大荒れ!「反対するヤツはスパイ」「危険すぎ」参政党神谷氏”スパイ防止法案”提出意欲…本当に選挙中の「石破批判」ロシアの認知戦だったのか

参議院選挙は自公の過半数割れという結果に終わった一方で、新興勢力である参政党が大躍進した。そんな中で話題になったのが、参政党が掲げた「スパイ防止法案」だ。参院選後のテレビ番組で参政党の神谷宗幣代表は、提出したい法案としてあげたものの一つだ。ネットでは「スパイ防止法は絶対にやって欲しい」「反対するやつはスパイ」という肯定的な意見のほか、「危険すぎる」「悪用される」といった反対の意見がみられた。そもそも、このスパイ防止法案とは何なのか。そして自民党関係者らが選挙期間中さかんに主張した「ロシア勢力による選挙介入」とは本当にあったのか。経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一は「国家安全保障と市民の自由のバランスは、民主主義国家にとって永遠の課題である」と指摘する一方で、選挙期間中に平井卓也・自民党広報部長がSNS上の情報操作について「我々、相当消し込みに入ってますから」と発言したことなどから、政府が法律を濫用する危険性について警鐘を鳴らす――。
目次
「国会議員がどの国の利益を代表しているか明らかにできる」
参政党は、参院選で日本の安全保障を強化するためとしてスパイ防止法の制定を主張した。
参政党の政策によると、外国勢力による機密情報の窃取や技術流出を防ぐ経済安全保障の確保、スパイ行為やサイレント・インベージョンと呼ばれる静かな侵略を阻止する国家安全保障の強化、外国からの偽情報やプロパガンダに対抗する情報戦への備えが、スパイ防止法制定の主な目的である。
具体的な施策としては、スパイ行為の定義と規制、違反者に対する罰則の強化、国民の情報リテラシー向上のための教育推進が挙げられている。参政党の神谷宗幣代表は、日本が「スパイ天国」であると繰り返し訴え、特に中国やロシア、北朝鮮による諜報活動や工作活動が深刻な脅威であるとの認識を示している。1985年に自民党が提出したスパイ防止法案が、言論や報道の自由を侵害する懸念から廃案になった歴史がある。参政党は、現代の新たな脅威に対応するためには、新しい法整備が不可欠であると訴えている。選挙で一定の議席を獲得すれば法案を提出し、法案への賛否によって国会議員がどの国の利益を代表しているか明らかにできるという趣旨の発言も見られる。
平井・自民党広報部長「我々、相当消し込みにいってますから」
スパイ防止法の制定自体は、国家の安全保障を考える上で重要な論点である。外国による情報窃取や内政干渉が現実に存在する以上、法的な対抗策を整備する必要性は多くの専門家が指摘するところである。問題は、誰がどのような内容の法律を作るかという点にある。最近の政権与党である自民党の動向は、権力者が法律を自らの都合の良いように解釈し、濫用する危険性を強く示唆している。
今回の参議院選挙終盤、自民党議員たちはこぞって「ロシア製BOTによる認知戦」が仕掛けていると主張した。石破政権への批判的な投稿が、ロシアの影響下にある自動化されたアカウントによる世論操作であるという内容の主張もあった。
自民党の元デジタル大臣であり、広報本部長を務める平井卓也氏は、SNS上の情報操作について「我々、相当消し込みにいってますから」と発言した。この「消し込み」という言葉が具体的に何を指すのか、平井卓也氏は明確に説明していないが、政府に批判的な意見を持つアカウントの凍結や投稿の削除を意味するのではないかという憶測を呼び、大きな波紋を広げた。
政府や与党が、自らにとって不都合な言論を「偽情報」や「外国勢力による工作」と断定し、SNSプラットフォームに働きかけて削除させる行為は、憲法で保障された表現の自由を侵害する言論統制に他ならない。
鈴木宗男を公認しながら「ロシアの脅威」を訴える自民党
自民党がロシアとの深い関係を持つ鈴木宗男氏を比例代表候補として公認しながら、「ロシアの脅威」を訴える姿勢には、深刻な自己矛盾が存在する。国民から見れば、自民党の主張は選挙戦を有利に進めるための政治的なプロパガンダと受け取られても仕方がない。このような政党が主導してスパイ防止法を制定した場合、法律が国家の安全保障ではなく、政権の維持や批判の封じ込めのために利用されることは想像に難くない。
