なぜ景気は変動するのか?東京大名誉教授「景気によって税負担を変えることが望ましい」

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 高度経済成長やバブル、ブラックマンデーにリーマンショック。世界経済は常に変動している。ではそもそも、なぜ景気は変動してしまうのか。景気循環の仕組みや、その景気に合わせて行うべき施策について、東京大学名誉教授の井堀利宏氏が語る。全3回中の第2回。

※本稿は井堀利宏著「知らなかったでは済まされない経済の話」(高橋書店)から抜粋、再構成したものです。

第1回:なぜ物価目標は「2%」なのか?東京大名誉教授が考える、望ましいインフレの形とは

第3回:増税か減税か、結局どっちが正しいの?東京大名誉教授「今は増税すべきとき」

目次

望ましいのは「可変的な税負担」

登場人物:井堀教授(70代の経済学者。東京大学の名誉教授)

     佐藤翔太(28歳。編集者)

佐藤:最終的にどんな税のかけ方が一番望ましいって言えるんですか?

井堀:難しいところだね。仮に同じ10万円を納税するにしても、所得税なのか法人税なのか消費税なのかで、経済活動への影響が変わってくるからね。所得税を引き上げると頑張って働いても手取りが増えないと思って勤労意欲が下がりやすいし、法人税を上げれば企業が投資を控えるかもしれない。

佐藤:みんなが同額を負担しても、その税の性質次第で経済が受けるダメージが違うってことですね。

井堀:そう。経済学の考え方だと、できるだけ経済活動をかき乱さない税が望ましいんだ。それを経済に中立な税なんて言うよ。特定の行動を抑え込んだり、強制したりしないほうが、経済全体が歪みにくくなるからね。

佐藤:でも景気対策の観点からは、不況期や好況期で税負担を変えたほうがいい、という意見もありますよね?

井堀:そうだね。不況期には税負担を軽くして需要を下支えし、好況期には逆に税負担を増やして過熱を抑える。景気を安定化させるという面では、そういう可変的な仕組みのほうが望ましいね。

不況期に財政赤字を“わざと”膨らませる理由

佐藤:景気対策として公共事業がよく挙がりますけど、その規模と中身が大事って聞きます。どういうことなんでしょう?

井堀:公共事業には、いろんな種類と規模があるだろう?大規模なインフラ整備は、景気対策の効果も大きいけど、小回りがきかない。不況だから今すぐやろうといっても、設計や入札など準備に時間がかかるから、すぐに大型の公共事業を実施するのは無理だ。

佐藤:逆に、地方自治体が小規模の公共事業をやる場合は、すぐに実施できるんですか?

井堀:比較的きめ細かく対応できる。ただ、小規模な公共事業はインフラとしての重要度が問われる。本当にその施設が必要なのかと批判されることもある。だから、いかに地域のニーズや経済状況に合った事業を選ぶかがカギになる。

佐藤:地域ごとに景気の差がありますもんね。日本全体では不況じゃなくても、ある地域だけ落ち込んでいることだってあるし……。

井堀:うん。中央が大規模事業を打ち出すだけじゃ救えない地域もある。そんなとき、地方自治体が小型の公共事業や補助金、衰退地域活性化策を使ってピンポイントで支援するほうが重要になる。失業者への給付金なんかも、不況下では大事な財政支出だよ。

佐藤:財政赤字ってよく問題視されますけど、不況期の景気対策では重要なんですよね……。

井堀:そもそも公債発行は歳出と税収との差額(財政赤字)に対応している。政府が国債を発行するっていうのは借金を増やす行為だから、家計で言えばあまり望ましいとは言えない。でも、不況期に限っては、あえてその借金をして景気を下支えする意義があるんだ。

佐藤:つまり、税収が足りないときは政府が国債を発行して、財源を補うわけですよね。それで公共事業や減税をして、景気を刺激する、と。

井堀:そう。もし不況期に税金を多く取ろうとすると、家計や企業の懐がますます寂しくなる。だからむしろ減税や歳出拡大をして需要を刺激し、その不足分を公債発行で補う。

佐藤:財政赤字ってマイナスのイメージしかなかったけど、不況期には意図的に増やす場合があるんですね。

井堀:財政赤字が大きいほど、政府が景気対策を積極的に行っているとも言える。借金の大きさ=財政赤字=公債発行量だね。

そもそもなぜ、景気は変動するのか?

佐藤:ニュースで景気がいいとか、悪いとか言うけど、具体的に何を指しているんですか?

