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トランプ大統領の登場により世界秩序は不可逆的に変わってしまった…西洋近代が抱えていた根本的矛盾がむき出しになりつつある中、それでも石破首相に期待する理由

(c) AdobeStock

  7月の参院選で、自公連立政権に大変厳しい結果が出た一方で、一時は「泡沫政党」ともみられていた参政党が大躍進した。この政界の激動をどうとらえるか。

 数少ない日本人ムスリムにしてイスラーム法学の世界的権威である中田考氏が、国際情勢や宗教、思想などに対する深い知見から、日本、アメリカ、ひいては世界文明の今後を占うーー。

 みんかぶプレミアム特集「参政党が勝ち、リベラルが負けた理由」第4回。

目次

参院選で、日本の右傾化が鮮明になった…一方で世界では新たな思想潮流が続々と出現しつつある

 先ず事実を確認しよう。2025年7月20日の参議院選の結果(2025年7月20日)についてだ。

 自民党と公明党の与党連合は、改選125議席中47議席を獲得したが、参院全体では(自民党101公明党21)122議席と、過半数(124議席)を割り込み、1955年以来初めて国会の両院で過半数を失った。野党第一党の立憲民主党は38議席で増減なし、国民民主党は13議席増やし22議席、日本維新の会が2議席増の19議席、参政党が13議席増の14議席、れいわ新撰組が1議席増の6議席となり、日本保守党が2議席を獲得した。

 内外のメディアの報道の評価では、与党が両院で過半数を割ったことで政局が不安定化し、新興勢力がキャスティングボートを握り政界再編により分極的多党制に移行するが、極右の参政党、保守党、右派の日本維新の会が17議席を増やしたのに対し、(護憲、平和主義)左派の共産党と公明党が10議席を減らしており、日本の右傾化が鮮明になったと言われている。

 おおまかに言って日本の右傾化は否定しがたいが、そもそも左、右、リベラル、保守の意味はヨーロッパとアメリカでは大きく違い時代による変化も激しい。この半世紀の間にもアメリカを中心に1970~1980年代のネオリベラリズム(D.レーガン)、ついでリバタリアニズム、21世紀にはピーター・ティールやイーロン・マスクらのテクノ・リバタリアニズムと次々と新潮流が現われている。

ここであらためて、「55年体制」成立から高度経済成長、バブル崩壊までを振り返る

 第二次世界大戦敗戦後のアメリカの占領行政下で「自由民主主義」を教え込まれ(洗脳され)た日本であったが、大戦直後の東西冷戦、特に朝鮮戦争(1950~1953年)によって、アジアにおける反共の砦として位置づけられたことにより、「自由民主化」は棚上げされ中途半端なものに終った。かわって公職追放になっていた岸信介をはじめとする旧体制の要人らが政界復帰することになった。冷戦下の反共政策のもとで再評価され、1957年に首相となった岸は安保改定を強行し反共外交を推進した。岸らの復活は国粋主義・排外主義・権威主義・全体主義的傾向の再興を促し、日本の右傾化を制度的に定着させる契機となった。

 こうして日本では大日本帝国の遺物の国粋主義・権威主義・全体主義に対米追随の資本主義の接ぎ木された「ポチ右翼」と揶揄されるような雑多な利益集団を基盤とする派閥の寄せ集めのキメラのような与党「自由民主党」が、米国占領体制によって移植された自由民主主義と東側共産主義陣営の影響下の教条主義的共産主義を取り込み国民の不満にはけ口を与えるガス抜きの為の体制内批判勢力の万年野党第一党社会党が共生する「55年体制」(1955-1993年)と呼ばれる政治体制が成立した。

 この「55年体制」はまがりなりにも政治的安定を実現しGDP世界第二位の経済大国に成り上がり国際的にも「日本の経済的奇跡(Japanese economic miracle)」と呼ばれる発展をなしとげた。しかし石油ショックで失速した日本は貿易不均衡による日米貿易摩擦でジャパンバッシングを招いたが、1985年にはプラザ合意で円高に誘導されバブル経済に浮かれる日本は1989年に三菱地所が「アメリカの繁栄の象徴」ニューヨークのロックフェラーセンター・ビルの買収に乗り出すなどして、アメリカの逆鱗をかい、1991年の東西冷戦崩壊によって、左右のイデオロギー軸が消滅したことによって、ロシア、中国、ドイツと並ぶ仮想敵国として扱われることになり、日本経済は長期的停滞に入った。

