この記事はみんかぶプレミアム会員限定です

ロス率0.01%…元番長・元暴走族の”悪ガキ”積極採用の弁当「玉子屋」はなぜ、明日の注文数をはっきり予測できるのか

 元番長・元暴走族の「悪ガキ」を積極採用する東京・大田区の玉子屋。1日7万食の弁当を販売することもある。社会では過剰供給によるフードロスが大きな問題となる中、玉子屋の弁当廃棄率は実に0.1%にとどまっている。担当者の知恵と経験によって導き出される“読み”の秘訣を、同社社長の菅原勇一郎氏が語る――。全4回中の2回目。 

※本稿は、菅原勇一郎『東京大田区・弁当屋のすごい経営』(扶桑社新書)の一部を再編集したもので、数字などは2018年当時のものです。

弁当廃棄率0.1%を実現する「見込み数」の読み

 環境省と農林水産省の2015年度の発表によれば、日本国内で1年間に発生した食品廃棄物の量は約2800万トン。 

 日本の食品廃棄量は世界トップクラスで、約2800万トンという数字は日本の食料消費全体の3割に当たります。このうち売れ残りや食べ残し、期限切れなどで食べられるのに捨てられる、いわゆる「食品ロス」は年間で646万トン以上もあるそうです。 

 そもそもせっかくつくった弁当が売れ残るということは、ロス(損失)が出るということです。普通の消費財なら在庫で抱えておくこともできますが、食べ物はそうはいかない。廃棄処分しなければなりません。 

 牛や豚などの飼料にしてもらうためにリサイクルに回す食品廃棄物の廃棄料は1キロで45円程度かかります。つまり、売れ残りはただのロスでは済まなくて、余計な廃棄コストがかかる。さらに利益が削られるわけです。 

 したがって経営の観点からもロスを出さないことが非常に重要になってきます。玉子屋の弁当のロス率、つまり廃棄率は平均で0.1%です。6万食の弁当をつくって、余るのは60個程度。弁当屋の一般的なロス率は3%と言われますから、玉子屋の廃棄率は驚異的に低い。 

 玉子屋の廃棄率はなぜ低いのか。その最大の理由は前日に決定する翌日の弁当の見込み数にあります。前日に見込んだ数が実数に近ければ近いほど、追加でつくる量も減るし、ロスは少なく、作業は楽になる。逆に読み間違えば、修正作業に追われます。 

 致命的なのは極端に多く見込み数を出してしまうこと。注文数より多い分はすべて余ってロスになる。幸いにして玉子屋では見込みが実数を上回ることは年に数えるほどしかありません。 

 実数に近くなるように、見込み数を割り出すのは難しい作業です。基本は前日に取引先を回った配達担当のスタッフが各自判断した予想数の合計です。これに天気や曜日、日程、メニュー内容などのファクターを加えて、最終的な見込み数を決定する。 

 そのため配達スタッフは日頃から各契約会社の担当者と密なコミュニケーションを取るように努めています。使い捨て容器ではなく、回収して再利用するリターナブルの弁当箱を使っていることが、実はここで一役買うのです。 

 弁当を配って終わりではなく、食べ終わってから回収するわけですから、単純に接点が倍増します。 

「明日は会議が多くて会社に残っている人が多く、営業の社員も社内にいる」 

「大きな販促イベントがあって、外に出る社員が多い」 

 弁当の回収時に各社の情報をさりげなく聞き出す。それが弁当の見込み数を決定する上で大事な役割を果たします。 

 天気も弁当の数を左右する重要なファクターです。天気がいいと外に食べに出る人が増えるので、弁当の注文数は減る。逆に大雨が降ったときや極端に寒い日、暑い日は注文が増える。 

 曜日によっても傾向が違うし、給料日前か後か、連休前か連休後かでも違います。給料日前や連休後は懐具合が寂しくなるので注文が増える。給料日後はちょっと贅沢しようと外食する人が増えるので、注文がやや減ります。 

 また当日のメニュー自体も見込み数に影響します。玉子屋の献立には納豆が加わることがありますが、そういう日は関西系の会社では注文がぐんと下がる。 

 このような要素を加味して、製造工場の工場長が明日の弁当の見込み数を割り出します。実数に近い見込み数の算出法を方式化するのは非常に難しい。これはプロの技と言っていいと思います。 

 AIを使い、大量のデータからある情報を発掘する、いわゆるデータマイニングでどこまで正確に割り出せるか、試してみたいものです。 

顧客の情報は足で稼ぐ

 配達スタッフが足で稼いでくる各社の情報はマーケティングの上でも貴重です。弁当箱を回収する際に「今日のお弁当いかがでしたか?」と担当者に一声かければ、「〇〇が美味しいと評判だったよ」とか「今日は味付けが濃かったみたい」とか、「近頃、ちょっと揚げ物が多いね」とか、反応が返ってくる。 

 毎日ではありませんが、紙ベースで「今日は皆さんにアンケートを取らせてください」とお願いすることもあります。「今日の弁当は?」というご感想から玉子屋の弁当へのご要望まで、直接、お客様の声を集めて、今後のメニュー改善につなげていく。 

 実際に回収した弁当箱の食べ残し調査もしています。すると、担当者から聞き出した評判とアンケート結果と食べ残しの調査結果が、必ずしも一致しない。この「一致しない」ということがマーケティング的にとても重要だったりします。 

 我々の場合、まず担当者レベルでたとえば「もうちょっとヘルシーなメニューにして欲しいという声が多いんです。『揚げ物を減らして』とか。そうすれば注文がもっと増えると思います」という声が返ってきます。 

