「飢えたヒグマたちが村を包囲、警備員2人が…!?」どうして日本は海外事例に学ぶことができないのか…経済損失も

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 北海道福島町で起きたヒグマによる死亡事件は、日本社会に衝撃を与えている。この事件の加害ヒグマは、4年前にも同じ町で女性を襲った個体とDNAが一致した。これは、一度人間を襲ったヒグマが再び人間を標的とする危険性を示す痛ましい事実だ。しかし、この駆除に対して「クマがかわいそう」といった抗議の電話やメールが殺到している。こうした非現実的な感情論に対し、筆者はロシアで起きた凄惨なヒグマ事件の教訓に学ぶ必要性を訴える。経済損出でみても、ヒグマによる農作物被害は北海道で2億6000万円(2021年)に上るという。クマ被害について取材を続けてきた、経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一氏が、人間の安全を最優先とする現実的な危機管理のあり方を問う。

目次

人を殺したクマの駆除に抗議する日本人

 北海道福島町で起きたヒグマによる死亡事件は、日本社会に深刻な問いを投げかけている。

 7月12日、新聞配達員の52歳の男性がヒグマに襲われ、命を落とした。現場は住宅地であり、住民の生活空間が凶暴な野生動物の牙によって蹂躙された。北海道立総合研究機構の調査は、さらに衝撃的な事実を明らかにする。男性を襲ったヒグマの体毛から検出されたDNAは、4年前にあたる2021年に同じ町内で77歳の女性を襲い死亡させた個体のDNAと完全に一致した。この事実は、一度人間を襲撃し、その肉の味を覚えた個体が、再び人間を標的とする危険性を明確に示している。

 ヒグマの生態に詳しい酪農学園大学の佐藤喜和教授は、読売新聞の取材(7月18日)に対して、「一度、人を襲った個体は繰り返すとされる。すぐ駆除しないと、次の被害につながる」と指摘している。この警告は、今回の事件によって痛ましい形で証明されたわけだ。

 福島町では事件後、南東に1キロメートルほど離れた住宅街で1頭のヒグマが駆除された。体長208センチメートル、体重218キロメートルの巨大なオスであった。ハンターがライフル銃を2発撃ち込み、ようやく仕留めた。駆除された個体が新聞配達員の男性を襲った個体とは別である可能性を示唆する声もあがっており、人を食い殺した殺人ヒグマが、今もなお野に放たれている恐怖は、地域住民の心を深く蝕んでいる。

 この悲劇的な事件と、住民の安全を守るための駆除という当然の措置に対し、日本の一部からは信じがたい反応が寄せられた。北海道庁には、駆除に抗議する電話やメールが殺到した。その件数は事件発生から12日間で120件に上るという。

「クマがかわいそう」「クマにも命がある」

 抗議の内容は「クマがかわいそう」「クマにも命がある」「殺さずに山に返すべきだ」といった、現場の恐怖とは著しく乖離した感情論に終始した。抗議者の一人は、2時間以上も電話で一方的な主張を続けたという。

 北海道の鈴木直道知事は記者会見で、特に北海道外からの問い合わせが多いと明かした。続けて、「市街地でヒグマと対峙する危険性が想像できないのだろう」と述べ、ハンターたちが命懸けで職務に従事していることへの理解を求めた。人の命が奪われた現実を前にして、加害者であるヒグマの側に立って同情を寄せる行為は、異常である。被害者と遺族の悲しみ、地域住民が抱える恐怖を全く無視した、極めて無責任な言動と言わざるを得ない。

 日本のヒグマ問題を正しく理解し、適切な対策を講じるためには、このような国内の非現実的な感情論から脱却する必要がある。我々は、世界で発生したクマによる悲劇的な事件から、クマという動物の捕食者としての本質を学ばなければならない。特に、広大な自然と多数のヒグマを抱えるロシアで起きた事件は、日本の甘い認識を根底から覆す、極めて重要な教訓を含んでいる。国内のニュースを紹介する上で、ロシアの事例は、我々が踏まえておくべき基準となりえよう。

