エコノミスト「日本の危機はアメリカ次第」円はドル体制の安定性に組み込まれている

自国の経済悪化などを懸念し、安全な投資先を求めて資本を海外へ流出させる「キャピタルフライト(資本逃避)」。BNPパリバ証券経済調査本部長・チーフエコノミストの河野龍太郎氏によれば、日本でもキャピタルフライトは起こりうる可能性がある一方で、その深刻さは「アメリカ次第」と指摘する。なぜ円の暴落がアメリカの強さとつながっていくのか、河野氏とみずほ銀行チーフマーケット・エコノミストの唐鎌大輔氏が解説する。全3回中の第2回。
※本稿は河野龍太郎・唐鎌大輔著「世界経済の死角」(幻冬舎新書)から抜粋、再構成したものです。
第1回:なぜ日本だけ給料が上がらないのか?その答えは「ノルム」にあった!
第3回:賃金が上がらない日本と格差が広がるアメリカ、どちらが根深い問題なのか
目次
円の信頼性は高い
唐鎌:2022年3月に始まった円安局面において、日本でもキャピタルフライト(資本逃避)の懸念が断続的に見られます。河野さんは、日本でそれが起こる可能性はあると思いますか。
河野:キャピタルフライトの定義は難しいですが、グローバルな観点で、この問題を考えていきたいと思います。
中国経済の台頭やユーロ圏経済の拡大により、世界経済に占めるアメリカの比重は相対的に低下しています。
しかし、2000年代のグローバル金融危機の際、FRBが先進各国の中央銀行にドルを大量に供給し、「最後の貸し手」としての機能を果たしたことで、少なくとも今回のトランプ再登場までは、むしろドルシステムの安定性は高まった側面がありました。
このことは、円やユーロといった通貨が、ドルを中心とする国際金融システムにより深く組み込まれたことを意味しています。結果として、ドルという基軸通貨との結びつきが強まることで、円やユーロも国際通貨としての信頼性を高め、日本からのキャピタルフライトのリスクも抑えられている可能性があります。
唐鎌:日本やユーロ圏は緊急時にドルを無制限に調達できる状況にあり、そういった国の通貨だから信頼は高いという考え方ですね。
ドルシステムに深く組み込まれてしまった円
河野:アメリカ以外の先進国の金融機関は、アメリカの家計から預金を集めることができないため、国際金融市場でドルを借りて、それを世界各国に貸し出しています。日本の金融機関は、米国内の企業や家計にも貸し出しています。そのため、グローバル金融危機のような事態が起こると、国際金融市場では、ドルの争奪戦が始まることになります。
各国の中央銀行は、自国通貨であればいくらでも供給できますが、ドルは自国では発行できません。そこで、アメリカの中央銀行であるFRBが、日本を含む主要先進5カ国の中央銀行と、ドルと各国通貨を交換(スワップ)する仕組みを通じて、ドルを供給するわけです。
このようにして、FRBからドルを調達した各国の中央銀行は、自国の金融機関に、そのドル資金を貸し出すことができるようになります。この通貨の交換制度のことを「通貨スワップ」と呼びます。
つまり、グローバル金融危機の際に、FRBはこうした「通貨スワップ協定」を通じて、事実上、世界の中央銀行のような役割を果たしていたというわけです。
その後、2020年のコロナ危機に際して、FRBは、日本を含む主要5カ国の中央銀行に加え、韓国など新興国を含む9つの中央銀行とも通貨スワップ協定を結び、ドル資金の供給を行いました。
さらに、日本を含む主要5カ国の中央銀行とのスワップ協定については、無制限かつ無期限の枠組みへと拡大されました。これにより、これらの先進国の中央銀行は必要に応じ、FRBを通じて、無制限にドル資金を確保できる体制が整ったのです。
この点はあまり注目されていませんが、たとえば日銀やECBは、この通貨スワップ協定を通じて、ドルを基軸通貨とする国際金融システムを補完すると同時に、無制限のドル供給の恩恵も受ける立場になりました。つまり、円はドルに強く結びついた国際通貨としての地位を確保し、その結果として、円に対する国際的な信認も高まっている可能性があるということです。これが1点目の重要なポイントです。
