広陵暴行騒動、なぜ大手メディアは沈黙したのか…「朝日、毎日は主催返上せよ」高校野球、2つの深刻な矛盾“聖域的イベントの功罪”

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 高校野球の名門、広陵高校野球部が甲子園の出場を辞退した。ことの発端はSNSを起点とする告発である。今年1月に1年生部員が2年生部員4人から集団暴行を受けたという。被害を受けた生徒は3月末に転校した。そのことが世間の明るみに出たのは同校が広島県代表として甲子園入りしてからだ。全国紙で記者をしていたジャーナリストの長島重治氏が問題の本質を解説するーー。

目次

背景にある「高校野球」が抱える構造的な矛盾

 SNS上で拡散された広島県の私立広陵高校の野球部員による暴力事案は、夏の甲子園大会の期間中に同校が出場を辞退するという異例の事態に発展した。SNSでは真偽不明なものも含めて情報が次々と更新されていった一方で、大手メディアは沈黙を貫いた。なぜこのような事態に陥ったのか。背景にある「高校野球」が抱える構造的な矛盾を解明し、思い切った改革案を提示したい。

 広陵高校は春夏通じて53度の甲子園出場を誇る。そんな超名門校野球部で暴力事件が発覚したのだから大騒ぎだ。学校側の発表から経緯を整理したい。

 発端は今年1月22日。1年生部員が、寮内で禁止されていたカップラーメンを食べていた。それを理由に2年生4人が被害生徒の胸や頰をたたくなどの集団暴行を加えたという。

 今年3月に広陵高校はこの暴力事件を受けて、日本高校野球連盟から「厳重注意処分」を受けた。暴力を振るった側の2年生4人は1カ月間の対外試合への出場停止処分になった。一方で、被害を受けた生徒は3月末に転校し、野球も続けられなくなったという。被害生徒の保護者は学校側の報告内容に誤りがあるとして、学校側と協議を続けていた。

 この間、大会主催者である朝日新聞をはじめ大手メディアでこの問題が報じられることはなかった。広陵高校も無事に甲子園入りした。しかし、夏の甲子園大会が今月5日に開会すると再びネット上で様々な情報が行き交う事態になった。

 そんな渦中に広陵高校は7日の1回戦で、旭川志峯(北北海道)に3対1で勝利。2回戦で津田学園(三重)と対戦予定だった。しかしながら、1回戦が終わったあたりから、今度は「監督やコーチから暴力や暴言を受けた」とする別の告発がSNSで拡散していった。これによって、学校への抗議電話が殺到し、ネット上で寮への爆破予告まで出された。

大手メディアはなぜ沈黙したのか

 こうなるとエスカレートしていくだけだ。生徒たちの身の安全にもかかわるとして、広陵高校は9日に緊急理事会を開き、出場辞退を決めた。校長の堀正和氏は辞退の理由について、「被害生徒への対応が不十分だった」「SNS上の誹謗(ひぼう)中傷が大会運営に大きな支障をきたしている」などと説明し、生徒の安全を最優先に苦渋の決断を下したと述べている。

 これまでも高校野球を巡っては、先輩部員や監督、コーチらによる暴力やいじめなどの疑惑や事案があった。ただ、大会期間中に勝ち上がっている出場校が辞退するというのは史上初のできごとだ。SNSの影響が大きかった。逆に、沈黙を貫こうとした大手メディアへの不信も止まらないだろう。

 もちろん、新聞やテレビなどオールドメディアでは情報のウラを取る、という作業が欠かせない。SNS上では超高速で真偽不明な情報が行き交うため、そのスピードに到底追いつけない。ただ、問題はそれだけではない。「沈黙」には高校野球と大手メディアの間に構造的な矛盾があることも無視はできない。

「教育」と「ビジネス」という利益相反

 構造的な矛盾というのは一言でいってしまえば、高校野球には「教育」と「ビジネス」という利益相反があることだ。

矛盾①大会の主催者と報道機関が一体化している

 夏の甲子園大会は朝日新聞、春のセンバツは毎日新聞がそれぞれ主催している。主催者である新聞社にとっては企業ブランドを支えるビッグイベントだ。それぞれ地方支局やスポーツ部が総力をあげて各都道府県版やスポーツ面で大展開し、販売局はこの期間の部数アップに高校野球を利用してきた。さらに、主催する立場から批判的な報道すること自体が自己矛盾に陥るため、美談仕立てになりやすい。例えば、消耗品と言われる肩を壊すことにつながりかねない真夏の連投も「エース、チームのために奮闘」と置き換わる。本来のジャーナリズムが掘り下げるべきいじめや指導者による恒常的な体罰など裏側の闇を暴くような報道は明るみに出てこない限り、暴かれることはない。