 冷戦崩壊によるイデオロギー軸の消滅が「55年体制」のレゾンデートルを崩壊させたことで、長期的に凋落傾向にあった自由民主党と社会党の「1と1/2政党制」とも言われた「55年体制」は、1993年の非自民8党連立細川護熙政権成立によって最終的に終焉することになる。

2025年は、1993年の延長線上にある…進む社会の分断

 私見によると、2025年の参院選における政局の不安定化、リベラル派の退潮と排外主義的新興勢力の台頭による分極的多党制化などは、1993年の「1と1/2政党制」とも言われた「55年体制」の崩壊の延長上にある。

 そして選挙行動の社会学的、政治学的分析によると、その原因としては従来の政党の支持基盤であった労働組合、農協、業界団体、宗教団体といった中間団体、地縁・血縁コミュニティの衰退による有権者の個人化が進み、無党派層の動向が選挙結果を左右する流動的状況の常態化が挙げられる。またグローバリゼーションと新自由主義経済の浸透は、都市部と地方、富裕層と低所得層、正規と非正規、若年層と高齢層のあいだの経済的・文化的格差を拡大させ、大都市のグローバル志向、規制改革志向の上層階級の自由主義・リベラリズムと、地方の保守的な生活保障重視の庶民層のナショナリズム・排外主義という、従来の保革対立の枠組みに収まらないイシュー別・価値観別の分断を政治空間に持ち込むことになった。

 特に2000年代以降のインターネット、特にSNS(Twitter, YouTube, TikTok)の普及により、政党や政治運動がマスメディアを経由せず直接的に個人と接触できるようになった反面、情報のフィルターバブル、エコーチェンバー現象により、現実に触れる情報は実際には極めて偏ったものであるばかりでなく、その信念は増幅強化されることになる。その結果、陰謀論、フェイクニュース、誹謗中傷、キャンセルカルチャー、スラップ訴訟などを、それぞれの政党や政治運動などが支持者拡大の手段として乱用することになり、社会の分断が進み、社会的統合が脅かされることになる。

西欧由来の国民国家システムが揺らいでいる

 おおまかに言うなら、これらの現象は日本だけのものではない。むしろ日本はアメリカの後追いをしているのであり、管見の限り非欧米文明圏でも並行現象が見いだされる。それゆえ、ソーシャルメディア企業に対するニュースフィードや推薦アルゴリズムの仕組みの外部への開示、ヘイトスピーチやフェイクニュースの即時削除、機械的拡散を行うアカウントの検出と削除、本名登録制や電話番号認証の導入、メディア・リテラシー教育、成人への啓発プログラム、国際ファクトチェック・ネットワークの構築、多様な視点の確保、異なる立場の対話の促進、国際的な規範と制度の整備などが提案されている。

 しかしこれらの解決案は、すべてこのような発想、行動様式自体が、上記の諸問題を招いた原因そのもの、即ち19世紀から現在に至るまで政治、軍事、経済、科学技術、インテリジェンス、メディアなどあらゆる分野で覇権を握ってきた近代西欧世俗主義領域国民集権国家システムの支配層のルールメーカーたちの存在様式であることから、自分たちの既得権を手放さないために少しでもシステムの延命を諮ろうとの悪足掻きの弥縫策でしかないために、最初から破綻が約束されている。しかし、その根源的な批判は後に回し、先ずはそのような国際情勢における現在の日本の立ち位置と近未来に対する見通しを述べよう。

「なめられてたまるか」発言は、海外に驚きを持って受け止められた

 2025年8月20日現在、石破首相の去就は明らかではない。筆者は日本政治は専門外で、政界について公開情報以外の一次情報を持っていない。従って、個人的には中期的に石破が首相に留まるのが最善だと考えるが、それは筆者の期待であって予測ではない。

 筆者が石破を評価するのは偏に対米外交による。石破は2025年7月9日の街頭演説でトランプ米政権との関税交渉を巡って「なめられてたまるか」と述べた。この街頭演説の中での発言であったがこの言葉は英訳され世界中に報じられた。

 日本国内では対米関係を致命的に損なう大失言であるとの批判もあり、トランプ政権内にも強い反発があった。石破首相は腹心の赤沢経済再生大臣を特使として派遣した。赤沢は何度も渡米したが、米側との事前調整なしでも訪問した。赤沢外交は議題設定も合意文書の草案準備もなく正式な合意文書も作成せず、口頭合意と大統領令のみで行うとの石破首相の方針に従ったものであったが、それは事前に入念に調整して官僚が草案を作り正式文書にした上で署名する外交の慣行から大きく逸脱していた。

