政府・与党が掲げた「一律2万円」給付金に総理周辺は「実現は難しい」…4人家族で最大16万円が自民大敗で霧消

国のトップが全国民に約束した2万~4万円の給付が実現しない可能性が高まっている。7月の参院選で石破茂首相が率いる自民党は、マイナンバーカードを活用した迅速な給付を公約に掲げていたが、連立相手の公明党の議席を合わせても非改選議員を含めて与党で過半数を割り込む大惨敗を喫したからだ。衆院に続いて、参院でも少数与党に転じたことで給付を裏付ける補正予算の成立は一気に見通せなくなった。経済アナリストの佐藤健太氏は「もはや2万円給付は実現しないだろう。かといって、野党が掲げる『減税』も簡単にはできない。国民にとっては最悪の結果だ」と見る。
目次
最大1人4万円、4人家族なら16万円が…
「おーいデジタル庁、もし国会で補正予算を通せたら、デジタル庁が主管して、自公が約束した2万円・4万円の給付を、自治体を煩わせることなく、公金受取口座を利用して国が直接、直ちにやりますって言わないと。今後の国の給付はこうなりますってしっかりと説明しないと。まさか逃げ回ってないよね」。自民党の河野太郎元デジタル相は8月1日、「X」(旧ツイッター)にこのように投稿した。古巣のデジタル庁が自民党の公約実現に向けて動きが鈍いことに苛立ちを隠せないようだ。
ただ、河野氏は同じ日の投稿で「補正予算が通らずに今回の給付ができなくても、次から、災害時をはじめ必要な給付は国が直接こうやるんだということを見せましょう」とも記している。実際、衆参で少数与党に転じた自公政権が2万円給付を盛り込んだ補正予算を成立させる道は険しいと言える。
先の参院選で、自民党は「責任政党 3つのビジョン」として①強い経済②豊かな暮らし③揺るぎない日本―の3点を掲げた。その中に足元の物価高騰対策として「物価高騰下の暮らしを支えるため、税収の上振れなどを活用し、子供や住民税非課税世帯の大人の方々には一人4万円、その他の方々には一人3万円を給付します。マイナンバーカードの活用により、手続きの簡素化、迅速化に努めます。」と明記している。
公明党も「生活応援給付」として国民1人あたり2万円を一律給付し、子供や住民税非課税世帯の大人には1人あたり4万円とすることを掲げた。つまり4人家族で最大16万円ももらえる設計だ。石破首相は7月2日、毎日新聞のインタビューで「年内には当然開始する」と明言し、参院選中には「速くなければ意味がない。実現したが1年後でしたみたいなことにはならない」と繰り返した。
では「2万円給付」(一部は4万円給付)は霧消するのか
自民党の森山裕、公明党の西田実仁両幹事長は7月29日に会談し、公約実現に向けた制度設計をそれぞれの政調会長に指示する方針を確認したが、今回の参院選結果は与党だけでは何も政策を実現できないレベルに達した。そう、いくら石破首相や自民党が国民に「約束」したところで野党の協力を得られなければ実行できない状況なのだ。
そもそも、自公が選挙で掲げた現金給付は国民からの反応が芳しくない。共同通信が6月14、15日に実施した世論調査によれば、現金給付に「反対」は54.9%、「賛成」は41.2%だった。毎日新聞の調査(6月28、29日実施)でも現金給付策を「評価しない」は66%を占め、「評価する」は17%にとどまっている。苦戦が予想された選挙前に石破首相が突然打ち出したことも「選挙目当てのバラマキ」と映り、それらの批判に対して十分に国民の納得が得られる説明をすることはできなかった。国会の状況に加えて、世論の後押しもない状況では与党に政策を推進する力がないのは当然だ。
では、実際に「2万円給付」(一部は4万円給付)は霧消するのか。筆者は、国民が気になる点を複数の首相周辺に投げかけた。すると、少し間を置いて「現実的には難しいだろう」との答えが返ってきた。その理由は、やはり野党の協力が得られる見通しがないというものだ。
野党はいずれも減税の必要性を訴えた
今回の参院選で、野党は「給付」ではなく、「減税」が必要であると訴えた。立憲民主党と日本維新の会は消費税の「食料品0%」(2年)を掲げた。仮に実現した場合、想定される減収額は年間5兆円になると見込まれる。立憲は1人2万円の現金給付(財源は2兆5000億円)も掲げており、消費減税に必要となる財源としては「政府基金の取り崩し・外国為替資金特別会計」で対応するという。社民党、日本保守党も「食料品0%」の立場だ。
