誰が対象?高市総理のこだわり「給付付き税額控除」で“最大16万円給付”は本当なのか…主なメリット2つ

(c) AdobeStock

 高市早苗総理大臣が誕生し「給付」か「減税」か、の議論に終止符を打つかもしれない。政府が検討しているのは、「給付付き税額控除」という制度で、いわば給付して減税するシステムだ。政治に詳しいコラムニストの村上ゆかり氏が解説するーー。

 高市首相の解説本を発売しました!

目次

立憲案、世帯あたり最大16万円

 給付付き税額控除とは、税金を減らすだけでなく、税金を払う力が弱い人にも現金で支援が届く仕組みのことだ。所得が低く税金をあまり納めていない人は控除の恩恵が少ないため、税金で減らせなかった分を給付として受け取れるようにする考え方である。

 立憲民主党のプロジェクトチームが2025年春にまとめた原案では、1人あたり4万円の給付を基準とし、夫婦と子ども2人の世帯では合計16万円が上限となり、年収670万円未満は満額を受け取り、670万円から1232万円までは所得に応じて減っていき、1232万円を超えると給付はゼロになる。給付は公金受取口座に自動的に振り込む想定である。報道によると、必要な財源は約3.6兆円とされると報道されている(テレビ朝日)。

 自民党は、制度の方向性として給付付き税額控除を検討対象に含めている。政党ごとの温度差はあるものの、自民党や立憲民主党以外の主要政党も「支援の即効性と持続性」を重視し始めており、立憲案はその先陣を切る形になっている。

給付付き税額控除、主な2つのメリット

 給付付き税額控除のメリットは主に2つある。1つめは低中所得層の家計を直接支える点であり、食料品や光熱費など生活必需品の価格上昇分を埋める効果がある。2つめは所得の逆進性を緩和できる点で、消費税のように誰でも同じ税率で負担する仕組みは、所得が少ない人ほど負担感が重く、給付付き税額控除はその痛みを返す仕組みになる。行政インフラ面は確定申告、源泉徴収、マイナンバー制度などが整っており、技術的には不可能ではないかもしれない。

 しかし現実的な障害は、制度信頼を損なうリスクにあるだろう。まず、正確な所得の把握には限界がある。所得情報は即時に反映されないことが多く、申告漏れも少なくない。特に個人事業主やフリーランスでは、最新の所得をリアルタイムで把握することは難しい。所得をもとに給付額を判定する制度では、わずかな誤差が不公平感を生む。

所得の多い資産保有層も対象になるのか

 制度の信頼性は、所得の正確な捕捉に大きく依存することから、誤った判定が続けば、支援を受ける側に不満が広がる可能性がある。また、制度準備に時間がかかるとの指摘もある。

 所得が少ないという条件だけで支援対象にすべきでないとの指摘も見過ごせない。日本において「所得が少ないにもかかわらず、貯蓄や不動産など資産を多く持っている世帯」が一定数存在することは、公的な統計からも推察できる。例えば、総務省「家計調査(貯蓄・負債編)2024年」によると、二人以上世帯の貯蓄中央値は約1189万円であり、半数の世帯がこれ以上の金融資産を保有している。厚生労働省「国民生活基礎調査2023年」では、世帯所得300万円未満が全体の約3割を占める。さらに金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査2024年」では、金融資産1000万円以上の世帯が約3割に上る。これらの統計を重ねると、所得が低くても貯蓄を多く持つ世帯が一定割合存在することがうかがえる。とくに高齢の持ち家世帯にその傾向が強く、年金収入が主なため所得は低いが、退職金や長年の貯蓄、資産を保有している。所得だけで支給額を決めてしまうと、所得の低い資産保有層が給付対象に含まれることになる。

アメリカだと不正支払いは年180億ドル規模

 所得を基準にした制度設計は、資産の偏りが大きい高齢化社会では公平性を損なう危険をはらむ。OECD(2022)は、税・給付制度の複雑さが制度信頼と公平性を損なうと指摘しており、資産を考慮しない単一基準設計も同様の課題を抱える。資産を持つ高齢層が多い日本では、所得だけに基づく給付は偏りやすい。

 誤給付や不正、過誤の危険も無視できない。米国のEITC(勤労税額控除)では、米EITCの不適正支払いは年により約180億ドル規模と推計される年がある(GAO 2020)。英国のUniversal Credit(ユニバーサル・クレジット:イギリスで2013年から段階的に導入された 就労支援型の給付制度)は、給付総額の1割前後が過剰・誤支給とされており、制度の信頼性を損なう要因となっている(NAO 2025)。

 さらに、制度が複雑なほど不正も生じやすくなるのだ。

勤労意欲の歪みも大きな問題

 例えば、同居していない子どもを扶養として申告したり、収入を複数に分割して見せたりするケースがある。監査を強化すれば一定の効果はあるが、監査に係る人手と費用が増える。

 勤労意欲の歪みも大きな問題である。給付が減るラインを超えると、働いても手取りが減る状況が起きる。米国EITCの研究(Hotz & Scholz 2003年)では、給付が逓減する領域で労働時間を減らす行動が確認されている。所得が増えるほど給付が減る仕組みは、働く意欲を削ぎ、真面目に働けば働くほど損をするという構造につながる恐れがあり、日本経済の成長の妨げという大きなリスクにつながる。

 今の日本国民には負担が増えて生活が苦しいという切実な思いがある。高い社会保険料、税負担等で手取りが減り、家計を圧迫し続けている。このままでは将来の見通しが立たず、年金や医療の負担がさらに重くなることを心配している。

