日本人の格差は開いていない!“格差の実態”が見えていない本当の理由

裕福な人はますます裕福に、貧乏な人はますます貧乏に――。こうして「年々格差が広がっていっている」という“事実”に、疑いを持っていない日本人は多いだろう。しかしサイエンスライターの鈴木祐氏は、「実は日本人の格差は低い水準で安定している」という。格差の実態を考えるうえでの“真実”について、鈴木氏が解説する。全3回中の第3回。
※本稿は鈴木祐著「社会は、静かにあなたを「呪う」: 思考と感情を侵食する“見えない力”の正体」(小学館クリエイティブ)から抜粋、再構成したものです。
第1回:「私だけは他人の意見に流されない」と考える人ほど実は影響を受けやすい……学歴や収入が高い人ほど要注意?!
第2回:「日本は生産性が低い」と批判する人が見えていない、“生産性”の本質とは
目次
格差を実感する日本人は増えている
脱成長から派生した“呪い”には、「格差」にまつわるものも多い。典型的なのは、次のようなフレーズだ。
「格差がいまだかつてなく拡大している」
「日本では金持ちと貧乏人の差が広がっている」
「努力では報われない社会になった」
最近の日本は一部の富裕層だけが得をし、その他大勢が取り残される社会になってしまった。地に落ちた弱者は這い上がることも許されない、いくら努力したところで何も変わらない、という主張だ。
実際のところ、今の日本に格差の実感を持つ人は多い。ISSP(国際比較調査グループ)の調査によれば、「所得の格差は大きすぎると思うか?」という問いに「はい」と答えた人の割合は、1999年には64%だったのが、2019年には69%にまで上昇している。
さらに「自分は社会の中でどの階層にいると思うか?」との質問に対しては、「自分は中流だ」と答える人の数が減り、逆に自らを「下層」に位置づける人が増えた。ここ数年は「下流老人」や「勝ち組・負け組」といった言葉も一般化し、多くの人が日本の現状に不公平さを感じているのは確かだ。
また、この感覚にはデータの裏づけもある。厚労省の調査では、2021年の日本のジニ係数は0.57を記録しており、これは“過去最悪”と呼ばれた2014年と並ぶ水準だ。ジニ係数は格差のレベルを示すために使われる数字で、0に近いほどその国は平等で、1に近いほど不平等だと考えられる。アメリカのジニ係数は0.51で、ドイツは0.49ぐらいだから、先進国のなかでも日本の成績は悪い。
世代別に見ても、25~34歳の若年層は高齢者よりも収入の差が大きく、世代内の格差が根深いことがわかる。日本はまだ終身雇用や年功序列を前提とした構造が根強いため、初めての職が契約社員や派遣、パートタイムだった者は、そこから正規雇用に移るのが難しいからだ。
さらに切実なのは就職氷河期世代で、この年齢層は2000年代の不況期に正社員になれなかった者も多く、壮年期を迎えた今も貧困ラインぎりぎりで働いているケースが珍しくない。一説には、この世代で非正規社員から正社員を目指す者のうち、成功できたのは7%前後にとどまるというから事態は深刻だろう。いわば「競争への参加権すら得られなかった」世代であり、これらの点は間違いなく考慮すべきだ。
「手元に残るお金」の格差は開いていない
この事実をもとに、多くのメディアは「所得格差が過去最高水準に」や「日本はアメリカよりも不平等な国になった」などと報道。一部の識者からは、「(今の日本では)本当に高級車とか高級な腕時計とか、お金持ちの人はたくさん買っている。しかし貧しい人は今日のごはんをどうするんだろうというような感じにもなっている」といった声もあがった。これらの指摘を見れば、たしかに現代の不平等に絶望する者が増えて当然だ。
が、私たちの実感は、必ずしも現実と一致しない。日本の格差を、もう少し掘り下げてみよう。
まず、報道で騒がれたジニ係数は、再分配を行う前の数値であるところに注意されたい。「再分配前のジニ係数」とは、「最初の収入の差を比べたらどうなるか?」を見た数値のことで、たとえばAさんの給料が100万円で、Bさんが20万円だったときに、「80万円の格差がある」と判断するのに近い。
しかし、実際には、私たちが手にする稼ぎは、税金の支払いや年金の受給などによって大きく変わる。もしAさんが税金で50万円、Bさんが10万円ずつを払っていたとしたら、それぞれの手取りの差である“40万円”をもとに格差を判断しないと、実際の不平等はわからないはずだ。
この問題を考慮しつつ数値を確かめてみると、日本の再分配後のジニ係数は2021年の時点で“0.33”だった。これは、手厚い社会保障と累進課税で所得格差が小さいことで知られるドイツ(0.29)と比べるとやや高いが、所得格差が大きいアメリカ(約0.38)よりは低い水準だ。
つまり、日本は先進国の中では中程度の所得格差を持つ国といえるだろう。さらに過去のデータによれば、この数字は1990年代半ばから上昇を続けたものの、2005年の“0.39”ポイントでピークを迎え、その後は微増と微減を繰り返しながら今にいたっている。
つまり、手元に残る収入の量で比べる限り、日本の格差はここ20年で拡大も縮小もしていない。給与の格差が開いているのは事実だが、日本の再分配はそれなりにうまく働いていると言えるだろう。
日本の格差は「低い水準で安定」
そしてさらに言えば、そもそも日本はジニ係数が悪化しやすい事情がある。それは、高齢化だ。
ジニ係数が高齢化の影響を受けやすいことは、少し考えてみればわかる。65歳以上の高齢者は仕事を引退しているケースが多く、年金などの収入があったとしても、現役世代と比べて所得は少ない。そのため、高齢者が増えるほど「所得が低い人」の分布が広がり、結果として格差の数値を押し上げてしまう。ある研究によると、65歳以上人口の比率が10ポイント上昇するごとに、ジニ係数は約0.010~0.022ポイント上昇する。
当然ながら、高齢化のせいでジニ係数が上がっただけなら、貧富の差が本当に広がったとは言えない。たとえ所得がゼロでも、持ち家や預貯金などを使って安定した生活を送る高齢者は多く、統計上は低所得に分類された者が、実際に貧しい暮らしをしているとは限らない。
それでは、もし高齢化の影響を取り除いたら、日本の格差はどう変わるだろう。この問題はすでに厚労省も認識しており、人口の変化を考慮した“本当の格差”を試算している。これによると、日本のジニ係数は、2017年に0.37だったのが、2021年には0.35に下がっており、格差が広がるどころか実際は改善傾向にあることがわかった。政策研究大学院大学などが行った分析も似た結論で、高齢化の問題を加味したところ、1999年からのジニ係数はおおよそ0.33ポイントで推移し続けており、やはり格差が拡大している証拠はない。総じて見れば、ここ20年ほど日本の格差は低い水準で安定しているようだ。