投資にかけたその時間、無駄じゃないですか?億越え投資家がたどり着いた「手間をかけない投資」の魅力

20年超のインデックス投資歴を有する水瀬ケンイチ氏は、インデックス投資こそが「投資に時間も労力もかけず、仕事や趣味、家族との時間を大切にしながら資産形成ができる合理的な手法」だと説く。なぜインデックス投資が成果を生み出すのかについて、水瀬氏が解説する。全3回中の3回目。
※本著は『彼はそれを「賢者の投資術」と言った 水瀬ケンイチのインデックス投資25年間の道のり全公開』(Gakken)から抜粋、再構成したものです。
第1回:「これこそ私の求めていた投資法だ」山崎元氏がもっと信頼した個人投資家が、インデックス投資にたどりついた理由
第2回:長期的なリターンを逃すのは“売買のタイミングを測る”から……億越え投資家「最後はインデックス投資に帰ってくることになる」
目次
成績がいいのは「投資に時間を使わない投資家」
投資に費やす時間と投資成績の関係については、意外な研究結果がある。モーニングスター社のマイケル・ポンペイアン氏による『Behavioral Finance and Wealth Management』(第2版、2012年)では、投資に費やす時間が多い個人投資家ほど、運用成績が低い傾向があることが示されている。具体的には、週に10時間以上投資関連の活動(情報収集、分析、売買など)を行う投資家の平均リターンは、月に1、2時間程度しか費やさない投資家よりも約1.5%低いことが示されている。
私の場合、個別株のチャート分析やファンダメンタル分析にのめり込みすぎて、生活が破綻しかけていたのだが、インデックス投資に切り替えたときは、拍子抜けするくらいやることがほとんどなかった。世界がぱあっと彩りをとりもどしたように感じ、止まっていた時間が動き出したような感覚があった。平日も土日祝祭日も常に心にあった黒い霧が晴れ、心が楽になった。
投資に費やす時間が減ったことで、家族との時間、趣味の時間、健康のための時間が増えた。20代後半でチャート分析やファンダメンタル分析に夢中になっていたころには休日もほとんど投資の勉強に時間を費やしていたが、インデックス投資に切り替えてからは、週末に家族と旅行に出かけたりするだけでなく、国内だけでなく、カナダのウィスラーでスノーボードを楽しんだり、北海道でカラフトマスやサケ釣りを楽しんだり、推しのサッカーチームを追いかけてスタジアムがある全国様々な県を訪れたり、趣味もよりアクティブになった。
遠く離れた場所にいる会いたかった人にも会いに行けるようになってきた。最近では野鳥観察という新しい趣味も始めることができた。長い時間野鳥が現れるのを待つことも多いのだが、東京都内にもかかわらず、瑠璃色に背中と翼が輝くカワセミを発見したときの感動は新鮮だった。聞くところによると、海外のカワセミはまた違った色をしているらしい。ぜひ探しに行きたいものである。まさに人生の質が変わったと実感している。
私にとって、最も優れた投資戦略とは、最も手間がかからない投資戦略だったのだ。価値観は人によって異なることは承知しているが、投資をやっていない人が大半であるという現実を考えると、投資が趣味でも仕事でもない人が世の中にはたくさんいると考えられる。手間がかからないことの価値は、一般的にも相応に高いといえるではないだろうか。
その努力に見合った成果は出ていますか?
