「ド軍チケット高すぎて観にいけない」1168億“大谷経済効果”の裏で地元紙が悲哀…インフレ地獄で帰国する在米日本人

大谷マネーに沸くロサンゼルス・ドジャース。関西大学の宮本勝浩名誉教授が試算したところ、2024年における大谷選手の経済効果は1168億円にも上ったという。そんなロサンゼルスに住むアメリカ人の生活はさぞ豊かなのだろう……。現地ロサンゼルスで広告代理店を20年以上営む岩瀬昌美氏はその意見に首をかしげる。「カリフォルニアでは、裕福な者がより裕福になっているのが現状です」。ドジャースの観戦チケットも「庶民にとっては高嶺の花」になったという。一体どういうことか。岩瀬氏が解説するーー。
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大谷の首振り人形に群がるロス市民
4月2日は2025年初めての大谷翔平の「ボブルヘッドデー」。ボブルヘッドデーとはMLB球団が所属選手の首振り人形を球場来場者に配布するイベント試合です。スター選手になればシーズンに1、2回デザインの異なる首振り人形が配布されます。その時の球場の入りをみれば、その選手の人気度がつかめるため、アメリカにおける大谷人気の現在地を探る目的で、私はエンジェルス時代から大谷のボブルヘッドデーには度々スタジアムに訪れています。
しかし、このボブルヘッド、必ずしも来場者全員がもらえるとは限りません。例えばドジャースタジアムであれば収容人数5万6000人に対して、4万個しか用意しないことが多いです。そうなると大谷のようなスター選手のボブルヘッドデーになると多くの観客が押し寄せ、球場周辺の高速道路まで大渋滞します。私も過去に一度、あまりの大谷人気で大谷の首振り人形を入手できない試合もありました。
ちなみにエンジェルス1年目の時は何の困難もなく大谷の首振り人形を手に入れられました。当時はまだ二刀流自体に懐疑的な声も多く、アメリカでの知名度はまだまだ低かった時です。その後大谷の活躍とともに年々入手が難しくなってきました。例えば、2024年8月に大谷バブルヘッドデーはあまりに長い列ができたため、地元テレビ局が報道ヘリを出動させ「SHOHEI OHTANI BOBBLEEHAD MADNESS」(大谷翔平首振り人形の狂気)などと報道。そして首振り人形を手にいれたファンの一部は試合が開始する前にオークションサイトに出品し、その価格はいきなり250ドル(当時訳3万6000円)の値をつけていました。
家族で観戦したら14万円…高すぎる
そうした中で今年4月2日は試合前のスタジアムツアー(有料)にあえて参加しました。これにより無理せず確実に大谷首振り人形を手にいれられるためです。
さてドジャースのチケットは人気により変動する「ダイナミック・プライシング」のため、この日のチケット価格は高騰しました。私が買ったのは3塁側の上の方のエリア。球場の中では相当安いチケットの部類になるのですが、ここでも150ドル(約2万1000円)。仮に家族4人で訪れたらチケットだけでまず600ドル(約8万5000円)になります。球場で夕飯をしっかり食べて、大人はビール飲み、ドジャースの1枚50ドル(約7100円)をTシャツも家族分買うなど、油断していると駐車場代をいれて1000ドル(約14万円3000円)を超えてしまいます。
野球観戦だけで14万円を超えてしまうというのは、ちょっといくらなんでも……。そう思っていたのですが、それでもその日は5万人以上がスタジアムに来場しました。チケットだけで1日1000万ドル(当時約14億円)近い売り上げになります。
ロス市民、自由に使えるお金が月7万5000円
みんなお金持ちなんだなあと思っていたら、4月19日付けのロサンゼルスタイムズの1面に「ドジャースファン、チケット代が高すぎてもう野球に行けない」(Dodgers games used to be affordable family entertainment. No more)という記事が掲載されていました。その記事によれば、野球はアメリカでは “America’s last great affordable sport.”(アメリカ最後のお手頃観戦スポーツ)でした。記現在のドジャースタジアムの試合を、家族で4人で観戦し、球場内でホットドッグ4つ、ビール2杯、ソフトドリンク2杯を注文した場合、もっとも安いチケットで399.68ドル(当時約5万7000円)になるといいます。ちなみにこれを同じ条件で他球場と比較した場合、ドジャースがMLBで一番高いのです。
USCラスクセンターの調査によると、現在ロサンゼルス郡の平均世帯年収は10万1800ドル(約1450万円)です。この給料で生活費などの必要経費を払った後、自由に使えるお金は月530ドル(7万5000円)。そう考えるとちょっと異常な価格になっています。
カリフォルニア州の35%は生活費を賄うのに十分な収入がない
これほどの金額を1日の野球観戦だけにはなかなか使えないですよね。ロスのそういった現状を踏まえて、改めて球場に来ている人を観察するとアッパーミドル(上流中産階級)らしい人が多くみられます。そうしたアッパーミドルは1枚50ドル(当時約7100円)のTシャツを販売しているお土産屋さんに長蛇の列をつくります。
今カリフォルニアでは、裕福な者がより裕福になっているのが現状です。NPOの「ユナイテッド・ウェイズ・オブ・カリフォルニア」のレポートによると、カリフォルニア州全体の世帯の35%(380万世帯以上)が基本的な生活費を賄うのに十分な収入がないことがわかりました。庶民にとっては高嶺の花のドジャース観戦です。現状、観戦しに球場に入ることができるのは格差社会の勝者だけです。他方で富裕層にはシーズン中に何度も来る人が多くいます。
