米不足解消につながる制度はもうできている!竹中平蔵「全国で活用している自治体はたった一つだけ」

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 いまだに解消しない米不足。経済学者の竹中平蔵氏は「コメ不足には明確な理由がある」とし、現行の農業をめぐるシステムを批判する。米不足を解消する画期的な仕組みについて、竹中氏が語る。全3回中の第1回。

※本稿は竹中平蔵著「日本経済に追い風が吹く」(幻冬舎新書)から抜粋・再構成しています。

第2回:竹中平蔵「東京を政府の直轄地に」東京一極集中への批判は間違っている

第3回:日本が強くなるために必要な“行革”……竹中平蔵「小泉内閣が派遣を増やしたわけではない」

目次

担い手不足の農家を救える「簡単な答え」

  昭和30年代に日本では、「三ちゃん農業」という言葉が流行語になった。「爺ちゃん」「婆ちゃん」「母ちゃん」の3人で農業経営を行う農家の状況を指した言葉だった。「父ちゃん」は勤め人の、いわゆる兼業農家である。

 零細農家の多くは補助金で成り立っている。農業人口の高齢化で、担い手不足が深刻になっている。どうすればいいのだろうか。答えは簡単である。農地の規模をある程度まとめること。そして、デジタル・テクノロジーを導入することである。

 この2つを実現することは、「三ちゃん」農家にとってはハードルが高すぎる。どうすればいいのか。資金やテクノロジーを有する企業が、農地を持つことができる仕組みをつくることである。企業が農業を行えば、テクノロジーを導入して、生産性を上げることができる。農業の現場で働く人の所得も増える。

 実は、そのために「国家戦略特区」制度がつくられている。それを最初にうまく活用した自治体がある。兵庫県養父市である。養父市は、当時の広瀬栄市長のリーダーシップで、2013(平成25)年に、全国の自治体に先駆けて「農業委員会と市町村の事務分担」についての「特区」活用を行った。

「農業委員会と市町村の事務分担」とはどういうことなのか。簡単に説明しよう。内閣府のホームページ「国家戦略特区」には次のように書かれている。

「農地の流動化を促進する観点から、市町村長と農業委員会との合意の範囲内で、農業委員会の農地の権利移動の許可関係事務を市町村が行うことを可能化」

戦後80年経っても変わらない農業システム

 現在は、一般の企業が農地を取得することはできない仕組みになっている。農業委員会の許可がなければ農地の売買ができないし、また「農業法人」という特殊な法人でなければ農地所有ができないのだ。そこで特区ではまず、「市町村長が農地の売買を許可できるようにする」ということである。

 農業委員会の許可なしに農地の売買ができないという仕組みは、太平洋戦争後につくられた。戦前は、一部の大地主が土地を所有し、小作人に貸し与えていた。封建的なシステムである。戦後民主主義の理念にそぐわないと考えられた。そこで、農地を細分化して小作人に分け与えた。農地解放である。

 細分化された農地が、再び大地主に買い占められることになるかもしれない。そこで、農地の売買を厳しく制限した。地元の農民で構成する「農業委員会」の許可なしには、農地を売買することができなくなったのである。

 このシステムは、戦後の農業の民主化には大いに役立った。しかし、それからすでに80年が経過している。時代は大きく変化した。農業は国内の食料を供給するとともに、世界と競争しなければならない段階に入った。生産性の上昇が急務となっているのである。

政治家が既得権益を守る

 次に特区で可能になったのは、先に示した農業生産法人以外の通常の企業(株式会社)でも、(条件付きではあるが)農地を所有することである。ここで農業生産法人とは、株主の過半が「農民」であることが条件になっている。要するに、農業をやってきた人しか、農地を持てないという、なかなか凄い仕組みである。

 これでは資本やテクノロジーを持つ一般の会社は、農地を所有して農業に参入することなどできない。だが特区の仕組みの中では、株式会社の農地所有が可能になる。この特区の制度も、広瀬市長の英断で養父市では可能になった。

