小泉純一郎、進次郎の総裁選敗北に「うん、まだ早い」…竹中平蔵、高市政権で保守分裂を危惧「本格的な移民政策を」

日本で初めて女性総理、高市早苗総理が誕生した。経済学者で日本維新の会のガバナンス委員会委員長である竹中平蔵氏は高市政権の船出を「グッドスタート」と評価する。また「日本も、厳格な管理のもとで優秀な外国人材を適切に受け入れる本格的な移民政策や、企業の国内投資意欲を喚起するための大胆な制度改革といった、成長に直結する改革にこそ踏み込むべき」とも主張する。どういうことか。竹中氏が解説していくーー。
高市首相の解説本を発売しました!
目次
私自身、維新から閣僚を送り込むものだと思っていた
日本初の女性総理として高市早苗総理が誕生しました。長年続いた自民党と公明党の連立に終止符が打たれ、日本維新の会と「閣外協力」という新たなパートナーシップを組む。まさに異例ずくめのスタートと言えるでしょう。この新しい政治の枠組みが、これからの日本をどこへ導いていくのでしょうか。
まず、今回の政権発足で最も注目されたのは、自民党と日本維新の会の連携です。公明党との関係が変化し、国民民主党の動きも不透明な中で、維新との協議は驚くほどのスピードでまとまりました。
私自身は当初、維新が看板政策として掲げる「副首都構想」を本気で実現するためには、維新から閣僚を送り込むのが最善の道だと考えていました。聞くところによれば、維新の吉村さんや藤田さんも閣僚ポストには前向きで、高市総理も「2人でも構わない」と受け入れる姿勢だったようです。
保守派の代表格の高市氏がリアリストに!?
しかし、最終的に彼らが選んだのは、閣僚を派遣しない「閣外協力」という形でした。この決断の背景には、維新の創設者である松井さんら、百戦錬磨のベテラン議員たちによる、極めて冷静で戦略的な判断があったと私は分析しています。
一つは、自民党という巨大な組織に安易に近づきすぎることで、党が丸ごと飲み込まれてしまうことへの強い警戒心です。そしてもう一つは、まずは少し距離を置き、高市政権の政権運営能力、その力量をじっくりと見極めたいという思惑があったのでしょう。
ここで私が思い出すのは、今は亡き安倍晋三元総理が常々口にしていた「保守ほど分裂する」という言葉です。高市さんは紛れもなく保守派の代表格ですが、ひとたび総理の座に就けば、現実主義者(リアリスト)として振る舞わなければならない場面が必ず出てきます。例えば、イデオロギー的には相容れない中国の習近平国家主席とも、国益のためには握手をする必要があります。
保守層が分裂していく可能性
すでにその兆候は見られます。これまで声高に主張してきた「積極財政」という言葉は、いつの間にか「責任ある積極財政」という、より抑制的な表現に変わっています。こうした現実路線への転換が進むにつれて、当初の熱心な支持層の中から「話が違うじゃないか」という不満が噴出し、結果として保守層が分裂していく可能性は十分に考えられます。
そうなれば、政権基盤は揺らぎます。求心力を維持するために、高市総理が比較的早いタイミングで解散総選挙というカードを切る可能性は高まるでしょう。そもそも自民党総裁としての任期が2年しかない高市総理にとって、選挙に勝利して国民からの信任を得ることは、長期政権への道を拓くための最も有効なシナリオです。これはかつて、安倍元総理が鮮やかに成功させた手法でもあります。
維新は、そうした早期解散のシナリオまで織り込み済みのはずです。閣外協力という絶妙な距離感を保つことで、来るべき総選挙において、自民党の支持率が高ければ選挙区調整で実利を取り、もし支持率が低迷していれば真っ向から戦って議席を奪いにいく、という二つの選択肢を手にすることができる。極めてしたたかで、柔軟な戦略的判断だと私は見ています。
「議員定数削減」すぐに実現するとは考えにくいの
また、維新が連立の条件として強くこだわった「議員定数削減」についても、現実を冷静に見る必要があります。比例代表の定数を削減するような改革は、民主主義の根幹に関わる問題であり、「拙速だ」という批判を免れません。今回の合意は、あくまで「共同で議員立法を国会に提出する」という約束であり、その先には選挙制度全体の抜本的な見直しという巨大なハードルが待ち構えています。ですから、これがすぐに実現するとは考えにくいのが実情です。
一方で、私自身は船出したばかりの高市政権の運営手腕を、現時点では非常に高く評価しています。特に、私を驚かせた「二つのサプライズ」がありました。
一つ目のサプライズは、その「巧みな閣僚人事」です。
何よりもまず、日本で女性が総理になったという事実そのものが、この国も変われるのだという強力なメッセージを内外に発信しており、素晴らしいことだと思います。その上で、組閣の内容が実に見事です。党の役員人事は麻生太郎副総裁の影響力が色濃く出ましたが、蓋を開けてみれば、内閣における麻生派からの入閣は一人だけ。党と官邸で絶妙なバランスを取っています。
玄人好み!各大臣に出された指示の「周到さ」
外交面では、USTR(アメリカ通商代表部)との太いパイプを持つ茂木敏充さんを外務大臣に、そして将来のリーダー候補として国際的な経験を積ませるべく、突破力のある小泉進次郎さんを防衛大臣に起用しました。経済政策の要である財務大臣には、旧大蔵省で主計官まで務め、財政を知り尽くした片山さつきさんを据えました。彼女は財政に詳しいだけでなく、金融にも精通しています。単に財政規模を膨らませるのではなく、中身の伴った予算の組み替えをしっかりとやってくれるでしょう。経済産業大臣の赤澤亮正さんや、経済再生担当大臣の城内実さんも含め、能力の高い人材を的確に配置した、非常に賢い布陣だと感じます。