現代の日本社会では、「忙しい」ことが美徳とされがちだ。「毎日遅くまで働いている」「週末も勉強している」「常に何かしていないと落ち着かない」といった状態を、まるで勲章のように語る人がいる。投資の世界でも同様で、「毎日チャートをチェックしている」「企業の決算書を読み込んでいる」「常に市場動向を追っている」ことを自慢げに話す投資家に出会うことがある。
しかし、これは本当に価値のある行動なのだろうか。
テレビ番組で、あるデイトレーダーが「朝5時に起きて米国市場の動向をチェックし、日中は日本市場を監視し、夜はまた米国市場を見ている。睡眠時間は4時間程度だ」と誇らしげに語っているのを見たことがある。確かに努力は素晴らしいが、その努力に見合った成果は得られているのだろうか。そして、その生活は本当に幸せなのだろうか。
ハーバード・ビジネス・スクールのマリッサ・シャリフ教授らによる「Busyness and Consumption」(Journal of Consumer Research, 2017年)によると、「忙しさ」を自慢する人は、実際には生産性が低く、重要でない作業に時間を費やしている傾向があるという。投資においても同様で、頻繁な情報収集や売買は、実際には投資成果を悪化させることが多いのだ。
これは、まるで庭師が一日中花に水をやり続けるようなものだ。適度な水やりは植物の成長に必要だが、やりすぎると根腐れを起こして枯れてしまう。投資も同じで、適度な関心は必要だが、過度な世話は逆効果になることが多い。
手間のかけない投資がよい成績を生むこれだけの理由
なぜ手間をかけない投資のほうがよい成果を生むのか。これには複数の科学的な理由がある。
・過信バイアスの回避
行動経済学の研究によると、人間は自分の能力を過大評価する「過信バイアス」を持っている。投資において、多くの人は「自分は市場の動きを予測できる」「他の投資家よりも優秀だ」と考えがちだ。しかし、実際には市場を正確に予測することは非常に困難で、プロの投資家でさえ一貫して市場を上回ることは稀である。
これは、天気予報にたとえるとわかりやすい。気象予報士は高度な技術と膨大なデータを使って天気を予測するが、それでも数日先の天気を正確に当てることは困難だ。ましてや、一般の人が空を見上げただけで来週の天気を正確に予測することは不可能に近い。投資における市場予測も同様で、手間をかけない投資は、この過信バイアスを回避できる優れた戦略なのだ。
・情報過多による判断力の低下
現代は情報社会と言われるが、情報が多すぎることで逆に判断力が低下するという現象がある。コロンビア大のシーナ・アイエンガー教授による「ジャムの法則」によれば、24種類のジャムを試食できる売り場よりも、6種類のジャムを試食できる売り場のほうが、実際の購入率が高いことが示された。選択肢が多すぎると、人は決断を先延ばしにしたり、決断しても後悔しやすくなったりするのだ。
投資においても、経済ニュース、企業の決算情報、アナリストレポート、SNSの投資情報など、膨大な情報に触れることで、かえって正しい判断ができなくなることがある。「今日はA社の決算が良かったから買おうか、でもB社の業績予想が下方修正されたから様子見か、いやCアナリストは強気の予想を出しているし……」といった具合に、情報を集めすぎることで「分析麻痺」に陥り、適切なタイミングで行動できなくなる投資家が多い。
・取引コストの積み重ね
頻繁な売買は、目に見えない形で投資成果を蝕んでいく。売買手数料、スプレッド(売値と買値の差)、税金などの取引コストは、一回一回は小さく見えても、年間を通じて積み重なると大きな金額になる。
たとえば、100万円の投資で年間20回売買を行い、1回あたり0.3%の取引コストがかかる場合、年間で6%(6万円)のコストが発生する。これは、年間リターンが6%だった場合、実質的にはゼロリターンになることを意味する。まるで、穴の開いたバケツで水を運ぼうとするようなものだ。いくら上から水を注いでも、下から漏れていては効率が悪い。
モーニングスター社の研究では、年間売買回転率(保有資産に対する売買金額の比率)が高いファンドほど、長期的なパフォーマンスが低い傾向があることが示されている。個人投資家においても、この傾向は顕著に現れる。
・時間の「機会費用」という重要な概念
経済学には「機会費用」という概念がある。これは、ある選択をすることで諦めなければならない別の選択の価値のことだ。投資に時間を費やすということは、その時間を他のことに使う機会を諦めることでもある。
たとえば、週末の4時間を投資の勉強に使うとしよう。この4時間で本当に投資成果が向上するのであれば意味があるが、モーニングスターの調査が示すように、多くの場合は逆効果になる。それならば、その時間を家族と過ごしたり、運動をしたり、新しいスキルを学んだりするほうが人生にとってはるかに価値があるかもしれない。