「サステナビリティによる成長」ESGに躍らされた欧米がついに結論…日本も早く目を覚ませ

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「ESG(環境・社会・企業統治)」や「サステナビリティ経営」といった言葉は、いまやあらゆる企業の経営計画や投資家説明に組み込まれる常識となった。だが、2024年から2025年にかけて、潮目は急速に変わりつつある。トランプ前大統領の再登板が現実味を帯びる米国では、ESGやDEIへの反発が強まり、欧州でも「開示負担が過剰」との声を受けて制度見直しが相次いだ。この揺り戻しに、日本の市場関係者も動揺を隠せない。日経新聞の編集委員である小平龍四郎氏が、現在のESGをめぐる動きを解説していくーー。

目次

意味不明な略語が踊る時代。ESGは「アルファベットスープ」になった

 トランプ大統領率いる米国に次いで欧州連合(EU)の手のひら返しが始まった。ESG(環境・社会・企業統治)やサステナブルファイナンス、DEI(多様性、公平性、包摂性)の情報開示についてだ。欧米へのキャッチアップに猛進していた日本の市場関係者は、いささか呆然としているようだ。どうすべきか。

「CSRDとCSDDDはどうなった」

「ESRSはなくなったのか」

「ISSBのS1、S2への影響はないのか?S4、S5はいつつくられるのか」

「TNFDとTISFDの動向は」

 何が話されているかおわかりだろうか。これらのアルファベット省略語がさっと理解できる人は、ESGやサステナビリティの世界のかなりのベテランだ。普通の人はあたまの中がぐるぐる回ってしまうだろう。

「アルファベットスープ」という言葉がある。A、B、C……というアルファベットのかたちをした小さなパスタが入ったスープのことで、かき回すとBCDとかXAQなどでたらめな短縮形がスープの表面に浮かび上がる。金融の世界で「アルファベットスープ」というと、複雑だが意味の分からない専門用語のことを指す。直近ではCDSとかABSといった中身のはっきりしない金融商品が大流行し、その反動で世界が金融危機に見舞われた2007~08年ごろに弊害が指摘された。

 そして今、また「アルファベットスープ」現象が世界的に広がっている。金融危機の時代も知る筆者の感覚でいえば、当時よりも今のほうがさらに広範で複雑怪奇だ。

複雑怪奇なESG略語の正体とは?CSRDからTISFDまで徹底整理

 冒頭の会話に出てきた用語を説明しよう。

① CSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive/企業サステナビリティ報告指令)

② CSDDD(Corporate Sustainability Due Diligence Directive/企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令)

 ①と②はEUが域内の企業に義務づけようとしている環境・人権分野の対応策で、2025年ごろから始まる予定だった。しかし、2月に欧州委員会が「オムニバス法案」を公表。内容が簡素化され、実施時期も見直されることになった。あまりに負担が大きすぎるとの悲鳴が欧州各地の企業から吹き上がったからだ。

③ ESRS(European Sustainability Reporting Standards/欧州サステナビリティ報告基準)

 上記CSRDを肉付けするための詳細な開示基準のこと。CSRDが延期されたので、必然的にESRSの導入も後ろずれすることになった。

④ ISSB(International Sustainability Standards Board/国際サステナビリティ基準審議会)

 ESG投資に必要な情報開示のルールをつくる国際組織で、財務会計の国際統合を目指すIFRS(International Financial Reporting Standards/国際会計基準)財団の下部組織として21年に発足。第1弾としてつくられた総論基準がS1、気候変動関連の基準がS2である。さらにISSBは自然や社会・人権に関する基準もつくるとみられ、それぞれS3、S4となるのではないかと言われている。ISSBはEUの組織ではないのでCSRDやCSDDD見直しの影響は直接受けない。しかし、その違いが日本では必ずしもきちんと認識されていない。

⑤ TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures/自然関連財務情報開示タスクフォース)

⑥ TISFD(Taskforce on Inequality and Social-related Financial Disclosures/不平等・社会関連財務情報開示タスクフォース)

 温暖化ガス排出などの開示基準をつくるTCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures/気候関連財務情報開示タスクフォース)の成功を受けて設立された国際的な民間組織。⑤が自然資本、⑥が人権に関する開示基準づくりを目指しており、ISSBのS3、S4に影響するとも見られている。

ESGは本当に必要?日本が走る裏で欧米は減速中

 日本にはSSBJ(Sustainability Standards Board of Japan/サステナビリティ基準審議会)というISSBの日本版ともいえる組織がある。このほどS1、S2に対応する「適用」「一般」「気候」の3基準が発表され、都内で説明会が開かれた。2時間以上にも及ぶ説明会は満員。みな必死でメモをとっていた光景が印象的だった。

 これらの基準は27年3月期から時価総額3兆円以上の大企業に強制適用される。最終的に東証プライム全社(約1600社)に適用される運びだから、株式市場で優良と見なされるためには避けてとおるわけにはいかない。

 しかし、ここにきて欧州が態度を豹変させたのだからたまらない。トランプの米国で吹き荒れる強烈な反ESG/サステナビリティの逆風もある。ESG投資に熱心な資産運用会社が公的年金の運用から締め出される例があるほか、DEI目標を持つ企業も州政府の仕事などから締め出されかねず、あわてて表向きの数値基準を引っ込め始めた。

「成長重視へ軌道修正」──欧米が選んだ現実主義

 欧米の動きは単なる反動ではない。

 欧州ではEUのフォンデアライエン欧州委員長の要請で元欧州中銀総裁のドラギ氏が2024年9月に「ドラギ報告」をまとめた。表題は「欧州の競争力の将来」(The future of European competitiveness)。

 規制緩和やファンドの設立などを通じて米国に対して見劣りする産業競争力を復活させるための提言集だ。そのなかの1つが開示規制の簡素化だった。トランプ政権下の反DEI政策の根底にはアファーマティブアクション(積極的差別是正措置)の行き過ぎで、米国の競争力の源泉だった「能力主義」(meritocracy)が損なわれているのではないかという危機感がある。

ブレてはいけない日本の次の一手

 つまり、欧米ともESG/サステナビリティーの振り子を揺り戻す力は「競争力」なのである。この視点を欠いた日本の市場関係者が、お手本だったはずの欧米の手のひら返しにも見える態度の豹変に驚いて立ちすくんでいるのだ。

 先にも書いたとおり、ISSBはEUと直接の関係はなく、日本の代表もまじえてグローバルな基準をつくっている。S1、S2さらには、S3、S4など非財務情報の開示が進む流れは変わらない。しかもこれらは市場の視点でつくられた投資情報だ。目先の欧米の動きに惑わされて取り組みを怠れば、株式市場の評価も下がってしまう。

                    

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この記事の著者
小平龍四郎

1964年生まれ。静岡県出身。早稲田大学第一文学部卒業。日本経済新聞入社後は主に金融・証券畑を歩き、「山一証券破綻」「村上ファンド登場」などの特報にかかわる。欧州総局(ロンドン)やアジア総局(バンコク)を経験し、現在は日経新聞の編集委員。専門は証券市場、ESG/SDGs、企業統治。著書は「グローバルコーポレートガバナンス」「アジア資本主義」「ESGはやわかり」。 Twitter:@Kodaira_Nikkei

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