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エマニュエル・トッド「コロナで”老人支配”が進んだ」若者の生活を破壊し、民主主義を消滅へと追い込んだものの正体

 ソ連の崩壊を予言し、米国の衰退期入りを指摘した2002年の『帝国以後』 が世界的ベストセラーとなったフランスの歴史人口学者エマニュエル・トッド氏。トッド氏は、「私たちはもはや民主主義の精神を持っておらず、民主主義は今後も破壊され続ける」と指摘する。世界の姿が変容した背景と、今後の世界の行く末とは――。 

※本稿は『2035年の世界地図』(朝日新書)から抜粋・編集したものです。 

われわれは民主主義の習律も精神も持ってはいない

――2020年初頭から、コロナウイルスが世界を席巻し、社会に大きな影響を及ぼしています。2022年2月、世界がパンデミックに動揺する中で、ロシアがウクライナへ侵攻しました。パンデミックは、民主主義にどのような課題をもたらしましたか? 

 パンデミックの影響はいくつかあります。ただ、民主主義に大きな影響を与えたとは言えません。単に長期的な傾向が強まっただけです。それは、民主主義が実質的な消滅に向かう傾向です。 

 欧米では特に、「民主主義」という言葉をまだ使っています。「自由民主主義」という言葉もそうです。その言葉に慣れているからです。しかし、私たちはもはやその外側にいるということに気づいていません。 

 自由民主主義では、自由があることになっています。選挙があって、報道の自由、自由な政府があるはずです。そして、市民間に一定の平等があるはずです。 

 私たちはまだ、今でも民主主義の制度を持っていると思っています。しかし、もはや民主主義の習律も精神も持ってはいません。

政治制度でさえ、何らかの形で不正に操作されています 

 私はとりわけ、民主主義のリーダーを自任する米国について考えています。不平等の度合いはどうでしょうか。米国の社会的不平等は大変なことになっています。貧しい人々の平均寿命は短くなっています。政治制度でさえ、何らかの形で不正に操作されています。なぜなら、制度を運営するにはカネがあまりに重要になってしまっているからです。それらはすべて一種のパロディと言えます。 

 私たちは民主主義の制度を持ってはいても、システムは「寡頭制」とも呼ぶべき何かに変質してしまったように思います。言うなれば、「リベラルな寡頭制」です。それはかなり重大なことになっています。絶対的な大惨事だ、と言うわけではありません。しかし、このことは考慮に入れなければならない。そして、これは今に始まったわけではなく、以前から現れていた問題でした。 

 かなり簡単に説明できます。民主主義の時代というのは、識字率の向上の結果であることが大きいのです。非識字から普遍的識字への移行は17 世紀から20世紀にかけて、世界中で民主主義を広めました。誰もが投票し、政治プロセスに参加する可能性を広げました。普遍的な識字能力には「国民」の感覚が伴いました。 

教育の階層化が国を分断する 

 すなわち、各地の人々は、特定の国民共同体に属するという感覚です。自分はフランス人である、英国人である、米国人である、日本人である、ドイツ人である、ロシア人である、中国人である、といった感覚です。そして、これはすべて民主主義の一部でした。 

 おそらくここ半世紀ほど、私たちは、社会の新たな階層化を経験してきました。かつてほとんどが読み書きはできるが他のことは知らない。ごく少数のエリート層を除けば人々は平等でした。 

 しかし今では、おそらく国にもよりますが、おそらく30%の人びとが何らかの高等教育を受けています。これに対して、20~30%の人々は基本的な読み書きができる程度、つまり、初等教育のレベルで止まっています。 

 この教育の階層化は、不平等の感覚を伴います。社会構造の最上部と底辺では、人々は同じではない、という感覚です。私は「非平等主義的潜在意識」と呼んでいます。民主主義の基本的価値の正反対にあります。 

コロナ禍で進んだ「老人支配の国」

 さらに、それは共同体の感覚も破壊します。社会は分断されます。私たちがヨーロッパで経験したことであり、米国でも、ほとんどの国でも当てはまると思います。中国はまだ到達していない段階ですが、いずれこの段階に到達するでしょう。 

 その文脈の中で、コロナ禍が到来したのです。コロナ禍は「老人のパワー」を生み出しました。「老人支配」と呼んでもいいものです。 

 というのも、コロナは高齢者にとって危険だったので、彼らを守るために――私もその高齢者の一人ですが――、ロックダウンなどの措置を通じて守られました。しかし、同時に若い人たちの生活を破壊したのです。 

 パンデミックで50歳以上の人々、特に80歳以上の高齢者が高い比率で亡くなりました。 

 彼らを保護する必要がありました。私がこうしてコロナ禍を生き延びているという事実に文句を言っているのではありませんよ。 

 しかし、ロックダウンは若い人たちの生活を破壊したのです。これは民主主義の消滅におけるもう一つの要素なのです。 

民主主義は今後も破壊され続け、機能しなくなる 

――あなたが指摘する民主主義の後退あるいは破壊は一時的なものなのでしょうか、それとも今後も続くものなのでしょうか。 

 続きます。間違いありません。2010年代後半で私が衝撃を受けたのは、あちこちで、いわゆるポピュリストの運動が起きたことです。米国ではトランプのような人が支持され、英国ではブレグジットを求めた人たちがいます。 

 2022年秋も、社会民主主義のスウェーデンの選挙で、いわゆる極右がかなりの得票率を得ました。イタリアでも極右の伸長を目の当たりにしました。これらすべての現象は、ある種の民主主義に戻ろうとしているとも解釈できます。 

 もちろん、エスタブリッシュメントの人たちは、民主主義に戻ろうとしているなんて言ってはいませんね。私は知的活動の観点から言えばエスタブリッシュメントかもしれませんが、彼らのようなエスタブリッシュメントではありません。 

高学歴者は、極端な右翼政党の権力を受け入れず、抵抗します

 私は、これらの極端な右翼運動を、基本的に反民主主義とは見なしていません。むしろ逆です。私は民主主義について、合理的でバランスの取れた見方をしていると思います。民主主義は平等で、それは国民共同体の中での平等です。しばしば否定されますが、民主主義の出現には、排外的な要素が常にあります。 

 民主主義は、特定の場所における、特定の人びとによる自己組織化です。そして、極右政党のほとんどは、労働者階級や低学歴者を代表します。強い排外的傾向を持っているからと言って、民主主義の担い手として失格にはできません。 

 問題は、それがうまく機能しないということです。高学歴者は、極端な右翼政党の権力を受け入れず、抵抗します。 

 米国では市民の統合は実現していません。トランプ支持者と民主党支持者の間で、まったく合意はありません。新たな戦いが出てきただけです。エリート、そして高学歴層は低教育層をいっそう軽蔑するという経験をし、そして何も生まれていません。これが教育の階層化がもたらす問題です。 

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この記事の著者
エマニュエル・ トッド

歴史家、文化人類学者、人口学者。 1951年フランス生まれ。家族制度や識字率、出生率に基づき現代政治や社会を分析し、ソ連崩壊、米国の金融危機、アラブの春、英国EU離脱などを予言。主な著書に『グローバリズム以後』(朝日新聞出版)、『帝国以後』『経済幻想』(藤原書店)、『我々はどこから来て、今どこにいるのか?』『第三次世界大戦はもう始まっている』(文藝春秋)など。

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