さらに、初入閣が10名にのぼり、当選2回の若手である小野田紀美さんを経済安全保障大臣に抜擢するなど、新陳代謝を促すフレッシュさも打ち出している。この人事采配には、正直に言って感心しました。
二つ目のサプライズは、各大臣に出された指示の「周到さ」です。
経済対策はもとより、各省の大臣に対して、非常に具体的で細かい指示が出されています。これは我々が政権を担っていた時代にもありましたが、ここまで多岐にわたり、詳細な指示が出されたのは記憶にありません。これは、政権発足までに相当入念な準備を重ねてきたことの証左です。もしくはそういう人たちが総理の周りにいるということです。その仕事ぶりは、とても「アマチュア内閣」などとは呼べない、まるで「ベテラン内閣の味」がするのです。
高市政権を支える今井尚哉氏といった経験豊富なブレーン
この周到な準備の裏には、安倍政権で首相秘書官を務めた今井尚哉さんといった、経験豊富なブレーンの存在も囁かれています。官邸には経済産業省出身の政務秘書官を配置する一方で、党の執行部には麻生副総裁や小林鷹之政調会長、そして片山財務大臣といった財務省出身者がずらりと並ぶ。霞が関の二大官庁である財務省と経産省の力学を、党と官邸という大きな枠組みの中で巧みにバランスさせている。
総じて、高市政権は「グッドスタートの基盤が見える」と言うことができるでしょう。もちろん、順風満帆な船出の中にもリスクはあります。高市総理ご本人や、片山大臣、小野田大臣といった注目される方々に、今後何らかの批判が生じる可能性を懸念する声があることも、付け加えておかなければなりません。
高市政権がこれから直面する具体的な政策課題
では、高市政権がこれから直面する具体的な政策課題について、私の考えを述べたいと思います。
外交面で当面の大きなチャンスであり、同時に試金石となるのが、アメリカのトランプ前大統領との会談です。彼と早期に会談の機会を持ち、良好な個人的関係を築けるかどうかは、今後の日米関係にとって極めて重要です。その際には、ロシアからのエネルギー輸入を続けるサハリン・プロジェクトの問題など、厳しい要求を突きつけられることも覚悟しなければなりません。トランプ氏の機嫌を損ねることなく、いかにして日本の国益を守り抜くか。その外交手腕が厳しく問われることになるでしょう。
経済政策については、まさに課題が山積しています。歴史的な円安と、じわりと国民生活を圧迫するインフレが同時進行する中で、日本経済を再び確かな成長軌道に乗せることができるのか。
「減税と移民」を成長戦略の二本柱に
先ほども触れましたが、高市総理が「責任ある積極財政」へと方針を転換したことは、私は正しい判断だと考えています。需要が供給を上回っている今の経済状況で、むやみに財政出動をすれば、それは単に物価をさらに押し上げるだけに終わってしまいます。問題は、その先です。経済を本当に強くするための、本質的な成長戦略のビジョンが、残念ながらまだ見えてきていません。
私が考える処方箋は、やはり「生産性の向上」に資する構造改革です。例えば、オーストラリアは「減税と移民」を成長戦略の二本柱に据えています。日本も、厳格な管理のもとで優秀な外国人材を適切に受け入れる本格的な移民政策や、企業の国内投資意欲を喚起するための大胆な制度改革といった、成長に直結する改革にこそ踏み込むべきです。
維新が主張し、政権も検討を指示した「給付付き税額控除」は、その場しのぎの給付金とは一線を画し、制度として低所得者層を恒久的に支える仕組みであり、これは評価できる一歩です。
一方で、農業政策に目を向けると、お米券の配布といった施策は、明らかに早期解散をにらんだ現実的な選挙戦略だと見ています。これはインフレ対策としては逆行しますが、選挙における重要な支持基盤である農協を味方につけたいという強い意志の表れでしょう。政治とは、理想だけでは成り立ちません。時には100%の敵を作らないための、こうした現実的な判断も必要になるのです。
小泉純一郎、進次郎の敗戦に「うん、まだ早い」
最後に、今回の総裁選で高市総理に敗れた小泉進次郎さんについて、少しお話ししたいと思います。
今回の敗因は、陣営全体に漂っていた「おそらく勝てるだろう」という油断や緩みにあったと聞いています。選挙とは、最後の最後まで何が起こるかわからないものです。
先日、お父さんである小泉純一郎さんにお会いする機会がありました。私が「進次郎さん、残念でしたね」と声をかけると、彼は笑ってこう言いました。「うん、まだ早いよ」。純一郎さんが総理の座に就いたのは59歳の時です。まだ44歳の彼には、焦る必要など全くありません。時間は十分にあります。
その意味で、今回、彼が防衛大臣という重責を担うことになったのは、将来にとって非常に良い経験になるはずです。防衛大臣になれば、アジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアログ)のような重要な国際会議に出席し、各国の要人と直接渡り合う機会も増えます。そうした場で国際的な知見と人脈を広げることが、彼を政治家として一回りも二回りも大きく成長させるでしょう。
お父さんの純一郎さんも、3度目の挑戦で総理の座を掴みました。重要なのは、負け癖がつく前に、次のチャンスでは本気で勝ちにいくこと。そして何より、周りの声に惑わされることなく、最後は自らの強い意志で判断を下す、真のリーダーシップを身につけることです。
期待と課題を両手に抱え、高市政権という新しい船が大海原へと漕ぎ出しました。その航路は決して平坦ではないでしょう。しかし、その巧みな政権運営のスタートは、私たちに新しい日本の可能性を感じさせてくれるものでもあります。この船が日本の未来をどう切り拓いていくのか。私自身も、国民の一人として、注意深く見守っていきたいと考えています。