タワマン住民と都営住宅、分断された東京のリアル…「島びらき」が隠蔽した芝浦アイランドの光と影

「住みたい街」と評される人気のエリアにも、掘り起こしてみれば暗い歴史が転がっているものだ。そんな、言わなくてもいいことをあえて言ってみるという性格の悪い連載「住みたい街の真実」。
書き手を務めるのは『これでいいのか地域批評シリーズ』(マイクロマガジン社)で人気を博すルポライターの昼間たかし氏。第6回は「成功者」と「労働者」のコミュニティが橋と壁で分断された「芝浦アイランド」を歩く。
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『獄門島』が東京の湾岸にあった
ヤバイ島といえば、思い浮かぶのは横溝正史の『獄門島』だろう。瀬戸内海に浮かぶ孤島で繰り広げられる陰惨な連続殺人。その背後にあるのは閉鎖的なコミュニティ、よそ者への排他性、そして逃げ場のない恐怖であった。

僅かな橋だけで本土と繋がる離島。それが芝浦アイランドの真実である(筆者撮影)
そして現代、獄門島までとはいかずとも、都心にはヤバさを感じる島々がある。再開発によって生まれた湾岸の島々のタワマンエリア。そこは、自分たちを社会的には成功しているとみなす人々が、同一の階層で集まるエリアだ。獄門島のアイドル・三姉妹はおらずとも、そこには世間から外れた常識が渦巻いている。
そんな島の代表格が芝浦アイランド。そこはJR田町駅から約徒歩10分。周囲をオフィスビルや倉庫、モノレールの橋脚に囲まれた、空のない島である。
そして橋を渡った瞬間、世界が変わる。突如として現れるのは、整然と並んだタワーマンション群だ。ケープタワー、ブルームタワー、エアタワー、グローヴタワー。その足元には、人工的に整備された遊歩道。緑地はわずかしかない。
なにかと話題になる晴海フラッグは、空が開けて広大な公園という利点があるが、ここにはそういう「遊び」の要素はなにもない。

メインであるなぎさ通り側を完全に隔てるのは東京都下水道局のポンプ場。時々敷地からと思われる強烈な臭いが生じることがあるという話も(筆者撮影)
もともとこの土地は、都電の車両工場や下水道局のポンプ場。そして、湾岸の労働者を収容するための都営住宅がある工業地帯の一角であった。それが、再開発の結果として生まれたのが、この街である。それは、いわばかつての工業地帯の記憶を消し去り、ここを「(自称)成功者の居住地」という新たな物語を生み出すものであった。
行政が演出した美しき欺瞞「島びらき」
そしてこれは、行政とデベロッパーが協働した壮大な物語なのだ。その証拠に、港区の広報を見れば一目瞭然である。平成19年3月号には「平成19年3月24日(土)に島びらきを迎える芝浦アイランド」と記載されている。
「島びらき」とは、なんとも麗しい言葉ではないか。
まるで、処女地に初めて人が足を踏み入れるかのような表現だ。しかし実際には、ここには長年、都営住宅があり、労働者たちが暮らしていた。彼らの生活の痕跡を完全に消去し、「新しい島が誕生しました」と宣言しているのだ。

僅かな敷地の公園に人々が集う(筆者撮影)
再開発の歴史修正主義は、頻繁に建設される建物やエリアに雅語や美辞麗句を用いて、それまでの歴史をなかったかのように扱うものだ。その一つの極みが、この「島びらき」である。
工場跡地に建つマンションは「ガーデン」を名乗り、倉庫街は「ベイサイド」となり、労働者の街は「アイランド」へと生まれ変わる。言葉の魔術によって、汗臭い過去は洗い流され、洗練された未来だけが残される。しかし、どれだけ美しい言葉で飾り立てても、ここが人工の島であるという事実は変わらない。いや、人工的であるからこそ、その不自然さは際立つのだ。

どこを見ても見上げると視界をタワマンが覆う。ここには本当に空がないのだ(筆者撮影)
同じ島で自治会が分断された階層社会の現実
そんな意識の極みが、芝浦アイランド自治会である。