7月5日「日本沈没」の予言日…その時、日本経済はどうなるのか、国民はどうなるのか、経済誌元編集長の見解は

2011年3月の東日本大震災を“言い当てた”とされる漫画家・たつき諒氏が2021年の著作で「東日本大震災の3倍の津波」が2025年7月5日に押し寄せると“予言”した。その根拠はたつき氏が見た夢だというが、インターネット上では様々な憶測や陰謀論が飛び交っている。香港の航空会社が日本への定期便の減便を発表するなど影響が出ている。経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一氏が、その深層や「もし実際に災害が起きた場合はどうすればいいのか」を詳細に語るーー。
目次
根拠のない情報が、国境を越えて人々の行動を変容させた
7月5日に大災害が起きるという噂が、インターネットの片隅から社会全体へと染み出し、現実世界に影響を及ぼし始めた。発端は、ある漫画家が見たとされる予知夢である。東日本大震災を言い当てたとされる過去の実績が、新たな予言に奇妙な説得力を与えた。情報はSNSや動画共有サイトを通じて瞬く間に拡散し、特に海外で深刻に受け止められた。
香港の航空会社が日本への便数を減らし、在日中国大使館が渡航や不動産購入に注意を促すという異例の事態にまで発展した。日本の観光地では、外国人観光客の予約キャンセルが相次ぐなど、実体経済への被害も現実に発生している。根拠のない情報が、国境を越えて人々の行動を変容させたのである。
このような陰謀論や予言の類は、否定することが極めて難しい構造を持つ。専門家や公的機関が「科学的根拠はないデマだ」と明確に否定しても、信奉者の耳には届かないことが多い。陰謀論は、主流の知識や権威に対する根源的な不信を土台に構築される。専門家による否定は、陰謀を隠蔽しようとする権力側の動きと解釈され、かえって予言の信憑性を補強する材料に転化してしまう。今回の騒動の根拠が「予知夢」という、科学的な検証が原理的に不可能な個人的体験である点も、否定を困難にしている。科学の物差しで測れない事象に対して「科学で証明できないから嘘だ」と反論しても、「科学が万能ではない証拠だ」と一蹴されるだけである。
陰謀論の語り口は巧妙だ。検証可能な事実と、検証不可能な憶測を織り交ぜることで、物語全体の信憑性を高める。トカラ列島で群発地震が実際に起きているという事実や、南海トラフ巨大地震が高い確率で発生すると予測されているという事実が、「だから7月5日の予言も当たる」という飛躍した結論と結びつけられる。
論理的な批判は「何も知らない者の戯言」として排除
話の全てが嘘ではないため、単純にデマだと切り捨てにくい。さらに、情報を広める人々は「人々を救いたい」「真実を伝えたい」という善意や使命感を前面に押し出す。正義の衣をまとった主張を否定することは、人々の安全を軽んじる冷淡な行為だと見なされかねない。閉鎖的なコミュニティの中では「信頼するあの人が言っているから」という人間関係が情報の正しさを担保し、外部からの論理的な批判は「何も知らない者の戯言」として排除される。このような自己完結した論理体系と強固なコミュニティが、陰謀論を否定の届かない領域へと押し上げている。
噂の真偽を巡る不毛な議論に時間を費やすよりも、思考を転換し、巨大災害が現実に起きた場合にどう対処すべきかを考える方が建設的かもしれない。住民が抱く最大の不安の一つは、原子力発電所の安全性であろう。2011年の福島第一原発事故の記憶は、多くの人々の心に深く刻まれている。しかし、あの事故の最大の教訓は「全電源喪失」を防ぐことの重要性であった。現在の新規制基準では、教訓を踏まえた多重の安全対策が施されている。巨大な防潮堤の建設、津波が到達しない高台への非常用ディーゼル発電機の設置、可動式の電源車や高圧ポンプ車の配備など、あらゆる事態を想定して電源と冷却機能を確保する5重の防護壁が築かれている。津波に対する防御力は、福島事故当時とは比較にならないほど強化された。
重要なのは精神論ではなく、東日本大震災を含む実際の被災地で得られた行動データ
現在、原子力発電所の再稼働を巡る議論の焦点は、津波対策から、航空機が衝突するようなテロ行為に備える「特定重大事故等対処施設」の設置問題へと移行している。これは本来、一民間企業ではなく、自衛隊や警察を所管する国家が責任を負うべき国防の領域である。民間企業に国家防衛レベルの対応を無限に求め続けることは、いたずらに時間を浪費し、日本のエネルギー基盤を脆弱にさせるだけである。エネルギー自給率がわずか12.6%の日本にとって、原子力はエネルギー安全保障を確立するための重要な選択肢だ。貴重な電源を政治的な理由で稼働させない現状は、災害からの復興に必要な電力を自ら手放し、経済的な首を絞める行為に等しい。
