なぜサピックスは選ばれ、最強であり続けるのか…その答えは「マウント欲求」にあった

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 文筆家の勝木健太氏は、「資本主義の未来は『マウント消費』が握っている」と指摘し、これからの企業が目指すべき使命は「マウント欲求を満たす体験の提供」だと語る。そんな勝木氏が、日本国内でマウント欲求を満たしている事例を紹介する。全3回中の3回目。

※本稿は勝木健太著「『マウント消費』の経済学」(小学館新書)から抜粋、再構成したものです。

第1回:令和の経済を動かすのは“承認欲求”!世の中はモノ消費→コト消費→マウント消費へ

第2回:令和のマウントは「さりげなさ」が9割!「Clubhouse」が失速した理由

目次

サピックスは親のマウント装置でもある

 日本でも「マウント欲求」に着目し、それを満たす「マウンティングエクスペリエンス(MX)」を軸に据えたビジネスを通じて大きな成果を上げる企業が増えてきている。欧米企業が展開する高度に洗練されたMX設計にはまだ及ばない部分はあるものの、独自の文化や価値観を巧みに取り入れることで、日本企業も着実に成果を積み重ねつつある状況だ。では、どのような企業がこのMXの設計に成功しているのだろうか。その具体的な事例を見ていこう。

 学習塾のサピックスは、学力向上という目的もさることながら、親たちの「マウント欲求」を巧妙に引き出す「マウント装置」としても機能している。一部の親たちは、子供のクラスや席順を自らの教育投資の成果とみなし、それを他者に誇示するための手段としてサピックスを活用する。この仕組みは、親同士の無意識の競争を煽る構造を内包しており、それは子供たちにもある種のプレッシャーとして波及する。

 親たちは「どれだけ自分が子の教育に力を注いでいるか」を可視化し、互いに比較し合う。そして、子供たちはその結果を体現する存在として期待を背負わされる。こうしてサピックスは、学力向上のプラットフォームであると同時に、親たちの承認欲求を満たす装置としての側面を持ち、ユニークな社会的役割を果たしているのだ。

 クラス分けシステムは、表面的には学力向上を目的とした合理的な制度に映る。しかし、その実態は、親たちが「自分の子が他の子供と比べてどの位置にいるのか」を把握しやすくする仕掛けとなっている。上位クラスに昇格すれば「努力が報われた」と満足し、下位クラスに落ちれば「もっと頑張らねば」と焦燥感を抱く。

 この仕組みが親たちの競争心を掻き立て、「我が子の成果」を武器としたマウント合戦を無意識のうちに助長しているのである。この相対評価システムは、結果的に子供たちを絶え間ない競い合いに巻き込む。親たちの比較意識を巧みに利用したこの仕組みこそ、サピックスが持つ特異な側面であり、それが独特の教育環境を形作っているのだ。

「教育が正しく進んでいる証」を示す席順

 特に顕著なのが、一部の校舎で導入されているとされる、テスト結果に基づいて席順を決定するシステムである。教室内では前方の席が高得点の証とされ、「前の席=成功」という暗黙のメッセージが子供たちに強く刷り込まれる。このシステムは、学力を可視化するだけでなく、子供たちや親たちの心理に深く影響を及ぼしている。

 前方の席に座る子供の親は、それを「教育が正しい方向に進んでいる証」として安心感を得る一方、後ろの席の子供は「次回こそは」と悔しさをバネに努力を続ける。この構造によって、子供たちは絶え間ない競争にさらされ、親たちの期待はさらに加速する。

 サピックスの本質的な強みは、この「可視化された競争」を通じて、親たちの教育投資に対する満足感を巧みに引き出している点にある。一部の教育熱心な家庭が求めるものは、知識の習得だけではなく、「自分の子が他の子供より優れている」という実感を他者に対して示すことで得られる自己満足である。テスト結果や席順といった明確な指標を通じて、この優越感を視覚的かつ即座に確認できる場を提供している。

 親たちは、子供の成果を目にすることで、自らの教育投資の成果を直感的に評価し、「正しい選択をした」という安心感を得る。こうした仕組みにより、サピックスは、教育成果を具体的に感じ取れる舞台として機能し、親たちの心理的欲求を的確に満たしているのである。

