急激な変動に備えよ!トランプがぶっ放す「第2の通貨戦争」ドル高修正と為替協調の行方

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 為替の調整は一国だけで完結するものではなく、必ず他国との駆け引きと利害の衝突を伴う。1985年のプラザ合意から40年を迎えたいま、再び「国際協調」の名の下で為替政策が注目を集めている。歴史が教えるのは、人為的な通貨調整が短期的には効力を持っても、長期的には新たな不均衡を生みかねないという厳しい現実だ。日経新聞の編集委員である小平龍四郎氏が、その教訓と現代への警鐘を語るーー。

目次

プラザ合意とは何だったのか――40年目に問う「協調」の真実

2025年9月、プラザ合意(Plaza Accord)からちょうど40年を迎える。1985年9月22日、ニューヨークのプラザホテルに先進5カ国(G5)の財務相と中央銀行総裁が集い、為替市場への協調介入を通じてドルの秩序ある減価を目指すことが合意された。これが「プラザ合意」である。

その狙いは、ドル高の行き過ぎによって生じた世界経済の不均衡を是正し、ドルの暴落を未然に防ぐことにあった。しかしその実態は、米国の経済政策の副作用――すなわち財政赤字と高金利がもたらした過剰なドル高の後始末を、他国に委ねる「協調」の名を借りた一方的な通貨調整であった。

1970年代以降、米国経済は高インフレに悩まされていた。これを鎮圧すべく、1979年に就任したポール・ボルカーFRB議長は、急激な利上げを断行。続くレーガン政権も、高金利を容認する一方で、旧ソ連への対抗を背景に大規模な軍事費増額と所得税減税を実施。これが財政赤字と経常赤字、いわゆる”双子の赤字”の拡大を招いた。

ドル高は高金利と需要拡大の副産物だった

ドル高は高金利政策の産物であると同時に、米国の需要拡大がもたらした貿易赤字の結果でもあった。通貨の過剰評価は、いずれ信認を失い暴落につながる危険を孕む。プラザ合意はそのリスク回避の瀬戸際で成立した政治的妥協ともいえた。

ドルの信認が揺らぎかける中、米国は主要貿易相手国に協調介入を求める結果として、日本はドル売り・円買い介入を通じ、円高圧力を一手に引き受ける形となった。1985年当時、1ドル=240円台だったドル円相場は、わずか2年で120円台まで上昇。円の価値は実質的に2倍となった。

輸出産業への打撃は深刻で、日本政府と日本銀行は内需主導の成長に舵を切る。金融緩和と財政出動が加速し、1980年代後半のバブル経済を招く。したたかな株式市場の関係者は円高の経済的なダメージよりも、企業の円高対応の試みをリストラクチャリング(事業再構築)のストーリーに仕立て、株式を買い上げる材料とした。

為替の国際協調が再び話題に上りつつある

円高による輸入原材料価格の低下に着目した「円高メリット」や、港湾の遊休施設の再開発に期待をつないだ「ウオーターフロント」といった言葉が市場に乱れ飛んだ。過剰流動性が地価を押し上げたため、重厚長大企業の不動産には含み益が生じた。それを加味した新しい投資尺度として「qレシオ」が考案され、株価収益率(PER)や株価純資産倍率(PBR)では説明できないほど高くなった日本の株価水準を正当化していった。

この時代に日本証券経済研究所から出された「日本の株価水準研究グループ報告書」はqレシオに理論的な正当性を与えた。中曽根康弘首相の指摘諮問機関「国際協調のための経済好調調整研究会」が「前川リポート」を発表し、内需拡大による新しい日本経済像を示したのと共鳴するかのように、円高→株高の構図が固まっていった。

40年を経た現在、為替の国際協調が再び話題に上りつつある。トランプ政権は、貿易赤字の解消を掲げて再選を目指しており、その中で”ドル高修正”の必要性を強調する。

「第2のプラザ合意」あるいは「マールアラーゴ合意」の構想を示唆

昨年、CEA(大統領経済諮問委員会)委員長ミラン氏は、関税強化に加えて、多国間による為替協調を通じたドル高是正の可能性に言及し、「第2のプラザ合意」あるいは「マールアラーゴ合意」の構想を示唆。ベッセント財務長官もこの方向性を支持しているという。

また、トランプ政権はFRBへの政治的圧力を強めており、利下げを促すことでドル安政策を推し進めようとしている兆しも見られる。実際、米連邦準備理事会(FRB)は9月の公開市場委員会(FOMC)で9カ月ぶりの利下げを決めた。

通貨覇権の維持手段として注目されているのが、ステーブルコインだ。2025年7月には、ジーニアス法(GENIUS法)が成立し、ドル建てステーブルコインの規制整備が進められた。

野村総合研究所のエグゼクティブ・エコノミスト、木内登英氏は、「プラザ合意40年」に関連して、ステーブルコインに注目している。9月半ばのリポート『プラザ合意から40年:繰り返される米国のドル安誘導』では、以下のような主旨の論を展開した。

急激な通貨変動にどう備えるか…プラザ合意の教訓

トランプ政権は、この新たなデジタル通貨基盤を通じて、グローバルなドルの決済支配を確保しようとしている。トランプ政権は、将来のドル建てステーブルコインの李湯緒拡大がドルの信認を支えると主張して、ドルの信認低下リスクを抑える一方、FRBの利下げによるドル安政策に着手する――。

いま求められるのは、急激な通貨変動を警戒するとともに、過剰流動性がバブルを膨らませていないかどうかの目配り、そして、通貨を巡る米国の新秩序構築の戦略を読むことだ。

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この記事の著者
小平龍四郎

1964年生まれ。静岡県出身。早稲田大学第一文学部卒業。日本経済新聞入社後は主に金融・証券畑を歩き、「山一証券破綻」「村上ファンド登場」などの特報にかかわる。欧州総局(ロンドン)やアジア総局(バンコク)を経験し、現在は日経新聞の編集委員。専門は証券市場、ESG/SDGs、企業統治。著書は「グローバルコーポレートガバナンス」「アジア資本主義」「ESGはやわかり」。 Twitter:@Kodaira_Nikkei

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