つ
――アタリさんは新型コロナウイルスのパンデミックやロシアのウクライナ侵攻を経て、私たちが将来の世代に害を与えていることに危機感を強めていますね。「命の経済」を強調されていますが、これは幅広い分野にまたがります。例えば、教育、保健、農業、そして持続可能なエネルギーなど、ですね。また、「利他主義」を公的な議論の中心に取り戻すよう呼びかけています。
3つのコンセプトを説明しましょう。まず1つ目は、利他主義という概念です。「自分が他人の幸福に関心がある」ということです。パンデミックでは、ワクチンを接種することで他人を保護することに、私たちが関心を持っていること、つまり利他主義の重要性を理解していることが示されました。
2つ目は、ポジティブな社会です。ポジティブな社会とは、何でしょうか。それは、次の世代の面倒を見ることが自分たちの利益である、と理解している社会のことです。隣人だけではなく、まだ生まれていない人たちにも利他的であることです。直感的に理解するのは難しいですが、この部屋にいる私たち皆がまだ生まれていない人たちの幸福に関心を持つのです。
日本に住んでいる人たちは、これから先、ひどい人生を送る
そのためには、日本の例が非常にわかりやすいでしょう。
仮に将来、生まれてくる人がいなくなったとしましょう。それは、自殺行為です。今、日本に住んでいる人たちは、これから先、ひどい人生を送ることになるのです。ですから、まだ生まれていない人たちの幸福に対する利害に関わるし、彼らが生まれてくることに対する利害に関わるのです。
だから、私は「ポジティブな社会」と呼んでいます。つまり、それは多くの世代の利益を大切にしなければならないことを理解している社会のことです。
3つ目のコンセプトは、あなたが言及した「命の経済」です。この概念は「パンデミックの際に何をすべきか」の重要な要素となるように思います。パンデミックについて見てみると、事の発端は、中国の不潔な卸売市場です。衛生の欠落、粗悪な食べ物、透明性の欠如、民主主義の欠如などがパンデミックを招きました。
なぜ私たちは酒や観光、車を手放すべきか
そこで、私は良い分野と悪い分野のリストを作りました。悪い分野とは、私が「死の経済」と呼んでいるもので、すべて「毒」の分野で、気候に災厄をもたらす化石燃料にもつながります。
つまり、石油そのものだけではなく、石油に関連するあらゆるもの、自動車・繊維製品の大部分、化学産業の大部分、観光の大部分、飛行機、食品中の人工甘味料に関連する大部分のものなどを指します。その他にも、「毒」にはアルコールなどの様々なものがあります。
これは、私たちの国のGDP、または私たちの未来の60%以上に相当します。「命の経済」はパンデミック時、不足していると実感しました。それは、例えば保健、医薬品、教育衛生、良い食べ物、持続可能な農業、持続可能なエネルギー、民主主義、文化、デジタルなどですが、これらは日本のGDPの40%未満にすぎません。フランスも同様です。
私たちがやるべきことは「命の経済」を増やして、「死の経済」を減らすこと。つまり、死の経済で行われていることの大部分を、命の経済に移行させるということです。
でもそれは、脱成長やその類を意味するのではありません。別の種類の成長に移行するということです。保健や教育、文化や良い食べ物を増やし、車や人工的な甘味料などの体に悪い食べ物を減らすのです。
軍事大国でなければ、経済のリーダーにはなれません
――私は最近、冷戦の終わりごろに出版された、あなたの非常に重要な本である『ミレニアム』(未邦訳)を読み返しました。この本の中では、あなたは冷戦後、日本の重要性が増すことを予言しています。ただし、非常に重要な但し書きが付いています。「資本主義の歴史の中で初めて、中心となりうる国家が、代償を払って帝国の責務を引き受けるのをためらっている」と。ポスト冷戦期における日本経済の低迷を振り返って、日本の失敗と成功があるとすれば、その理由は何だと思われますか。
日本は大変な成功を収めました。驚くべき文明で伝統を守りつつも、驚くほど近代化することに成功しました。その成功には様々な側面があり、それゆえ日本は素晴らしい成功を収めたのです。
しかし、約30年前にこの本で述べたように、リーダーであることを選ぶのであれば、その代償は軍事大国になることです。そして、日本は理解できる多くの理由から、今のところ軍事大国にはならないことを選んでいます。軍事大国でなければ、経済のリーダーにはなれません。また人口を増やすことができなければ、女性政策や移民政策にも影響します。

日本を成功に導く「アフリカ」「多様性」「異論」
――世界は、経済的にも政治的にも二極化した方向に進んでいる、という見方もありうると思います。一方に米国とEUおよび日本を含むアジアの同盟国があり、もう一方にロシアや中国がある。このような二極化した新しい世界環境から最も大きな利益を得ることができるのは、どのような国や地域なのでしょうか。
将来的に真の勝者となるのは、東南アジアと主にインド、インドネシア、そしてアフリカのいくつかの国々だと考えています。もしかすると日本も含まれるかもしれません。
私は中国の力を信じてはいません。もちろん中国は強大な国ですが、多くの理由から世界のリーダーにはならないでしょう。一方、インドは世界の将来を担う素晴らしい潜在的な候補になるはずです。
日本も、驚くべき強力な役割を果たせると思います。もし日本がアフリカとのネットワークを構築すれば、です。日本はアフリカの発展のために多くのことを行っています。さらに、日本には次のようなことも必要です。人口政策を策定すること。女性の権利拡大をし、外国人に対してより開放的になること。そして、同調の文化ではなく、異論を称える文化を発展させること。この三つです。私は、日本の将来を本当に信じています。
素晴らしい文明です。これからの世界には、日本が必要であり、この地域には強い日本が必要なのです。