親も目標とする「塾内カースト」

 さらに、この学習塾に通わせること自体が、特定の家庭にとっては強力な「マウント材料」となる。「うちの子、サピックスに通っているんです」という一言が、親同士の会話の中で自然と優越感を漂わせる武器として機能する。この「サピックスブランド」を背負うことで、親たちは他者との差別化を図り、自らの教育熱心さを暗にアピールするのである。親たちはクラス替えやテスト結果に一喜一憂し、追加教材や特別講座への課金も厭わない。その根底には、「教育への投資が正当化されている」という確信がある。

 サピックスのシステムは、この確信を後押しする構造を持ち、親たちに「投資が実を結んでいる」という実感を提供する。子供の成績がその成果を証明するたび、親たちは「正しい選択をしている」という満足感を得る。この感覚がさらなる投資意欲を喚起し、絶え間ない競争を支える原動力となる。結果として、親たちの期待と欲求をさりげなく利用しながら、教育市場における独自の地位を確立しているのである。

 サピックスには、いわゆる「塾内カースト」と呼べる階層構造が存在し、クラス間での格差が明確に現れている。上級クラスに進むことは、親同士の会話において一目置かれる存在となるための証である。この位置を維持することが、子供だけでなく親にとっても一つの目標となる。さらに、どの校舎に通わせるかも重要なステータスとして機能している。

 特に人気の高い校舎への通学は、親にさらなる誇りや自信を与える要素となり得る。この「校舎ブランド」は、塾内カーストをさらに複雑化し、親たちの間で微妙な競争を引き起こす要因ともなっている。こうした仕組みも、親たちの承認欲求や競争心を取り込む独自のエコシステムとして機能しているのである。

サピックスでの緊張感は、日能研では見られない

 競合他社である日能研もまた、独自のカリキュラムや評価システムを通じて親と子供たちの競争心を煽っている。しかし、サピックス特有の「クラス分け」や「席順」を巡る競い合いが生み出す緊張感とプレッシャーは、日能研には見られない要素である。サピックスの一部の校舎では、テスト結果が直接的にクラスや座席に反映されるため、子供たちは日々の努力が可視化されるだけでなく、親たちにとっても結果が鮮明に示される。

 この構造が、親たちのライバル心を一層引き出し、日能研が持つ比較的緩やかな評価システムとの差別化を生んでいる。結果として、サピックスは学力向上という目的だけでなく、親と子供の双方に対して「結果を出し続けること」への強烈な動機づけを提供する仕組みを構築している。この緊張感が、日能研などの学習塾とは異なる独特のポジションに押し上げている要因と言えるのだ。

 このように、サピックスは学習塾として優れているのはもちろんのこと、一部の親たちの「マウント欲求」をさりげなく満たす場としてその地位を確立している。その影響力は、業界内で揺るぎない存在感を放っており、競争の舞台としての役割を果たし続ける限り、その魅力が衰えることはないだろう。

 サピックスのシステムは、親たちの熱意と期待を原動力としながら、その「見えない戦場」をさらに活性化させている。この戦場が提供するのは、子供たちの学力向上だけではなく、親たちが教育に注ぎ込む情熱と投資を正当化するための場である。サピックスは親たちの承認欲求を的確に捉え続ける限り、競争の規模と影響力を今後も拡大し続けるに違いない。

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この記事の著者
勝木健太

1986年生まれ。幼少期7年間をシンガポールで過ごす。京都大学工学部電気電子工学科を卒業後、新卒で三菱UFJ銀行に入行。4年間の勤務後、PwCコンサルティングおよび監査法人トーマツを経て、経営コンサルタントとして独立。約1年間にわたって国内大手消費財メーカー向けに新規事業・デジタルマーケティング関連プロジェクトに参画した後、2019年6月に株式会社And Technologiesを創業。2021年12月に株式会社みらいワークス(東証グロース:6563)に会社売却(M&A)し、執行役員・リード獲得DX事業部 部長に就任。2年間の任期満了後、退任。執筆協力実績として『未来市場 2019-2028』(日経BP社)『ブロックチェーン・レボリューション』(ダイヤモンド社)、企画・プロデュース実績として『人生が整うマウンティング大全』(技術評論社)がある。

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