国家安全保障と市民の自由のバランスは、民主主義国家にとって永遠の課題である。欧州議会が2014年に公表した調査報告書「立法と裁判における国家安全保障と秘密証拠:課題の検討」は、この問題に関する重要な示唆を与えている。報告書は、EU加盟国において、国家安全保障を名目に被告や司法当局に開示されない秘密の諜報情報が、司法制度でどのように利用されているかを比較分析したものである。
政府は広範な活動を「国家の脅威」とみなすことができてる
調査から浮かび上がったのは、多くの加盟国で、司法府が「国家安全保障」が関わる事件において、効果的に正義を実現し、被告人の権利を保障する上で著しい制約を受けているという実態であった。
報告書は、「国家安全保障」という言葉そのものが、調査対象となった加盟国の間で非常に曖昧に定義されている点を厳しく指摘している。その結果、明確な法的基準が存在せず、行政府や諜報機関が恣意的に権限を行使する危険性が高まっている。国家安全保障の定義が曖昧であれば、政府は広範な活動を「国家の脅威」とみなし、市民の監視や言論の制限を正当化できてしまう。報告書は、司法による独立した監督の重要性を強調している。諜報活動によって得られた情報を証拠として扱う場合、その情報の収集過程が合法であったか、情報は信頼できるものであるか、司法が厳格に審査する仕組みが不可欠である。
秘密の利用を認める法律は、欧州の司法基準を尊重していないため、「法律とは言えない」とまで結論付けている。これは、法の支配の原則に基づけば、政府のいかなる活動も法の下に置かれ、独立した司法の審査を受けなければならないという考え方を反映したものである。国家の安全を守るという目的が、公正な裁判を受ける権利や表現の自由といった基本的人権を不当に侵害する手段を正当化することはない。
不適切な運用がないか監視する体制も必要
日本がスパイ防止法を制定する場合、この法律が権力者によって濫用されないための制度設計が極めて重要になる。法律の必要性を認めるとしても、その運用が独裁的な方向に進むことを防ぐ仕組みが伴わなければ、民主主義の基盤を自ら破壊することになりかねない。理想的な制度は、情報機関の活動を野放しにするのではなく、国会、司法、そして独立した第三者機関による三重の監査体制を整備することである。
国会は、予算や法律を通じて情報機関の活動を監督し、国民に対する説明責任を果たす。司法は、個別の事件において、捜査や証拠の合法性を厳格に審査し、人権侵害を防ぐ最後の砦となる。さらに、専門知識を持つ独立した第三者機関が、情報機関の日常的な活動を監査し、不適切な運用がないか監視する体制も必要である。
超党派で慎重に進められるべき
このような多層的な監督システムによって、国家防衛という正当な目的と、市民の自由という民主主義の根幹を両立させることが可能になる。自民党や参政党が現在示している姿勢を見る限り、彼らが主導して作る法律が、このような精緻で公正な制度設計を持つとは到底考えられない。
むしろ、法律を濫用し、批判勢力を抑圧するための道具として利用する危険性があまりに高い。したがって、日本でスパイ防止法を制定するのであれば、その議論はより広い国民的合意形成の過程を経て、超党派で慎重に進められるべきである。制度の透明性、権力行使における比例原則の遵守、そして厳格な第三者監査体制の強化が、法律に明確に盛り込まれなければならない。これらの保障措置がなければ、民主主義の根幹である言論の自由や通信の秘密が、国家安全保障という大義名分のもとに静かに損なわれることになるだろう。
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NATIONAL SECURITY AND SECRET EVIDENCE IN LEGISLATION AND BEFORE THE COURTS:EXPLORING THE CHALLENGES
立法と裁判における国家安全保障と秘密証拠:課題の検討