JA組合長が小泉農水相に直訴「農協なくさないで」…コシヒカリは前年比76%増の大暴騰中!「備蓄米放出は意味がなかった」三菱総研の指摘

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 米価の異常な高騰が「令和の米騒動」と呼ばれる事態を引き起こしている。先日は関西テレビ「旬感LIVEとれたてっ!」で、JA直鞍(福岡)堀勝彦組合長が「ぜひ、農協をなくさないように」と小泉進次郎農水相に直訴したことが話題になった。小泉農水相は「農協なのか、農協でないプレーヤーなのか、それを選ぶのは農家の皆さん」と述べた。一方で日常の食卓を支える主食が、これほどまでに高値で取引されるようになっている事実は変わらない。その背景には、気候や需給の変動といった一時的な要因ではなく、日本農政の根幹に横たわる構造的な問題があるのではないか。制度疲労を直視し、農家の創意や努力が正当に報われる仕組みを築けるか。経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一氏が、その本質を読み解くーー。

目次

「令和の米騒動」は人災だった…自民党と農水省の誤算

 自民党と農水省という人災がもたらした「令和の米騒動」が国民の食卓を破壊している。スーパーマーケットの店頭では5kgで4000円を超える米が陳列され、もはや日常の風景と化した。

 JA全農あきたが提示した2025年産あきたこまちの概算金は60kgあたり2万8300円に達し、前年当初比で68.5%もの異常な高騰を記録した。JA全農新潟県本部に至っては、一般コシヒカリの仮渡し金を3万円という前代未聞の水準に設定した。前年比76%増という数字は、市場の正常な機能が完全に失われたことを示している。

 政府は国民の不安を鎮めるため、備蓄米の放出というカードを切った。結果は惨憺たるものであった。価格高騰の勢いは全く衰えず、放出された備蓄米は焼け石に水となり、市場の混乱を助長しただけだった。

「補助金依存」からの脱却こそが農業再生の条件である

 今回の米価高騰は、単なる天候不順や一時的な需要増では説明できない。70年以上続いた保護農政の仕組みそのものが限界を迎え、日本の農業が本来の力を取り戻す転機に来ていることを示している。補助金や規制で農家を囲い込む政策のもとでは、努力や創意工夫が十分に報われず、結果として意欲の減退や流通の硬直化を招いてきた。

 今必要なのは、補助金や所得保障といった仕組みに依存せず、農家の取り組みがそのまま評価につながる環境を整えることである。その方が、意欲ある農家ほど収益を高めやすくなり、地域での存在感を強められる。

 政府が備蓄米を放出したものの、三菱総合研究所の分析(『令和のコメ騒動』シリーズ)によれば価格抑制効果はほとんど見られなかった。

多様化する流通。もはや米市場はJAだけでは動かせない

 三菱総研の分析の詳細なデータをみると、放出直後に一時的な小幅下落は確認されたが、わずか数週間で価格は元の水準を上回り、その後も上昇基調を続けた。分析は、消費者物価指数や主要都市の小売価格を追跡したもので、備蓄米が市場全体に与えた影響は「統計的に有意な効果を見出せない」と結論づけている。

 この背景には、現代の流通構造が大きく変わったことがある。かつてはJAが米の流通を握り、政府の意向を市場に反映させることが可能だった。しかし現在は、農家がJA以外に販路を持ち、民間業者やインターネットを通じて直接消費者に販売するケースが増えている。三菱総合研究所は、こうした流通の多様化が価格形成を主導していると指摘し、備蓄米という「ごく少量の供給調整」では全体の流れを左右できないと分析した。

 さらに、分析は「備蓄米放出はむしろ市場に混乱を与え、農家の販売戦略を難しくした」とも述べている。価格の下落を恐れて出荷を控える農家がある一方で、直販や契約栽培を強化していた農家は大きな影響を受けなかった。つまり備蓄米政策は、市場の健全な競争を歪めるだけで、価格安定にも農家の利益確保にも寄与しなかったということだ。

 この分析が示すのは、補助金や備蓄政策に依存する限り、農業の持続的な安定は得られないという現実である。むしろ、消費者の評価に応じて自由に販路を選び、取引先を多様化させている農家の方が強さを発揮している。備蓄米政策の限界が露呈したことで、農家が自らの工夫で経営を伸ばす重要性が浮き彫りになったのである。

