訪日客の行為「迷惑に感じた経験」6割強…新幹線で“走って騒ぐ子”と“注意しない親”にイライラ!瞬時に静かにさせる効果的行動

お盆シーズンだ。久々に故郷へ帰ることに喜びを感じる人もいれば、義実家に宿泊することに辟易してしまう人もいるだろう。そもそも国民が一斉に休みをとるものだから、人が多すぎて移動時間が苦痛で仕方がない。航空チケット代金はこちらの足元をみるように跳ね上がり、東海道新幹線のチケットをアプリから予約しようとログインしてもアクセスの集中でなかなか操作ができない。とにかくイライラが募りまくるお盆だが、いざ新幹線の指定席にのってもイライラは続く。席を間違えていても態度の大きい訪日外国人客、暴れる子ども、そしてその子どもを注意しない親……。この苦痛、どうしたらいいのか。ビジネスマナーなどにも詳しい、経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一氏が解説するーー。
目次
迷惑行為の1位は「周囲に配慮せず咳やくしゃみをする」
新幹線の車内で過ごす時間は、仕事や観光、帰省や出張といった目的は人それぞれだが、多くの乗客にとって静かで快適な環境が望まれる空間であることは言うまでもない。中には、隣のビジネスパーソンのノートパソコンへの打音すら不快に感じる人も多いと聞く。
同じ車両内で数十人、時には数百人が長時間を共有する以上、他者の振る舞いが自身の快適性を大きく左右する。周囲の声の大きさ、荷物の置き方、香水や飲食の匂い、子どもの行動など、小さな要素が積み重なって快適さは変化する。
日本民営鉄道協会が2024年度に実施した「駅と電車内の迷惑行為に関するアンケート調査」は、現代の乗客が直面するストレスの源泉を浮き彫りにしている。全国の鉄道利用者を対象にしたこの調査では、迷惑行為の1位は「周囲に配慮せず咳やくしゃみをする」であった。新型コロナウイルス感染症のパンデミックを経て、人々の衛生意識が格段に高まったことが背景にあり、マスク着用の有無や飛沫への敏感さは以前とは比べ物にならないほど強まっている。2位には「座席の座り方」が続き、隣席への足のはみ出し、肘掛けの独占、前席を過度に倒すなど、パーソナルスペースの侵害が依然として大きな問題であることが示された。
注目すべきは3位にランクインした「騒々しい会話・はしゃぎまわり」である。長時間の移動となる新幹線において、静寂を破る騒音は乗客の平穏を著しく害する。
特にインバウンド需要が回復する中で、訪日外国人旅行者に関する迷惑行為への関心は高まっている。
62.9%が訪日外国人旅行者の行為を迷惑に感じた経験
アンケート回答者の実に62.9%が訪日外国人旅行者の行為を迷惑に感じた経験があると答え、その具体的内容として「騒々しい会話・はしゃぎまわり」が半数以上の51.8%を占めトップとなった。文化や習慣の違いからくる声量の差や、グループでの移動による高揚感が、日本の公共交通機関におけるマナーとの間に摩擦を生じさせている構図がうかがえる。
同様に、通路を走り回る子どもや、我が子の迷惑行動をスルーしてしまう保護者の姿も、乗客の不快感を増幅させる典型的な事例としてしばしば挙げられるようだ。危険性があるだけでなく、他の乗客に精神的な疲労感を与える行為であり、特に混雑時や車内販売通過時にはトラブルの原因にもなりうる。
こうした迷惑行為に対して、鉄道会社は長年にわたり対策を講じてきたように見える。車内や駅構内に掲示された色とりどりのマナー啓発ポスターは、誰もが一度は目にしたことがあるだろう。ユーモラスなイラストや心に訴えかけるキャッチコピーで、乗客に適切な行動を促そうと試みている。テーマは多岐にわたり、静粛の維持、座席の譲り合い、ゴミの持ち帰り、優先席の利用マナーなど、公共交通における基本的なエチケットを繰り返し訴えている。
マナー啓発ポスター、本当に意味あるのか
一見すると、鉄道会社が乗客の快適な利用環境を守るために積極的に働きかけている証左のように思えるし、ポスター自体がマナー違反に対する一種の抑止力として機能することも期待されている。多くの乗客は、ポスターを見ることで自らの行動を省みるきっかけを得るかもしれない。
