広末涼子の恋文が輝いたワケーー日本人にとって不倫はあまりに一般的だが…

広末涼子のラブレターの「真剣さ」は、一部で広末擁護派を生み出している。プレミアム特集「モテの超心理学」の第1回は、自身も結婚生活が長いエッセイストの三浦瑠麗氏が「なぜ他人の不倫が人々の心を波立たせるのか」を読み解くーー。
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不倫という愛の代替物。片足を安穏な家庭においたままする逃避行動
えてして、不倫は愛の代替物である。というのも、不倫とは片足を安穏な家庭においたままする逃避行動だからだ。もちろん、家庭に完全な愛があるとは限らない。変わってしまった相手が問題なのか、緊張感と多幸感を失った自分が問題なのか…おそらくその両方なのだろう。互いに自分をよく見せようとしなくなってからの夫婦の情愛は、「愛着」と表現されるようなものへと変わっていく。それでも、家庭を維持しながら、なりたい自分を装うことが可能な、ごく限定的な時間を不倫相手との逢瀬に割くというのは、そもそもが誠実な行為であるとは思われないだろう。
結婚とは永遠の誠を相互に誓う契約であり、そんな誓いをほとんどの人は守れないのだとしても、不倫は結婚の破綻を招きかねない。最もわかりやすい形で相手の裏切りを責めることができるのは、セックスという肉体関係を外の相手と結ぶことなのだから。
正面切って「だって恋しちゃったんだもの」と言われたらどうすれば
洗濯ものを放りっぱなしにしているとか、ごはんに帰ると言っておいて約束を違えたりとか、誕生日や記念日を覚えていてくれなかったとか、優しくないという程度の愚痴では、不倫する理由にはならないというのが社会常識らしい。