長期データが明かす「補助金は力にならない」という結論

 補助金が長期的に農家の力にならないことを示す実証研究は数多く存在する。その中でも、日本の農政が学ぶべき示唆を与えるものとして、フランスの経済学者ロール・ラトリュフらが2011年に発表した学術論文『欧州連合諸国における生産性と補助金:入力距離フロンティアを用いた酪農家の分析』を紹介したい。

 この研究は、デンマーク、フランス、ドイツ、アイルランド、スペイン、オランダ、イギリスのEU7カ国における酪農家を対象に、1990年から2007年まで18年間の膨大なパネルデータを用いて行われたものである。長期にわたるデータを用いた点で、補助金と生産性の関係を客観的に測定した貴重な研究といえる。

欧州の研究が示す「支援が自立を妨げる」現実

 結論は明快である。補助金に依存する度合いが高いほど、すべての7カ国で「技術的な非効率性」が高まることが有意に確認された。技術的な非効率性とは、より少ない労力や資源で同じ生産を行えるはずなのに、それが実現できていない状態を指す。言い換えれば、補助金が多いほど農家は経営改善や技術革新への動機を失い、効率を高める機会を逃してしまうということだ。

 この結果は、意欲ある農家にとってむしろ大きな示唆を持つ。補助金に頼らない環境では、工夫や技術導入が直接成果に結びつくため、努力する農家ほど生産性を高められる。特に中小規模で挑戦心を持つ農家にとっては、補助金に依存しない体制が、自らの経営力やブランド力を磨き上げる絶好の環境となる。

 ラトリュフらの研究は、欧州の共通農業政策(CAP)が農家の技術効率を低下させてきた事実を一貫して示しており、「公的支援が長期的には農家の自立を妨げる」という点を疑いなく明らかにしている。これは酪農家を対象とした研究であるが、米農家を含め、他の農産物でも同様のメカニズムが働くことは容易に推察できる。

 つまり、補助金は短期的には安心感を与えるものの、長期的には農家の努力を報われにくくし、結果として意欲ある農家の成長機会を奪う危険性がある。逆に、補助金依存から脱却した競争環境こそが、中小農家にとって自らの力で価値を創造し、市場から正当に評価されるチャンスを広げることにつながるのである。

中小農家の創意と努力を正しく評価する仕組みを

 日本の農業政策が向かうべき方向は明確である。保護策による依存を断ち切り、自立的に成長できる仕組みへ転換することだ。

 第一に、減反協力金や経営所得安定対策、中山間地域等直接支払制度といった補助金や所得保障を整理する必要がある。こうした支援に頼る仕組みを縮小すれば、農家自身の努力や創意工夫が評価される環境が生まれる。とりわけ意欲のある中小農家にとっては、自らの経営改善や販路拡大の取り組みが成果に直結しやすくなる。

 第二に、農地法をはじめとする規制を見直し、柔軟に農地の利用・拡大ができる制度を整えることが不可欠だ。これにより、中小規模の農家でも意欲があれば規模を拡大し、設備投資や技術導入に踏み切れる。地域の若手農業者や家族経営農家が力を伸ばす余地が広がり、地域の農業を支える中核的存在へと成長できる。

国民生活を圧迫する一方で、農業を立て直す好機でもある

 第三に、米を特別扱いする偏重農政からの脱却が求められる。米だけを守り続けるのではなく、野菜や果物、畜産物と同じように消費者の需要に応じて評価される市場に委ねるべきである。これにより、米農家も含めて新たな商品開発やブランド化に挑戦するインセンティブが強まり、意欲ある中小農家にとっては差別化や高付加価値化を進める絶好の機会となる。

 米価高騰という危機は、国民生活を圧迫する一方で、農業を立て直す好機でもある。短期的な延命策に頼るのではなく、長期的に自立した農業へと舵を切るべき時だ。市場で成果を上げた農家こそが持続的に生き残り、地域の食料供給を支える力となる。とりわけ、意欲的に挑戦する中小農家にとって、競争は不安ではなく、成長と飛躍のチャンスである。

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