唐鎌:スワップ協定を通じて、円がドル体制の安定性に組み込まれているということですね。ドルがアンカー(錨)の役割を果たしているというイメージに近そうです。
日本国債の格下げが円安とインフレを生む可能性
河野:はい。さて、仮に日本でキャピタルフライトが起きるとしたら、その引き金となるのは何か。財政面に関連して考えられるのは、大規模な地震などの天変地異や、地政学的リスクの発生によって、公的債務残高が一段と拡大するケースです。
そのような事態では、日本国債が格下げされ、長期国債が売られ始める可能性があります。しかし、日銀が長期国債市場に介入し、買い支えることで、急激な金利上昇をある程度抑えることは可能だと思われます。
ただし、ここで問題となるのは、長期金利が低く抑えられることでインフレが進み、実質金利が低下してしまうことです。その結果、円安がさらに進み、インフレと円安のスパイラルが進行するリスクがあります。
唐鎌:それは、まさに2022年3月以降に見られる現象に近そうです。
河野:はい。さらに、この点が重要だと思われますが、日本国債が格下げされると、同時にメガバンクも格下げされます。要は、国内において最も上位の格付けを持つ国債が格下げされると、日本国債の信用を基にビジネスを行うメガバンクも、同時に格下げを食らうわけです。
メガバンクは、国際金融市場でドルやユーロを調達して、それを原資に、アメリカやユーロ圏の長期国債に投資したり、新興国などの企業にドルやユーロで貸し付けたりしています。しかし、日本国債の格付けが引き下げられると、メガバンクも格下げされるため、ドルやユーロなどの外貨資金を調達する際に、リスクが高いと判断され、大きな上乗せ金利を課せられることになります。
一言でいえば、ドルやユーロなど外貨の調達が困難になるわけです。ドルやユーロの調達が難しくなると、メガバンクは外国為替市場で手持ちの円を売ってドルやユーロを入手する必要がありますが、そのことがさらなる円安を招く可能性があります。
唐鎌:国債格下げを通じて日本国内の金融システムが揺るがされるという経路は極めて重要ですが、案外、議論が深まっていない論点だと感じますね。少なくとも今、お話しされた「格下げ→円金利上昇→日銀の購入で抑制→円安」という流れは、いかにも起きそうな展開です。
結局は「アメリカ次第」
河野:現実には、メガバンクが外国為替市場で円を大量に売ることはないかもしれませんが、そうした思惑が為替市場に広がることで、円安が相当に進む可能性があります。
実際、1997年秋からの銀行危機のとき、メガバンクが外貨を調達しようとすると、大幅な上乗せ金利が課せられました。当時、この上乗せ金利は「ジャパン・プレミアム」と呼ばれていました。同時に、為替市場では、メガバンクが円を売って外貨を調達せざるを得なくなるという思惑から、急激な円安が進みました。
このように、キャピタルフライトが仮に起こるとすれば、日本の長期国債が叩き売られるのではなく、為替市場で円が叩き売られる事態となる可能性があります。これが2点目のポイントです。
最近、超長期金利が急騰しています。もしこの動きがさらに広がり、緊迫した事態に発展した場合には、日銀が介入し、大量の長期国債を購入することで金利の急騰を抑え込むことは可能です。しかしその代償として、超円安が進行する可能性がある、ということです。
ここからが3点目の論点ですが、1点目でお話しした通り、日本はFRBとの通貨スワップ協定を通じて、日銀が直接FRBから無制限でドル資金を調達できる仕組みが整っています。
この通貨スワップ協定が有効なら、理論上は危機が回避され、キャピタルフライトも避けられるかもしれません。しかし、実際にこの仕組みが有効性を持つかどうかは、アメリカ国内の政治情勢にも大きく左右されることになります。
唐鎌:危機の程度は、最終的にドル資金を供給できるアメリカ次第ということですよね。実にシンプルであり、まったくもってその通りだと思います。
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