 しかし残念なことに、他の自治体でこれに続く動きは出てこない。地元の農業関係者が強く反対し、首長が勇気を持った決断ができないからである。

 農業生産性の向上は、考えるまでもない当たり前のことである。どの国を見ても、地方の主力産業はやはり農業だ。したがって農業の活性化は、まさに地方創生の基本でなければならない。

 しかし、農業の改革に対しては猛烈な反対がある。なぜか。一部の政治家が今の農業を守ることによって、支持を得ているからである。「水田を守る」のではなく「票田を守る」と揶揄されるゆえんである。

 細分化された農地の持ち主は、それぞれが「1票」を持っている。農地がある程度集約されるということは、それだけ「票田」が減ることを意味する。だから一部の政治家は、農業生産性を高めることに反対している。

コメ不足の理由は減反政策

 食糧安全保障や食糧自給率を考えても、農業の生産性を上げることは、日本にとって急務である。2024(令和6)年にはそれが典型的に表れた。「コメ不足」である。実は、「コメ不足」には明確な理由がある。減反政策である。

 1960年代半ばごろから、コメが余り始めた。日本人の所得が上昇するにつれて、食生活が変化して、コメ需要が徐々に減少したからである。生産(供給)が一定で、需要が減少すれば、価格は下がる。コメの価格が下がれば、コメ農家が困る。そこで、コメの価格を維持するために、生産量を調整することにした。そこで1970(昭和45)年から、減反政策が始まった。

 具体的には、コメの生産を中止した水田に「補助金」を出した。コメの生産は調整され、それによって休耕田が荒廃した。減反政策は2018(平成30)年に廃止されたことになっているが、事実はそう簡単ではない。荒れ放題になった休耕田を、もとのような肥沃な田んぼに戻すことはなかなか難しい。

 コメの値段は需給によって変動する。日本の人口も減少するので、コメの生産をどのくらい増やす必要があるかはわからない。しかし、少なくとも政府がコメの需要を管理することはできない。そもそもどの分野でも、政府の需給調整など成功した例しがない。

 地球上の人口は増え続けている。世界的に見れば食糧が不足することは明らかである。コメの生産性を上げる。必要なものは政府が買い上げて援助する。そういう方法もあることを忘れてはいけない。

 もう一つ指摘しておきたいことがある。それは、農業の後継者についてである。なぜ農業の後継者が少ないのか。それは、現在のままでは農業に未来がないことがわかっているからである。未来がある農業にするためにはどうすればいいのか。

 もっと自由にいろいろなことに挑戦できるような仕組みにすることである。例えば、ファンドからの出資で、農業に取り組む新しい法人をつくることができるようにする。それが可能になれば、若い農業起業家がもっと出てくると思う。

農協は安値で買いたたく

 日本の農業に縛りをかけているもう一つの法律がある。終戦直後の1947(昭和22年)に制定された農業協同組合法(農協法)である。農業者の協同組織である農業協同組合(農協)は農協法の下で活動している。ここで、「農業者」とは、主に農業に従事する主体を指す。

 農協法で、農協は、組合員の農業経営や技術向上に関する指導など15の事業を行うことになっている。その一つに、「組合員が生産する物資の運搬、加工、保管や販売」がある。つまり、農家の生産物は農協が買い上げて販売することが定められている。

 農家が生産するコメや野菜を、農協が買い上げる。農家にとっては、販売を心配することなく生産できるというメリットがある。ローリスク・ローリターンの世界である。しかし、現実は安値で買いたたかれることになる。

 リスクはあるかもしれないが、青果店やスーパーに直接卸すことができればもっと高値で売ることができ、農家の所得を増やすことができる。

 農協による農産物買い上げのシステムは、現在はかなり崩れつつある。例えば、スーパーマーケットなどでは、産地や農業生産者の名前や顔写真付きラベルが貼られた農作物が販売されている。誰が、どこで、どのように栽培したかがわかる、生産履歴付きの農産物を好む消費者も少なくない。

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