小泉進次郎大臣「社名言いませんけど米の大手卸売業者の営業利益500%」…“農水のドン”森山幹事長の魔の手から「意欲ある中小農家」を救ってくれ

作家であり経済誌プレジデントの元編集長・小倉健一氏が、日本の農業の未来に警鐘を鳴らす。小泉進次郎農水大臣の「忖度しない」という発言を機に、日本の農業が変革期を迎えている現状を指摘する。例えば小泉氏は衆院農林水産委員会で、コメの流通に関する質疑で「社名は言いませんけど、米の卸売の大手の売上高、営業利益を見ますと、営業利益はなんと対前年比500%くらいです」と明らかにするなど、これまで農政にに対する問題意識をはっかり示している。しかし、中小農家の発展を真に願うならば、自民党農水族との対決は避けられないと説く。JAグループの人事を例に挙げ、政治的影響力の大きさを指摘し、JAの非効率性を国際的な視点から分析する。小倉氏は、硬直化した組織と政治介入が日本農業の競争力を削いでいると断言。農協改革と政治の排除こそが、日本農業の未来を拓くと強く訴えるーー。
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全く米を安くする気が感じられなかった前任の農水族大臣
小泉進次郎農水大臣は「今この局面で大事なことは、組織・団体に忖度(そんたく)しない判断をすることだと思います。組織・団体の皆さんの思いもそれは聞かなければいけないですけれども、ややもすると組織・団体にあまりにも気を使いすぎて」(就任直後の記者会見)と述べている。
前任の米を安くする気がまるで感じられない農水族出身の大臣と違って、本気の覚悟が伝わってくる決意だ。しかし、進次郎農相が、本気で意欲ある中小農家の発展を願うのであれば、自民党農水族との対決は避けられない。
2年ほど前のことだ。2023年8月、JAグループの頂点である全国農業協同組合中央会の会長に、鹿児島県中央会会長の山野徹氏が就任した。全国のJA組合員約1000万人を束ねる組織のトップが、JA県中央会から直接選出されるのは初めてのことである。山野氏は大崎町出身、JAそお鹿児島の組合長などを歴任してきた。
この人事は、農林水産行政に絶大な影響力を持つとされる自民党幹事長、森山裕氏の地元である鹿児島(大崎町は森山氏の選挙区)からの選出という点で注目に値する。このタイミングでの鹿児島からのトップ選出は、JAグループ全体の将来像よりも、森山氏を中心とした特定の政治的力学が優先された結果と見るのが自然な解釈であろう。この人事は、森山氏が依然として日本の農政およびJA組織に対して強大な影響力を保持していることの証左であり、JAグループの意思決定における透明性や公平性に対する疑念を抱かせる。
日本の農業協同組合(JA)は、長年にわたり国内農業の中核を担う存在として位置づけられてきた。組合員の農業経営と生活を守り、地域社会に貢献するという理念を掲げる。
農業協同組合は国際的視点から見て著しく非効率
しかし、農業協同組合の組織構造と運営実態は、国際的な視点から見て著しく非効率であることが示唆されており、同じことで日本の農業の競争力を削ぐ大きな要因となっている可能性がある。
農協の効率性についての代表的な研究としては、例えば、Brandanoらが2012年に発表したイタリア・サルデーニャ島のワイン生産協同組合と民間企業の比較研究がある。この研究によれば、生産者協同組合は民間企業と比較して技術的効率が低く、規模の経済性も低下傾向にあることがわかった。この調査結果は、JAのような協同組合組織が、市場原理に基づく民間企業に比べて本質的に非効率性を抱えやすいことを明確に示唆する。
他にも、世界的に見て競争力の高い農業国として知られるオランダの事例は、日本のJAが抱える課題をより鮮明に映し出している。Bijmanが2016年に発表した論文では、オランダで、農業協同組合にとって数少ない成功を収めている背景には、明確な要因が存在すると分析されている。
まず、協同組合の設立や運営を柔軟に認める「好ましい協同組合法制」の存在である。これは、時代や市場の変化に合わせて協同組合が自己変革を遂げやすい環境を提供しており、硬直的な法制度に縛られがちな日本の状況とは対照的である。
「組合員の異質性の低さ」が生む問題
次は「組合員の異質性の低さ」が挙げられる。これは、共通の目的や利益を持つ組合員が集まることで、意思決定の迅速化や効率的な事業運営が可能になることを意味する。日本のJAのように、多様な経営規模や作物を扱う組合員を広範に抱え、それぞれの利害調整に多大なエネルギーを費やしている状況とは異なる。
