イーロン・マスクは経営判断を誤ったことがあるのか?500超の特許を無料開放する意味【漫画】

雑紙『フォーブス』の2022年版長者番付で「世界一」の座に就き、ツイッター社の買収など大きな話題を提供しているイーロン・マスク。宇宙開発の「スペース X」、電子決済の「ペイパル」、初期インターネット時代の「ZIP2」を立ち上げ、さらには電気自動車の「テスラ」、全米トップシェアの太陽光エネルギーの「ソーラーシティ」などに出資し、大きく成長させた。彼の経営判断や原動力とはーー。(第3回/全3回)
※本記事は、桑原晃弥監修・著、ループスプロダクション株式会社著、ちゃぼ(漫画)『マンガでわかる イーロン・マスクの起業と経営』(standards)より抜粋したものです。
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何が人類の未来に最も影響を及ぼすか
マスクがこれまでの多くの起業家と一線を画すのは、「手にしたお金を惜しげもなくリスクの高い事業に投じる」ところにある。アメリカで成功した起業家というのは、慈善事業にその富の大半を投じるか、MLB(※1)やNFL(※2)のオーナーになることでお金持ちであることを満喫するケースが多かったが、マスクはひとつのビジネスで成功すると、次にはすべてを失う恐れのあるビジネスに進出している。
※1 MLB:メジャーリーグベースボールのこと。世界最高峰のプロ野球リーグで全30球団ある
※2 NFL:ナショナル・フットボール・リーグのこと。アメリカンフットボールの最高峰として知られ、全32チームある
そんなマスクの考え方をはっきり示しているのが、Zip2とペイパルで手にした大金を何に使うかと考えた結果、持続可能なエネルギーの生産と消費、複数の惑星で生きるために人類を地球外に進出させるという2つを選んだのが理由だ。マスクはこう話している。
「私が考えたのは『お金を儲ける一番いい方法にランキングされているものは何だろうか?』ではなく、何が人類の未来に最も影響を及ぼすだろうということでした」
結果、マスクが選んだのは短期的にはお金儲けから遠いばかりか、多額の資金を必要とする、一歩間違えればすべてを失う恐れのあるEV車の製造と宇宙ロケットの開発という難事業だった。
大切なのはお金儲けよりも、「世界を救う」というのがマスクの揺るぎない信念だった。
500以上の特許を開放する
そんなマスクらしさが現われたことのひとつに、2014年6月に行った「テスラの持つ特許技術の開放」がある。マスクは、テスラが10年余りの歳月をかけてつくり上げた500以上の特許を開放することで、他社がEV車の市場に参入しやすい環境をつくった。この決断は業界の度肝を抜いた。
本来、特許というのは他社が参入するのを防ぐ「参入障壁」として使うもの。ライバルとなり得る会社から、技術面で一歩前進するものだ。実際、マスクはZip2時代に特許取得に向けて努力を惜しまなかったし、当初はテスラでも同じ考えだった。大手自動車メーカーがテスラの技術をコピーすることを懸念し、EV車に関する特許を取得していった。
だが、マスクはあえて開放することで「より多くの会社がEV車をつくるようになれば、EV車が普及する世界がより早く訪れる」と、自分の思い描く未来を見据えて決断している。

当時、大手自動車メーカーのEV車開発プロジェクトはほぼ存在しなかったため、平均するとテスラのEV車は世界中の車の1%にも満たない。製造される自動車が年間1億台、世界で乗っている自動車の総数が億台に近づくなかで、エネルギーや環境の問題に、テスラだけで取り組むのは不可能だと言っている。ここでも選んだのは独占して「儲ける」ことや、競争優位性を保つことよりも、人類のためにEV車を普及させることだった。
もちろん”したたかな計算”もあっただろう。
特許を囲い込むと他社の参入を防いで大きく儲けられるが、市場の広がりがない。アップルはそれでグーグルのアンドロイドにシェアを奪われた。反対に、特許を思い切って公開すると、他社の参入は増えるものの、市場が拡大する。
テスラの場合、ギガファクトリーがあるだけに、電池の供給によっても利益を上げられる。「私たちは世界の役に立つことをしている」ことを会社の誇りだと考えるマスクにとって、特許公開は正しい決断だったのである。
より安く、より便利に使えるようにする
イーロン・マスクがつくり上げた最初のEV車「ロードスター」は、素晴らしい車だったが、もしマスクが「良いものを広める」努力をしなかったら、はたしてEV車の時代が来たかどうかは疑問である。
「発明王」トーマス・エジソンがこんなことをいっている。
「よいものは絶対に1人では動いてくれない。そいつを動くようにさせなければならないんだ」
エジソンは1879年に白熱電灯を発明したことで知られているが、同時に発電や送電のシステムをつくり上げ、白熱電球のコストダウンなどを行ったことで、工場や一般家庭の人が「電気を使う」ことができるようになった。
つまり、よい発明を世間に広めるためにはインフラ整備が欠かせない。EV車のネックもインフラ整備にあった。マスク以前、大手自動車メーカーもEV車をつくってはいたが、走行距離は短いうえに、充電切れを起こした際のインフラが整備されておらず、思うように普及は進んでいなかった。
マスクは、モデルSの発売と同時に急速充電器「スーパーチャージャー」を開発、20分の充電で200㎞以上(現在は15分で275㎞)走れるようにした。また、充電設備を全米に100カ所(2022年現在は世界に3万5000台以上)設置、アメリカ本土を横断できるだけのインフラを用意した。さらに、テスラユーザーはスーパーチャージャーを無料で使えるようにしたことで、テスラのEV車はガソリン価格高騰の影響を受けなくなり、テスラ車の優位性を示すことができた。

こうした展開を進めることで、1回の充電費用はガソリン車に比べて圧倒的に安くなり、例えEV車の価格そのものはガソリン車より高かったとしても、長い目で見れば「お得感」もアピールできる。