しかし、Christoph Schimkowsky氏が2022年に発表した論文「Managing passenger etiquette in Tokyo: between social control and customer service」は、こうした一般的な認識に異議を唱える。調査と関係者へのインタビューに基づく同論文は、ポスターキャンペーンの主目的が、乗客の行動を改善するものではなく、顧客からの苦情に対応し、「満足度を維持する」ための顧客サービスの一環であると指摘する。実際に、問題が減るのではなく、利用者向けの「やってる感」というわけだ。
乗客はただ我慢するしかないのだろうか
鉄道会社にとって、「マナーが悪い」という苦情はサービス品質低下のシグナルであり、早期対応が求められる。キャンペーンを継続する最大の動機は、苦情を寄せる乗客に対して「私たちは真摯に取り組んでいます」という姿勢を示すことにある。
現実には、ポスターの存在だけで騒々しい会話や子どもの無軌道な行動が消えるわけではない。では、ポスターに頼れない場合、乗客はただ我慢するしかないのだろうか。
しかし、直接注意することは、相手を逆上させ、トラブルに発展する危険がある。特に外国人や感情的になりやすい保護者への注意は難易度が高い。
それでも、不快な状況を放置すれば自分の移動時間が苦痛になる。このジレンマを解消する第一歩は、公的手段に訴える前に、乗客自身ができる穏やかなコミュニケーションである。大声で話す外国人グループには、非難ではなく情報提供の形で「日本では電車内では静かにするのが習慣です」と伝える。英語で「Excuse me, but in Japan, it’s customary to be quiet on the train. Could you please lower your voices?」と丁寧に言えば理解を得られる可能性は高い。
子どもが走り回る場合は、親に「元気ですね」と褒めてから「車内で走り回ると危ないですよ」とやんわりアプローチする。非難を避け、安全と配慮という二つの理由を示すことで意図を汲み取ってくれる人も多いだろう。
正当な理由があれば車掌に通報してよい
こうした直接アプローチが難しい、あるいは効果がない場合に有効なのが、「車掌への通報」である。火災や急病人といった緊急事態に限らず、他の乗客の安全や快適な移動を著しく阻害する行為についても、正当な理由があれば通報してよい。これは単なる個人的な不満の表明ではなく、車内秩序の維持を乗務員に要請する正当な権利の行使であり、乗客が安心して移動できる環境を守るための重要な手段である。
JR西日本安全研究所が発行するレポート「あんけん Vol.17」も、この行動の重要性を裏付ける科学的知見を提示している。同レポートでは、安全な行動を促す環境要因として「心理的安全性」の概念を取り上げ、「心理的安全性とは、組織やチーム内でのものの言いやすさを表す概念」であり、2012年にGoogleがチーム効果性の鍵として最重要視したことで広く知られるようになったと説明している。
車掌への通報は心理的ブレーキを乗り越え、客観的な行動を促すきっかけに
鉄道の車内においても、乗客がトラブルを恐れずに問題を報告できる環境づくりは不可欠であり、車掌への通報手段を簡単にできるようにしていくことはその心理的安全性を高めることになろう。
また、同レポートは人間が陥りやすい判断の誤り=「認知バイアス」にも言及している。たとえば、「列車の走行に支障はないだろう」という思い込みは「正常性バイアス」や「確証バイアス」といった認知バイアスの一例であり、重大インシデント調査でも指摘されている。迷惑行為を目の前にして「自分が言っても無駄だろう」と行動をためらう心理も、このバイアスの一種である。車掌への通報は、こうした心理的ブレーキを乗り越え、客観的な行動を促すきっかけとなる。
新幹線の快適さは、与えられるものではなく、乗客一人ひとりが権利と責任を自覚し、穏やかなコミュニケーションと車掌へ通報の活用を組み合わせて創り上げていくべきものである。乗客が快適に過ごせる環境は、単に鉄道会社が提供するものではなく、私たち一人ひとりが協力し、マナーとエチケットを守ることで初めて実現する。誰もが気持ちよく新幹線を利用できる未来を築いていこう。