米国勢調査局の年次報告書によると、2023年における米国の実質平均世帯所得の中央値は8万610ドル(当時約1200万円)です。厚生労働省のレポートによると、2023年における日本の世帯年収中央値は405万円なので、日本と比べると高く見えます。ですが、アメリカはコロナ禍前の2019年以来4年ぶりの増加で、しかも2019年に比べて600ドルほど低い数字でした。その間、インフレ率は2021年は4.68%、2022年7.99%、2023年は4.13%と爆発的に伸びています。
ロスに住めないからオレゴンに引っ越す
ちなみにアメリカ連邦議会予算局のレポートによると、アメリカで上位10%に入る世帯の富は、1989年から2019年で約60兆ドル(約8700兆円)増えた一方、下位半分の世帯は、同期間でわずか1兆ドル(約140兆円)増です。
ただ、今格差問題が生じているのは何も娯楽だけではありません。
2024年の4~6月期は、シリコンバレー地域の住宅価格中央値が200万ドル(当時約2億9400万円)を突破したことが話題を呼びました。最も価格が高い地域トップ10のうち、7つはカリフォルニア州でした。私が住むロサンゼルスはトップ10には含まれていないものの、前年比8.8%増の85万ドル(当時約1億2700万円)とそれでも高い価格です。私の知り合いにもロスの住宅費が高すぎて住めなくなり、オレゴン州に引っ越した人がいました。
家賃高すぎて18~29歳の約半数は親と同居
また、金利が上がったことでアメリカでは不動産の買い控えも起きています。住宅ローン金利は7%前後を推移しており、これだけ金利が高ければ若い人はなかなか手を出せません。CBSによるとアメリカの18~29歳の約半数は親と同居しております。これは1940年以来の高さだといいます。アメリカは独立戦争で独立と自由を勝ち取った国なのに何とも皮肉です。
子どもの教育機会にも格差が広がっています。当然、家計に余裕がないと子供を習い事に行かせられません。アメリカの大学入試では課外活動が重視されるため、こうした経済的な障壁が教育格差をさらに広げています。
サッカー教室に月100ドル(1万4000円)、水泳にも月100ドル。子供2人いたらそれだけで月400ドル(5万7000円)。もう支払えない家庭が増えてきているのが現状です。さらに高校の部活動でも、ユニフォームなど揃えるために700ドル(10万円)持ってきてください、などと言われます。それが払えない子は部活にも参加しにくいのです。
老人ホーム、最低月140万円
こんな中で、庶民はどこで買い物をするのか。「ダラー・ストア」(1ドル均一ショップ)です。
現実問題として、1週間の食費にかけられる予算が限られているような家庭の場合には、冷凍ピザ、冷凍野菜や缶詰ばかりの食生活は体には良くないと分かっていても、安さには勝てず、冷凍食品ばかりの生活になってしまいます。2021年8月のワシントン・ポストの記事によると、2021年には1650店のダラー・ストアがオープンしましたが、これはなんと、アメリカの小売店の新規開店の半分を占めていました。お店の来店数もコロナ前から32%アップしたとのことです。
高齢者ケアの問題も深刻です。私も親がシニア世代なのでよく老人ホームの値段をみるのですが、カリフォルニアの老人ホームは個室で月1万ドル(約143万円)が最低ラインです。ファイナンス情報をオンラインで発信している「アンバイアスド」が2024年7月に配信した記事によると、カリフォルニアの老人ホームは全米平均よりも高く、一人部屋で平均1万3628ドル(当時約211万円)、相部屋で平均1万1748ドル(当時約170万円)に上るといいます。
そうなると親を郊外の安い老人ホームに入れるしかありません。はるばる遠く、カリフォルニア州の隣アリゾナ州の老人ホームに入った友人の親もいます。
日本帰国を決める日系人と在米日本人
そして、アメリカの住宅都市開発省が発表した『ホームレスに関する年次報告書』(2024年)によると、全米のホームレス数は過去最高の77万1480人となりました。2023年のホームレスの数は65万3104名なので、1年で一気に18.1%増加していることになります。
そんな中で、2025年1月、ドナルド・トランプ氏が再び大統領に就任しました。トランプ氏は就任直後から世界各国に対して関税引き上げを発表し、世界経済は大混乱しました。中国などから多く製品を輸入するアメリカにおいては、今後更なるインフレが起きることが予測されています。それによって困るのは貧困者です。
貧困者が生活に頼っている安価な製品の多くは輸入品だからです。このような状況にエコミストなどはアメリカが本格的な景気後退(リセッション)に入る可能性を示唆しています。また、スタグフレーション(景気停滞とインフレの同時進行)を起こすことも十分にあり得ます。
そんな中で最近、日系人向けの日本語フリーペーパーに日本帰国セミナーの広告がよく載っています。年をとり医療費がかさむようになり、老人ホームでの生活を視野にいれたとき、アメリカでは生活ができなくなってくる人が増えているのです。日本なら老人ホームは月30万円で入れるわけですから、こちらの感覚ではあまりにも安すぎます。そうしてアメリカのグリーンカード(永住権)をとった人や、アメリカ国籍を取得した人も国籍を日本に戻して帰国しています。