 しかし、実際にアンケートを取ってみると、一番入れて欲しいメニューは「ハンバーグ」で、一番入れて欲しくないメニューも「ハンバーグ」という結果が出たりする。 

 さらに回収した弁当を調査すると、揚げ物やハンバーグの日は食べ残しがほとんどなくて、かえって和食の日は食べ残しが多かったり、食数が減ったりする。つまり、担当者の声とアンケート結果と食べ残し調査の結果が全然違うのです。 

 これはどういうことかといえば、人間の心理特性で、こうありたいと思うことと違う行動を取る場合が多い。 

「あ~あ。和食なら3分の1は残すのに、揚げ物だからつい全部食べちゃった」という人もいるわけです。あるいは揚げ物メニューだと剥がした衣の食べ残しがあったりします。本当は全部食べたいけど、太りたくないから油の多い衣を剥がして食べる人もいる。 

 そういう心理をどう読み解いて、メニューに反映して、お客様の満足度を高めていくか。弁当箱から見えてくるものと口頭の情報とどちらが大事かという問題もあります。 

 弁当箱の中身が真実だと決めつけて、担当者がわざわざ教えてくれた要望を無視すれば「玉子屋は我々の言うことを聞いてくれない」と思うかもしれない。 

 いずれにしても、リターナブルの弁当箱を使って回収しているからこそ見えてくる情報があり、それがメニューの改善や見込み数の精度アップにつながり、その積み重ねが0.1%という廃棄率に結実しているということです。 

「働き方改革」で弁当注文数にも変化

菅原勇一郎『東京大田区・弁当屋のすごい経営』(扶桑社新書)

 台風が来ると見込み数の割り出しは難しくなります。台風が来ても電車が動いていれば、基本的に食数は増える。電車に乗って出社したものの、「外回りはやめよう」ということで内勤が増えますから。5%ぐらいは増えるので、1日6万食とすると3000食は多めにつくらなければならない。 

 ところが2017年に首都圏を台風が直撃したある月曜日、「明日は食数が伸びる」と予測して多めに仕込みをして弁当をつくりましたが、結果的に3800食も余ってしまったことがありました。 

 私がサラリーマンをしていた時代は、台風が来て通勤時間が読めないとなれば、始発に乗って出社したり、前日に会社近くのビジネスホテルに泊まったりして、備える人が大勢いたものです。だから食数が増えたのです。 

 しかし、今は通勤途中にケガでもされたら困るから「明日は出社しなくていい」とか「午後出社でいい」という会社が非常に増えてきました。そのときの台風は規模としては大して大型でも強力でもなかったのですが、玉子屋と契約している会社だけでもものすごい数の社員が自宅待機になったのだと思います。 

 近年、注文数の予測はどんどん難しくなってきました。今は何もない日でも、忙しくなければ企業は社員に有給休暇をなるべく取るように指示します。契約会社が5000社ありますから、1社1食間違えば5000食違ってくる。 

今すぐ無料トライアルで続きを読もう
著名な投資家・経営者の独占インタビュー・寄稿が多数
マネーだけでなく介護・教育・不動産など厳選記事が全て読み放題

    この記事はいかがでしたか?
    感想を一言!

この記事の著者
菅原勇一郎

株式会社玉子屋代表取締役社長。立教大学経済学部経営学科を卒業後、株式会社富士銀行(現株式会社みずほ銀行)に入行。1995年、流通マーケティング会社を経て、1997年、株式会社玉子屋に常務取締役として入社、2004年から現職。テレビ東京『カンブリア宮殿』等メディアに多数取り上げられ、独自の経営手法、人材マネジメントは米国スタンフォード大学の大学院教授が視察に訪れるなど着目されるようになる。2015年から世界経済フォーラム(ダボス会議)のフォーラム・メンバーズに選出されている。

政治・経済カテゴリーの最新記事

その他金融商品・関連サイト

ご注意

【ご注意】『みんかぶ』における「買い」「売り」の情報はあくまでも投稿者の個人的見解によるものであり、情報の真偽、株式の評価に関する正確性・信頼性等については一切保証されておりません。 また、東京証券取引所、名古屋証券取引所、China Investment Information Services、NASDAQ OMX、CME Group Inc.、東京商品取引所、堂島取引所、 S&P Global、S&P Dow Jones Indices、Hang Seng Indexes、bitFlyer 、NTTデータエービック、ICE Data Services等から情報の提供を受けています。 日経平均株価の著作権は日本経済新聞社に帰属します。 『みんかぶ』に掲載されている情報は、投資判断の参考として投資一般に関する情報提供を目的とするものであり、投資の勧誘を目的とするものではありません。 これらの情報には将来的な業績や出来事に関する予想が含まれていることがありますが、それらの記述はあくまで予想であり、その内容の正確性、信頼性等を保証するものではありません。 これらの情報に基づいて被ったいかなる損害についても、当社、投稿者及び情報提供者は一切の責任を負いません。 投資に関するすべての決定は、利用者ご自身の判断でなさるようにお願いいたします。 個別の投稿が金融商品取引法等に違反しているとご判断される場合には「証券取引等監視委員会への情報提供」から、同委員会へ情報の提供を行ってください。 また、『みんかぶ』において公開されている情報につきましては、営業に利用することはもちろん、第三者へ提供する目的で情報を転用、複製、販売、加工、再利用及び再配信することを固く禁じます。

みんなの売買予想、予想株価がわかる資産形成のための情報メディアです。株価・チャート・ニュース・株主優待・IPO情報等の企業情報に加えSNS機能も提供しています。『証券アナリストの予想』『株価診断』『個人投資家の売買予想』これらを総合的に算出した目標株価を掲載。SNS機能では『ブログ』や『掲示板』で個人投資家同士の意見交換や情報収集をしてみるのもオススメです!

関連リンク
(C) MINKABU THE INFONOID, Inc.