警備員2名が巨大なヒグマの群れに襲われ、食い殺された

 例えば、2008年7月、ロシア極東のカムチャツカ半島で、世界を震撼させる事件が起きた。ロシアの通信社イタルタスは、ハイリノ村近くの鉱山で、警備員2名が巨大なヒグマの群れに襲われ、食い殺されたと報じた。このニュースはAP通信を通じて世界中に「Starving bears eat 2 men in Russia(飢えたクマがロシアで男性2名を食べた)」という衝撃的な見出しで配信された。

 事件の詳細は、私たちの想像をはるかに超える凄惨なものであった。約30頭もの飢えたヒグマが、ハイリノ村とコルフ村という二つの静かな集落を完全に包囲した。住民たちは恐怖のあまり家から一歩も出ることができず、村は陸の孤島と化した。ハイリノ村の長老ヴィクトル・レウシキンは、ヒグマが人間の血の味を覚えてしまったのではないかと深刻な懸念を表明した。事態を重く見たカムチャツカ地方政府は、ヒグマの反乱を鎮圧するため、ハンターと狙撃手からなる特別チームを派遣する決定を下した。

ヒグマの学習能力と執着心の強さ

 カムチャツカ半島における人間とヒグマの関係性は、日本の一部で語られるような牧歌的な共存とは全く異なる。カムチャツカではクマを殺すことに社会的な抵抗感はほとんど存在しないという。

 報道で、野生生物学者が「30頭ものヒグマが協力して人間を襲うことは前例がない」としながらも、「集団の規模自体は驚くべきことではない」と分析している。近くに容易に手に入る食料源がある場合、ヒグマの集団はそれほど巨大になる。この専門家の指摘は、日本の状況を考える上で極めて重要である。

 ロシアの事件と北海道福島町の事件には、無視できない共通点が存在する。それは、人里近くの食料源への執着である。カムチャツカのヒグマが村を包囲したのは、自然界の食料が不足し、人里で容易に手に入る食料源を見つけたからに他ならない。北海道福島町でも、男性が死亡した現場からわずか400メートル離れたスーパーマーケットで、生ゴミが荒らされる被害が確認されている。ゴミ置き場の扉は大きく壊され、周辺にはヒグマのものとみられる足跡と体毛が残されていた。一度、人間の出すゴミの味を覚えたヒグマは、その餌場に執着し、繰り返し現れるようになる。ロシアの事件でヒグマが人間の味を覚えたと懸念されたように、北海道の事件でもヒグマは人間を襲うことを学習した。4年前に女性を襲い、今回男性を襲ったという事実は、ヒグマの学習能力と執着心の強さを物語っている。

ヒグマにとって抗いがたい魅力

 人間社会が提供する豊富な食料は、ヒグマにとって抗いがたい魅力を持つ。この魅力が、ヒグマを人里へと引き寄せ、人間との致命的な遭遇を生み出す根本的な原因である。

「クマがかわいそう」という抗議の声を上げる人々は、30頭の飢えたヒグマに村を包囲される恐怖を想像できるだろうか。警備員が食い殺されるという、ロシアで現実に起きた出来事を自分の身に置き換えて考えることができるだろうか。ヒグマは愛らしいぬいぐるみではない。人間を容易に引き裂き、時には食料と見なす、体重数百キログラムの頂点捕食者である。人間の生活圏に侵入し、人命に危害を加える個体は、もはや保護の対象ではない。断固として駆除すべき有害鳥獣である。この認識は、世界中の人々がクマとの長い闘いの歴史の中で獲得してきた、血塗られた教訓である。

唯一の現実的な危機管理とは

 日本だけが、この冷徹な現実から目を背け、安全な場所から非現実的な動物愛護を唱えることは、文明社会の住民としてあまりに無責任である。

 我々は、人間の安全確保をあらゆる議論の最優先事項としなければならない。人里への出没を繰り返し、人間への警戒心を失った個体、一度でも人間を襲撃した個体は、発見次第、躊躇なく駆除する体制を全国規模で構築すべきである。これは感情的な強硬論ではない。ロシアの事件、そして北海道の事件が示す、科学的かつ経験的な事実に基づいた、唯一の現実的な危機管理である。

 日本人は、世界人類がクマとの闘いで得てきた厳しい教訓に真摯に学び、感傷的な理想論を捨て去るべき時を迎えている。人の命の重さを軽んじる者に、野生動物との共存を語る資格はない。

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