第三は、市場環境の変化に応じて連合会組織のあり方を現実的に見直す「連合会組織の現実的な運営」である。必要に応じて連合会を設立し、また不要になれば解体するといったプラグマティックな対応は、日本のJAにおける中央会や県連合会といった重層的で固定化された組織構造とは大きく異なる。
最後に、生産から販売に至るまでのフードチェーン全体を見据えた「明確な戦略」の存在である。単なる農産物の集荷・販売に留まらず、ブランド化や高付加価値化、さらには国際市場への展開といった戦略的な事業展開は、日本のJAが個別農産物の流通や金融事業に偏重し、総合的な競争戦略を欠いている現状とは対照的である。
農水族が議員は旧来のJAシステムを「守るべき制度」と擁護
これらオランダの成功要因の一つ一つを丹念に検証し、その裏側にある日本のJAが抱える構造的な問題点、すなわち、柔軟性を欠く法制度、形骸化しつつある組合員統制、多様な組合員の利害調整の困難さ、硬直化した連合会組織、そして市場競争を勝ち抜くための明確な戦略の欠如といった課題を、具体的に浮き彫りにすることができる。オランダの成功は、日本のJAが現状維持に甘んじることなく、大胆な自己改革に取り組む必要性を示唆している。JAは協同組合法人であり、民間組織に分類されるが、その成り立ちから半官半民的な性格を帯びており、その設立経緯や公共的役割から行政との関わりが深く、株式会社とは異なる。
JAが民間組織に分類されるのであるから、巷で言われる「JAの民営化」は必ずしも適切な表現ではないかもしれない。しかし、今日、必要な改革とは、現在の巨大で硬直化したJA組織を解体し、地域の実情や農家のニーズに応じた適切な規模になり、意欲ある中小農家の収益力を増やす事業体へと転換させることである。それは、意思決定の迅速化、経営責任の明確化、そして何よりも組合員である農家の収益力向上を最優先とする、民間企業に限りなく近い組織への変革を意味する。この変革こそが、意欲ある中小農家が報われる農業構造への道を開く。
森山裕氏に代表される農林族議員は、旧来のJAシステムを「守るべき制度」として擁護し続けてきた。その結果、農家は市場情報から隔絶され、経営者としての能力を磨く機会を失い、農業の魅力は低下し、若者の新規参入も進まない。
森山氏が主導してきた農政は悪循環を助長してきた
補助金と関税で農家を守っているようで、実際には農家の弱体化が進んでいる事実を森山氏は重く受け止めるべきだ。日本の農家が生産する農産物の品質が優れているならば、補助金に頼るのではなく、むしろ積極的に自由貿易の舞台で収益を獲得すべきだ。
自由貿易協定「TPP」で日本の農業が滅びるというデマが日本国内で巻き起こったが、実際はどうなったかーー。そうである。農産品の輸出量が増え、日本の農産品の品質の高さだけが際立つ結果になったのだ。
日本の農作物が海外で太刀打ちできないと怯え「敗北主義」に陥り、関税と補助金で国内市場を保護し続ける政策は、農業の非効率性をますます高め、結果として農家自身を弱体化させる道である。守れば守るほど、市場からの淘汰圧が働かず、経営改善のインセンティブも失われる。
森山氏が主導してきた農政は、まさにこの悪循環を助長してきた。農家のため、国民のためと言いながら、その実態は旧来の利権構造の維持と、それに伴う非効率性の温存に他ならない。守っているようで、弱体化させているのであれば、これは形を変えた農家イジメに他ならない。
日本農業の停滞を象徴する最大の「がん」
小泉進次郎氏がかつて自民党農林部会長に就任した際、農協改革の必要性を訴えた。
彼の試みは道半ばで終わった感が否めない。日本の農業が真に再生するためには、JAの抜本的な組織改革と、農林族議員による政治的介入の排除が不可欠である。農家一人ひとりが自立した経営者として市場と向き合い、創意工夫を凝らすことにしか、日本の農業の未来はないのである。
そのような環境を整備することこそ、政治が果たすべき役割である。JAが民間企業と同様の経営規律と市場感覚を持ち、中小農家の利益最大化に取り組む組織へと生まれ変わること、それが求められる改革の姿である。
旧態依然とした農協システムや、特定の政治家の影響力に甘んじていては、日本農業の未来はない。小泉進次郎元農相よ、農協や農水族の岩盤規制に決して負けるな。なんでもかんでも行政や農協が決めるという時代と訣別し、農家の自主的な経営を最優先にしなくてはならない。
森山裕氏のような政治家が主導する「守るだけの農政」は、もはや限界であり、日本農業の停滞を象徴する最大の「がん」なのである。衆院選での自民党敗北の責任をなぜかとらなかった森山氏だが、参院選の敗北はさすがに逃げることはできないだろう。彼の政治生命も、そう長くはないと信じたいが、日本の農家が失った時間と損失はあまりにも大きい。