 この状況下で、政府はこれまで一律●万円のバラマキ等の一時的な給付や補助金に偏った短期的な支援策を続けており、生活を根本から安定させる仕組みになっていないという批判が広まった。一時的な支援策では、今の制度が本当に生活の助けになっているという実感がわかず、いつか支援が減るのではないかという不安も抱えることになる。

つまり、簡素こそ公正なのだ

 制度が複雑で仕組みが分かりにくいほど、この不安は大きくなる。根本的に税制の仕組みを見直して支援を行う―――つまり、減税を行うことで、より公正で持続的な支援ができるのではないか。給付付き税額控除の検討が始まった理由はこの流れからである。

 給付付き税額控除は、その場の生活を支える効果は明確である。しかし、将来への不安を減らすには、制度そのものがわかりやすく、信頼されるものでなければならない。仕組みそのものが複雑であればあるほど、仕組みを理解できる人とできない人の間に差が広がり、理解できない人は支援を受けにくくなる。その結果、誤給付や不正が増え、制度への信頼が失われる。つまり、複雑な制度は実務上、不公平を生みやすい。誰にでも理解できる制度は、その差を埋める唯一の手段―――つまり、簡素こそ公正なのだ。

 給付付き税額控除の議論では、財源の確保が最大の焦点となっており、報道では「税制の見直し」や「金融所得課税の改革」が財源の候補として挙げられている。財源を明らかにする姿勢は健全であるかのように見えるが、減税や給付のために増税を行う構造は、政策として矛盾を抱えると指摘せざるを得ない。

国民の真意は、給付がなくても暮らせる社会

 給付付き税額控除の目的は、税負担を減らし家計の可処分所得を増やすことである。可処分所得が増えれば消費が伸び、経済が回るという理屈である。にもかかわらず、原資を別の税で賄えば、家計や企業の支出余力は当然減ることになる。金融所得課税の強化は投資の意欲を弱め、所得控除の縮減は中間層の手取りを減らす。消費税を上げれば物価高と相殺され、家計の購買力は戻らない。IMF「World Economic Outlook」(2024)でも、一般的な分析として同規模の増税が伴えば減税のマクロ効果は限定的になると分析している。政策全体としては景気刺激どころか、経済を均衡に戻すだけに終わる可能性が高い。

 さらに、財源を増税に求める構造は、制度の公平性を損ねる危険を伴う。増税によって国民全体から広く徴収し、その一部を給付で配り直す形は、再分配ではなく再循環である。税を取り、配り直す過程で行政コストがかかり、制度はさらに複雑化する。

 政策の議論はしばしば、支援の「仕組み」そのものが目的になってしまうことがある。どの制度を採用するか、どんな給付方法にするかという議論が先に立ち、なぜ支援が必要なのかという原点を見失う。

 減税を望み始めた国民の真意は、給付がなくても暮らしていける社会ではないか。頑張って真面目に働けば働くだけ生活が良くなるという当たり前の実感を取り戻したい。経済が強くなり、給料が増え、税金や社会保険料を払っても余裕がある暮らしを続けられるようになりたい。短期の支援よりも、長く安心して働ける環境を重視する意識が国民に広がっているのではないか。

 減税のために増税するという構図は、まさに目的と手段の逆転である。制度の本来の役割は、支援を通じて経済を回し、国民の生活を豊かにすることにあるのではないか。給付付き税額控除の財源を増税で補うなら、経済成長して国民の生活を安定させてほしいという民意には到底応えられないだろう。制度を設計する前に、何のために支援するのかという原点にまず立ち返るべきである。支援を届けるという手段と、成長を実現するという目的を決して取り違えず、現実を踏まえた建設的な議論が進むことを筆者は強く期待したい。

    この記事はいかがでしたか?
    感想を一言!

政治・経済カテゴリーの最新記事

その他金融商品・関連サイト

ご注意

【ご注意】『みんかぶ』における「買い」「売り」の情報はあくまでも投稿者の個人的見解によるものであり、情報の真偽、株式の評価に関する正確性・信頼性等については一切保証されておりません。 また、東京証券取引所、名古屋証券取引所、China Investment Information Services、NASDAQ OMX、CME Group Inc.、東京商品取引所、堂島取引所、 S&P Global、S&P Dow Jones Indices、Hang Seng Indexes、bitFlyer 、NTTデータエービック、ICE Data Services等から情報の提供を受けています。 日経平均株価の著作権は日本経済新聞社に帰属します。 『みんかぶ』に掲載されている情報は、投資判断の参考として投資一般に関する情報提供を目的とするものであり、投資の勧誘を目的とするものではありません。 これらの情報には将来的な業績や出来事に関する予想が含まれていることがありますが、それらの記述はあくまで予想であり、その内容の正確性、信頼性等を保証するものではありません。 これらの情報に基づいて被ったいかなる損害についても、当社、投稿者及び情報提供者は一切の責任を負いません。 投資に関するすべての決定は、利用者ご自身の判断でなさるようにお願いいたします。 個別の投稿が金融商品取引法等に違反しているとご判断される場合には「証券取引等監視委員会への情報提供」から、同委員会へ情報の提供を行ってください。 また、『みんかぶ』において公開されている情報につきましては、営業に利用することはもちろん、第三者へ提供する目的で情報を転用、複製、販売、加工、再利用及び再配信することを固く禁じます。

みんなの売買予想、予想株価がわかる資産形成のための情報メディアです。株価・チャート・ニュース・株主優待・IPO情報等の企業情報に加えSNS機能も提供しています。『証券アナリストの予想』『株価診断』『個人投資家の売買予想』これらを総合的に算出した目標株価を掲載。SNS機能では『ブログ』や『掲示板』で個人投資家同士の意見交換や情報収集をしてみるのもオススメです!

関連リンク
(C) MINKABU THE INFONOID, Inc.