消費税を「5%」にすると訴えたのは、国民民主党と共産党。国民民主は実質賃金が持続的にプラスになるまで一律5%に下げ、共産党はまず5%に引き下げてから「廃止」とした。これには年間15兆円の財源が必要となる。れいわ新選組は「消費税廃止」と現金10万円給付を訴え、参政党は消費税の「段階的廃止」を掲げた。廃止に必要となる財源は年間で約30兆円になる見込みという。
「減税」は国民の声ということになる
だが、これらの裏打ちとなる財源はバラバラと言える。れいわ新選組は10万円給付と消費減税の財源として「大企業増税・赤字国債の発行」をあげている。立憲は現金2万円給付を「予備費・政府基金の取り崩し」で賄うとした。維新や国民民主党は「税収の上振れ」、共産党と社民党は「大企業・富裕層増税」で実現可能と訴えた。議席を大幅に増やした参政党は、30兆円の財源は「赤字国債の発行」で対応するとし、食料品の消費税率を恒久的にゼロにすると掲げた日本保守党は経済成長による税収増を充てるとした。
直近の「民意」ということならば、「減税」は国民の声ということになる。衆院でも参院でも少数与党になった石破政権は、野党が一丸となって「減税」するよう突きつけていけば最終的に飲まざるを得ない。ただ、石破首相は投開票日(7月20日)の夜、フジテレビの番組で「(消費減税の)社会保障の財源は一体どこから持ってくるのか。恒久的な財源として確保できなければいけない。社会保障をないがしろにしてはいけない」と否定的な考えを示している。
立憲民主党と協力はできるのか
一見すると、立憲民主党も公約に「食卓おうえん給付金2万円」を盛り込んでいるため、与党と同じように見える。だが、野田佳彦代表は6月25日、共同通信などのインタビューで自民党の公約に関し「ちゃんとした制度設計をしていない。愚策だ」と批判した。その理由は、立憲民主党は公約で来年4月からの食料品の「消費税率ゼロ」を明記し、実現までの当面の策として国民に一律2万円を現金給付するというものである。財源の隔たりや消費減税に加えて、「給付付き税額控除」導入というハードルは、自公両党にとっては高いものがある。
石破首相は、立憲民主党とは「重なる部分がある程度ある」として物価高対策での折り合いに期待するが、そう簡単な話ではないだろう。立憲の野田代表が7月21日の記者会見で「10月1日からでも実施みたいな成功体験をもちたい」と意気込みを見せたのは「ガソリン税の暫定税率廃止」だったからだ。臨時国会が召集された8月1日、与野党6党の実務者はガソリン価格を引き下げる措置の協議をスタートさせた。立憲、維新、国民民主、共産、参政、日本保守、社民の野党7党は先の通常国会で廃止法案を提出した経緯があり、今度は成立する可能性が高い。ただ、暫定税率廃止に伴う税収減は年間約1兆5000億円程度とされ、こちらを先行させれば「現金給付」の財源はさらに見つけることが難しくなるとの見方が広がる。
ガソリン減税だけで民意をすくい上げたと言えるのか
ガソリン税は揮発油に課されている「揮発油税」と「地方揮発油税」の総称で、本来の課税額(1リットルあたり28.7円)に暫定税率(1リットルあたり25.1円)が上乗せされている。ガソリン価格が高いのは、合わせて1リットルあたり53.8円の税が乗っているためである。この暫定税率部分がなくなれば、1世帯(2人以上)あたりの年間ガソリン購入費負担は1万円程度低くなると試算されている。特にマイカー利用者や商用利用が多い人々にとっては「減税」を実感できる策と言える。
だが、この程度のもので選挙結果である「民意」をすくい上げたと言われるのは心外でしかないはずだ。国民民主党の玉木雄一郎代表は「秋に基礎控除を上げれば年末調整に間に合う」として所得税減税を目指し、躍進した参政党の神谷宗幣代表は「減税をやって経済を回す」と大胆な経済政策の必要性をうたっている。
国のトップが約束した現金給付策が実現しないというのであれば、国民は何を信じれば良いのだろうか。家族で「うちはいくらもらえる」と算盤を弾いた人もいるだろう。一方、野党の減税公約に期待した人々も少なくないはずだ。それが実現することなく「言いっぱなし」で終わり、「財源ガー」「○○党の協力を得られなかった」とできない理由を重ねるだけでは政治不信は高まるばかりだ。与党はもちろんのこと、これからは多数派を形成する野党の責任も重い。