個人の安全確保という観点では、津波からの避難方法を平時から理解しておくことが、災害時の生死を分ける決定的な要素となる。重要なのは精神論ではなく、東日本大震災を含む実際の被災地で得られた行動データ(※1)に基づいた行動原則である。
第一に、避難開始までの時間をできる限り短縮すること
第一に、避難開始までの時間をできる限り短縮することが重要である。実際、山田町では地震発生から避難開始までの平均時間が最も短く、これにより早期避難が可能になっていた。これに対し、旧北上川沿いの地域では平均時間が最長であり、避難の遅れが災害死亡率の高さ(8.07%)と関連していると考えられる 。第二に、震災前から家族内で地震時の行動について話し合っておくことが、避難行動の迅速化に寄与する。山田町では「家族内で地震について日常的に話す」家庭が期待値(85件)を上回る109件確認されており、このことが早期避難と高い生存率につながったとされる 。第三に、地域の地形やインフラに応じた避難手段の選択が生死を分ける。リアス海岸に面した山田町や河川沿いの地域では、徒歩での避難が期待値を上回っており、比較的安全な斜面や高台へ逃れる行動が確認された。これに対して、石巻市の海岸沿いや平地では自動車による避難が中心であり、渋滞回避のためには道路整備や徒歩避難の選択肢を含む柔軟な対応が求められる 。第四に、平時の防災教育や訓練の実施状況が、震災時の行動に明確な影響を与える。山田町では毎年の防災訓練参加者が期待値(54人)を大きく上回る77人にのぼり、ハザードマップの認知率やチリ地震での過去の避難経験も高かった。こうした地域では、避難行動がより迅速かつ的確であり、災害死亡率も比較的低く抑えられた 。
北海道から沖縄まで経済的損失が広がることに
災害時には行政の支援体制にも限界がある。どの地域に暮らしているかによって避難の成否に影響が生じうる以上、自らの地域特性に即した備えと判断力が、生存率を左右する決定的な要素となる。
巨大地震の影響は、個人の生命や財産にとどまらない。日本経済全体を崩壊させる「国難」となる可能性を秘めている。南海トラフ巨大地震が発生した場合、国の推計による直接的な経済被害は最悪で220兆円に上る。東日本大震災の10倍を超える規模だ。問題は、被害が日本の産業の中枢である太平洋ベルト地帯を直撃する点にある。工場の被災は、製品の供給網、すなわちサプライチェーンを寸断する。スーパーコンピューター「富岳」によるシミュレーションでは、一つの企業の生産停止が、取引先を通じてドミノ倒しのように全国へと波及し、北海道から沖縄まで経済的損失が広がることが示された。
経済システムの崩壊という形での「日本沈没」
最悪のシナリオは、歴史上何度も観測されている時間差での巨大地震である。一度目の地震で落ち込んだ経済が回復途上にある中で二度目の打撃を受ければ、経済は元の水準まで回復できなくなる可能性がある。シミュレーションでは、1年間で失われるGDPの総額は134兆円に達した。日本の国家予算に匹敵する額であり、国家の恒久的な衰退を意味しかねない。物理的な国土の沈没ではなく、経済システムの崩壊という形での「日本沈没」である。この経済的な打撃は、国民生活を直撃し、社会保障制度の維持すら困難にするだろう。復興の財源を確保できず、国際社会における日本の地位は大きく低下する。
しかし、希望も存在する。シミュレーションは同時に、対策の有効性も示した。全国の企業が、部品の仕入れ先などを複数確保する事業継続計画(BCP)を徹底した場合、GDPの損失を約4分の1の35兆円にまで抑えられるという。一つの企業の小さな備えが、サプライチェーン全体の破綻を防ぎ、日本経済の底力を支える。私たちは7月5日の陰謀論を契機に、手を打っていけばよいのかもしれない。
陰謀論は、我々の目をこうした現実的で地道なリスクから逸らさせる。我々が向き合うべきは、予知夢ではなくシミュレーションデータであり、見えない世界ではなくサプライチェーンである。一人ひとりが科学的知見に基づいて命を守る行動をとり、企業や国家がエネルギー基盤の確保を含めた現実的なBCPを構築すること。この両輪こそが、来るべき国難を乗り越えるための、唯一にして最大の「備え」なのである。
※1 Analysis of Evacuation Behaviors in Different Areas Before and After the Great East Japan Earthquake』(Morita et al., 2016)
※ 参考サイト(経済的影響)
「ドミノ倒しのように…」巨大地震で日本経済を襲う危機 BCPを(NHKニュース・2023年3月3日)