生活実感はさらに悪化…そんな中でも「インフレは投資家には吉報」と言える理由

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 株価は高くなっているのに、生活実感はよくならない。エコノミストの藤代宏一氏は、そのような「株高不況」が到来しているとした中で、「この状況を逆手に取ることが必要だ」と話す。株高不況が生まれた背景と、取るべき戦略について、藤代氏が語る。

※本稿は藤代宏一著「株高不況」(青春新書)から抜粋、再構成したものです。

第1回:エコノミスト「賃上げはまだ続く」“昇給”と“賃上げ”の差を理解しているか

目次

日本企業のお金は「海外」「株主」へ

 日本企業は稼いだ利益をどこに振り分けてきたのでしょうか。

 端的に言えば、海外・株主です。法人企業統計で損益計算書、貸借対照表の主要項目を確認してみましょう。

 まず目を引くのは、投資有価証券です。2010年に224兆円だったものが2023年度末で428兆円とほぼ倍増しています。この増加は、日本企業が設立した海外現地法人やM&Aなどを通じて買収した海外子会社、関連会社の株式が積み上がったことによるものと推定されます。

 著しい増加が始まったのは2010年代前半です。歴史的円高で輸出競争力が低下したことに加え、人口減少が本格的に意識された頃です。縮小が懸念される国内市場に見切りをつけ、成長の源泉を海外に求めた企業行動がここに反映されています。製造業においては、輸出から海外現地生産にビジネスモデルを切り替える動きが相次ぎました。

 こうした動きは、日本企業の海外現地生産比率が2010年頃に一段と高まっていたことと整合的です。非製造業(含む金融)においては手持ちの現金を活用した海外企業の買収が多く見られました。

 同じく著しい増加を遂げているのは配当です。2000年代に入ってから海外投資家の保有比率が上昇したこともあり、株主還元が強化されてきました。ここ数年は資本効率改善の意識が高まっていることもあり、配当は一段と増加しています。

 そして、積み上がったのが利益剰余金、いわゆる悪名高い内部留保です。金融緩和によって支払利息は減少したにもかかわらず、日本企業は設備・人材という成長の種を蒔くことにお金を振り分けてこなかったようです。

株高不況はしばらく続く

 「株高不況」とも言うべき状況は、企業が稼いでも、その恩恵が株価上昇と配当の受け取りという形で株主に偏り、労働者への還元が後回しにされたことがまず主因としてあって、そこにインフレが襲来したことで、株高と生活実感の悪化が併存した、こう整理することができます。

 株価の上昇それ自体は、企業収益や名目GDPに照らし合わせて整合的であり、「実態を伴っている」と言えます。

「株価は金融緩和で押し上げられただけ」などという声もありますが、そうであるならばPER(株価収益率)は著しく上昇しているはずですが、ここ数年のPERは直近10年平均よりも低いくらいです。したがって1990年代前半のようなバブル崩壊が再来する可能性は低いと判断されます。

 賃金については、3年連続ではっきりとした上昇を遂げており、2024年以降は1990年代前半と同等の賃上げ率が実現し、新卒初任給が30万円を超える企業が増えるなど、前向きな動きも見られるようになってきました。

 しかしながら、労働分配率はなお低下傾向にあり、労働者を取り巻く環境の改善は限定的です。賃金改定は基本的に年に1度ですから、「株高不況」とも言うべき状況が是正されるには年単位の時間を要すると見込まれます。

 また、賃金上昇だけで全てが解決するとは限らないのが経済の難しいところです。賃金上昇によって、経済活動の質が高まらない場合、労働コストの増加分が価格に転嫁され、同分の物価上昇を引き起こしてしまい、消費者の生活実感がさらに悪化することも考えられるからです。

 ちなみに、欧米において「賃金インフレ」と言えば、賃金の「過度」な上昇を示す意味で使われます。約30年も賃上げがなかった日本では「理由は何でもいいからとにかく賃上げを」といった風潮があり、賃上げの質を問う声は現時点で限定的です。

 ただし、もう数年この賃上げが続いた時に「賃金は上がったけど、物価はもっと上がった」と「あちらを立てればこちらが立たず」の状況になっている可能性は相応にあります。

 現役世代は税と社会保険料の負担がきついため、「賃金は上がったけど、物価はもっと上がり、税金は増え、余裕がなくなった」という状況も想定されます。

 日銀の金融政策も政府の経済対策も然り、必ず効く処方箋はありません。ある症状が改善すれば、その副作用として別の症状に悩まされることも大いに考えられるのです。

株高不況には「株式投資」が有効

 こうした状況にどう対処したらよいのでしょうか。

 資産防衛的な視点では、この状況を「逆手にとる」という発想が重要になってきます。インフレが家計の弱点であるならば、インフレに強い資産を持つことで、ある程度影響を相殺することができますし、場合によってはそれで利益を得ることも可能です。

 インフレに強い資産の代表格は株式です。消費者の生活実感を悪化させているインフレは、企業側から見ると増収要因ですから、投資家の立場では「吉報」にさえなり得ます。

 増収になってもコストが増えれば利益は変わらないのでは?と思う方も少なくないかもしれません。ただそこは簡単に考えていいと思います。売上が100、コストが50、利益が50という企業がインフレに直面して、売上が200、コストが100、利益が100といった具合に、利益率を維持したまま全てが2倍になれば、(他の条件が不変であれば)株価も2倍になるはずです。これこそが株式がインフレに強いと言われる所以です。

 たとえば、食料品の価格上昇がきついなら、食料品に携わる企業の株式を保有することである程度影響を緩和できる、場合によっては利益を享受できるかもしれません。

 同様に、ガソリン代や電気代の負担増を回避したいなら、原油などエネルギーの権益を有する企業の株式を保有することが選択肢となります。

 不動産であれば、ライフプランの関係などですぐには買えないけど、将来は買いたいという人なら、不動産株、REIT、あるいは住宅建設に携わる企業の株式を保有することが選択肢となります。意中の物件が値上がりしてしまっても、保有証券が値上がりすれば、「買い遅れ」による損失をある程度相殺することができます。

 このように物価上昇に対する恐怖は、投資を通じてある程度相殺することができます。

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この記事の著者
藤代宏一

第一生命経済研究所経済調査部主席エコノミスト。2005年第一生命保険入社。2010年内閣府経済財政分析担当へ出向し、2年間『経済財政白書』の執筆や、月例経済報告の作成を担当。その後、第一生命保険より転籍。2018年参議院予算委員会調査室客員調査員を兼務。2023年4月から現職。早稲田大学大学院経営管理研究科修了(MBA 、ファイナンス専修)、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)。テレビ、新聞、YouTube などを通じて幅広く経済情報の発信を行っている。

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