全てを諦めた人の土地「埼玉県」35年ローンで買った奥地のマンション価格は1/3に…教育“重課金”キッズは実家に戻らず“オレの人生は何なんだ” 連載タワマン文学TOKYO探訪「ふじみ野」

連載タワマン文学「TOKYO探訪」第23話の舞台はふじみ野だ。富士山が見えるというだけで富士山はないふじみ野だが、富士山が見えること以外何かあるのだろうか。窓際三等兵氏がベッドタウンでもあるふじみ野に住む、全てを諦めた地方出身者を描く。なぜか涙が止まらないーー。
埼玉県というすべてを諦めた土地が持つ包容力
「お疲れ様でした、帰るときはこの紙でゲートを出てください」。社員証とノートパソコンを受け取った総務部の女性社員が無表情で渡してきた白くて長っ細い厚紙には、ただQRコードが記載されていた。嘱託社員時代も含め、42年間を捧げた会社との別れは実にあっさりしたものだ。両手には花束もなければ、寄せ書きの色紙もない。これから家に帰る。埼玉県、ふじみ野。都会でも地方でもない、どっちつかずで中途半端なマイホームタウン。
今から30年前、子供の小学校入学を機に住居として選んだのは、池袋から東武東上線で30分もかかるような場所だった。地方出身で東京に地縁がなく、東急や小田急沿線の住宅街には手が届かないサラリーマンのために造成された新興ベッドタウン。
特段自然が豊かな訳でもなく、かといって都会に近いわけでもなく。富士山が見えるという唯一のアイデンティティを追求した結果、「富士見市」と「ふじみ野市」という別々の自治体が並ぶという冗談みたいなことが許されたのは、平成という万事おおらかな時代のせいか、埼玉県というすべてを諦めた土地の持つ包容力のなせるわざか。