 筆者も全国紙に身を置いていたため、高校野球の取材経験者だ。地方大会を東北地方と関西地方の2府県で、春と夏の甲子園もそれぞれ取材している。真夏の過酷な練習や監督への絶対服従の姿勢、旧日本軍のような先輩後輩の関係に嫌悪感を抱くこともあった。

構造的な「癒着」が高校野球と大手メディアにあるのは紛れもない事実

 一方で、まだ若手記者で年齢も近かったことから、部員と打ち解けていくと恋愛相談を受けたり、一緒に寮のごはんを食べたりしながら話すと、普通の高校生の素顔がそこにあった。甲子園を目指すような学校となると、灼熱(しゃくねつ)のなかで学ランを着て一糸乱れぬ応援団の立ち振る舞いや保護者たちの統率の取れた協力姿勢など、何度も感動をさせてもらったり、社会人として学ばせてもらったりしたことが多かったことも事実だ。自身の経験からも人間形成という教育に高校野球が一定の貢献があることまでは否定しない。

 ただ、それでも、構造的な「癒着」が高校野球と大手メディア、とりわけ主催者となる報道機関にあるのは紛れもない事実だ。それは私自身、そうした闇の部分には1行も触れてこなかったことからも明らかだ。

 こうした「矛盾」は新聞社に限らない。テレビ局も中継を担っているNHKや朝日放送(ABC)とは強い利害関係で結ばれている。スポーツ放映権は同じ野球でもメジャーリーグならNHKは推定値で毎年100億円以上払っていると言われている。高校野球はメジャーに劣らない高視聴率にもかかわらず、その放映権は「無料」だ。つまり、言い方は悪いが民放なら高校野球を流せば、スポンサーから入る広告料は丸もうけということになる。こうした「ビジネス」側面を隠すように「非商業」を貫く建前がもう一つの「矛盾」を浮き彫りにする。

「子どもたちの夢を壊すのか、努力を否定するのか」

矛盾②「聖域」化された国民的イベント

 高校野球は長年「青春」、「感動と美談の物語」と位置づけられてきた。この「感動と美談フレーム」は最強だ。テレビの「熱闘甲子園」では定番中の大定番だろう。

 仮に、問題意識をもったジャーナリストが批判的な取材や記事を準備しようとすると、必ずと言っていいほど、「子どもたちの夢を壊すのか」「子どもたちの努力を否定するのか」という批判にあうことになる。子どもたちにとっても批判はありがた迷惑かもしれない。丸坊主にして過酷な練習に弱音やゲロを吐いたとしても、将来のプロ野球選手を夢見るような生徒ならば、自らが所属する野球部への批判はそれこそ将来の夢を絶たれることになるかもしれないのだ。

 今回の広陵高校の一件もそうだったと断定しないが、こうした「構造」が大手メディアの報道姿勢に影響していることは自身の経験からいっても間違いない。それではどうするべきだろうか。

暴力事案に関係ない部員や生徒たちもたくさん傷つけた

 まず、矛盾①の解決手段だ。これは簡単だ。朝日新聞と毎日新聞は高校野球を報道する側にいたいのであれば、主催者をいますぐ降りるべきだ。これだけネットが発展した今の時代に、新聞メディアが主催しなくても運営体制に問題なんてない。今回の事案でも、高野連の会長と並んで朝日新聞社の角田克社長が会見していたが、視聴者は新聞社の社長が大会の会長という前近代的なあり方に違和感を感じなかったのだろうか。主催者でいる限り、批判は自社の事業への自己否定になるのでそこに説得力なんて生まれてくるはずがない。

 そして2番目に、「無料」という建前もやめるべきだろう。「学生野球の商業利用禁止」という昭和25年にできたカビの生えた「日本学生野球憲章」に縛られている。「70年以上前に作ったルールが時代に合っているのかどうか。今回の事案を契機に考え直すべきだ」(高野連関係者)。

 今回の件は、多くの暴力事案に関係ない部員や生徒たちをたくさん傷つけてしまった。事案それ自体や学校側の保護者への対応、SNS上の真偽不明な情報の数々については第三者委員会でしっかり整理するべきだ。ただ、それだけで終わらせてはいけない。今年で107回目を迎える夏の甲子園大会は、主催者と報道機関が一体化している問題や「非商業」という建前主義という大いなる矛盾を浮き彫りにした。これを機会に大手メディアは主催者返上など、抜本的な改革に取り組んでいくべきだ。

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この記事の著者
長島重治

ジャーナリスト。全国紙政治部記者として2000年代から第一線。首相官邸、主要政党を幅広く取材。複数の総理の番記者も経験。政治の裏舞台や政策の裏付けを精緻に分析する。新聞・メディア業界についても詳しい。趣味は寺社仏閣巡り。

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