井堀:景気とは経済全体が短期的に好調か不調かを表す言葉だよ。日本経済全体で見たとき、企業の業績がどうか、賃金の上昇はどうか、物価や失業率、GDPの成長などを総合的に見て判断するんだ。数年単位の動きだね。

佐藤:じゃあ、好景気(好況)っていうのは、具体的にどんな状態を指すんですか?

井堀:好況期には、企業の売上や利益が伸びて、賃金も上昇しやすい。物価もやや上がる傾向にあるけど、賃金がインフレ率以上に伸びれば、実質的に労働者の懐は潤う。GDPが活発なときだね。

佐藤:なるほど。逆に不況期(不景気のとき)は……?

井堀:企業業績が悪く、賃金も上がらない。物価も低迷して、失業者が多くなる。GDPの伸びも弱いから、全体としてしんどい状況が続くんだ。こうした好況と不況は定期的に繰り返される傾向がある。それを景気循環って呼ぶんだ。

佐藤:そもそも、どうして景気は変動してしまうんですか?

井堀:ずっと好況が続けばみんな嬉しいけど、現実にはいろんな要因が重なって好況と不況を繰り返す。大きな理由としては、外生的なショックがランダムに発生するからだね。つまり、天候不順や地政学的リスク、技術革新など、予測しづらい出来事が投資意欲を大きく上下させるんだ。

佐藤:たとえばAIとかスマホみたいな新技術で景気が盛り上がっても、それが行き渡ると落ち着いてしまう……みたいな感じですか?

井堀:そう。新しいイノベーションで企業が投資をガンガン増やすと好況期になる。でも、そのブームが一段落し、企業の期待が冷めれば投資需要が減退して景気が停滞する。天候不順で農作物が不作になったり、海外経済が不安定化したりしても似たような現象が起こる。これが繰り返されることで、景気は上下に波を打つんだよ。

佐藤:好況期に投資が急増しても、供給能力が追いつかなくなればインフレ圧力が高まる、って話もありましたよね。すると企業の期待が暗転して投資を控え、不況に向かう……。

井堀:まさに。好況期には需要が供給を上回る状態が続くと、物価が上がって企業や家計も慎重になり始める。これ以上は投資してもリターンが薄いと判断すれば、一気に投資がしぼんで不況期に突入する。消費はそこまで大きく変動しなくても、投資が減ると経済全体に影響が及ぶんだ。だから景気循環が起こる。

景気変動に先立つ「在庫投資」

佐藤:天候不順みたいな自然要因もあれば、技術革新みたいなプラス要因もあるし、海外の動向も絡む……。

井堀:うん。しかも、在庫投資などの経済内部の要因でも景気は揺れ動く。要はいろんなランダムショックと企業や家計の期待が絡み合って、経済が波を打つわけだ。それを景気循環と呼んでいるんだ。

佐藤:在庫投資?って、どう景気循環と繋がるんでしょう?

井堀:投資っていうと機械や工場の設備投資が真っ先に思い浮かぶかもしれないけど、製品を作り置きする在庫投資も立派な投資だ。企業は在庫がどれくらい残っているかを見て、生産量を調整している。

佐藤:在庫が少ない=思ったより商品が売れていると判断して生産を増やすわけですね?

井堀:そう。需要が高まって在庫が減ると、もっと作ったほうがいいと企業は考えるから生産を拡大する。すると経済活動がさらに活発化して、在庫はますます減少し、好況が続く要因になる。逆に在庫が多いと、思ったより売れ残っていると感じて生産を控える。すると経済活動が冷え込み、在庫は一層余りがちになり不況に拍車がかかる。

佐藤:つまり、在庫の増減に企業が反応して生産を調整する結果、好況期と不況期との差がより鮮明に出るわけですね。

井堀:その通り。しかも、需要予測なんて完璧にはできない。想定より需要が多いと一気に在庫が減って好況を加速させるし、逆に需要が少ないと在庫が積み上がって不況を深刻化させる。要するに、在庫投資の変動に応じて、遅れて経済活動が変動するんだ。

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この記事の著者
井堀利宏

政策研究大学院大学名誉教授。東京大学名誉教授。 専門は財政学・公共経済学・経済政策。1952年、岡山県生まれ。東京大学経済学部経済学科卒業、ジョンズ・ホプキンス大学大学院博士課程修了(Ph.D取得)。東京都立大学経済学部助教授、大阪大学経済学部助教授、東京大学経済学部助教授、同大学教授、同大学院経済学研究科教授を経て2015年同大学名誉教授。同年4月より政策研究大学院大学教授、2022年4月より現職。

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