 石破発言は海外では、アメリカの属国の首相が敗戦後初めて宗主国に逆らったものとして驚きをもって迎えられたが、前例のないトランプ外交に戸惑いを隠せない世界の国々の反応は、日本の対米自立路線、トランプに対する独自外交を概して好意的に見守るものであった。結果的に石破外交は慣例を逸脱した独自外交で25%の関税を15%に引き下げる「ディール」に成功した。

「日本モデル」は海外でも注目されることに

 トランプ政権の 「経済優先」「防衛負担増」圧力への対応として、媚び諂った挙句に言うままになっただけの安倍元首相と違い、「ルールを変える。普通の人ではない」(2025年8月4日衆議院予算委員会)トランプに相応しいトランプ流に対応することで、日本が米国への貿易黒字を抱えたまま交渉を成立させた数少ないケースとして、EU/韓国/台湾などが類似の条約獲得を目指す際の「日本モデル」として注目されることになった。

   発動期限の7日の前に発表されたアメリカ側の関税率が日本の解釈と違っていたため、ディールのルールの変化を理解しない与野党の政治家や保守系メディア、論壇からは、「口約束」では合意の実現が危ぶまれるとの批判が相次いだが、EUに劣後しないことを心掛けて訪米した赤澤特使のディールにより、日本側の要求を通しトランプの修正と補償を引き出すことに成功した。

新しい「トランプ2.0」対策が出来る日本の指導者は、石破首相しかいない

 N.ルーマンが述べる通り、現代における法の正当化は、法が法として作動していること、法システム内部のコミュニケーションの連鎖そのものに自己準拠的に成立する。そして「トランプ2.0体制」においては外交的決定は議会の立法ではなく、SNSでのトランプの発言を契機とする非公式のディールのコミュニケーションの連鎖により大統領令で進行し、発令後も容易に修正変更が継続することが新しいルールとなっているのである。

 そこでは石破・赤澤コンビが行ったような密接なディールのコミュニケーション連鎖の密度こそが、日米両国の外交的・法的関係の強さの尺度となる。トランプとのゴルフの回数ではなく、非公式な専門的、技術的な交渉を粘り強く重ねることが、新しい対「トランプ2.0」対策なのであり、それができる日本の指導者は私見では石破しか存在しない。

トランプの登場により世界秩序は不可逆的に変わってしまった

 今日では世界中で多くの人々が資本主義の下で収奪され抑圧され先行きに強い不安を抱えて途方に暮れ、冷たい理知的な秀才や行儀の良い人間より、既存のルールを踏みにじることを厭わない野蛮で傍若無人な人間が生命力に横溢するように思いなして惹かれる現象が生じている。

 思想家内田樹(神戸女学院大学名誉教授)は、日本では古来、すさまじく力強く型破りなありさまを畏怖と称賛の念を込めて「悪」と形容してきたが、移行期的混乱においては、人々は無意識的に「悪に惹かれる」ものであり、その意味で現代は「悪党の時代」だと言う。慣例を意に介さず、都合の悪いルールを踏み越えてディールを自分の土俵に引き込むトランプは、不安に駆られ強さを渇望する大衆を吸着する「悪党」のアイコンであると言えよう。

 私見によると、「ルールを変える普通の人ではない」トランプの登場により、世界秩序は不可逆的に変わったのであり、元に戻ることはない。世界が新たな秩序を取り戻すか否かさえ不確定であるが、少なくとも今後四年間は世界はトランプ外交への対応を軸として動かざるを得ないことはほぼ確実である。

“高市首相”誕生に対する懸念

 既述の通り、筆者は石破首相の続投が、日本にとっても世界にとっても最善の選択であると信ずるが、その実現の蓋然性が極めて低いとすれば、論ずる意味はない。しかし現時点では、自民党内では石破おろしの声が強いにもかかわらず、毎日新聞の世論調査では、石破が次期首相候補の筆頭となっており、石破が首相を続ける可能性は開かれている。保守系の新聞の報道では、高市が筆頭となっている。両院で過半数を割っている自民党で、高市が首相になった場合には、分極的多党制の下で、参政党などの極右勢力がキャスティングボートを握り、国粋主義、排外主義的政権が成立する可能性が高い。

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この記事の著者
中田考

1960年生まれ。83年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。東京大学文学部宗教学宗教史学科(イスラーム学専攻)卒業。カイロ大学博士(哲学)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得。在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、同志社大学神学部教授などを歴任。著書に『みんなちがって、みんなダメ 身の程を知る劇薬人生論』(ベストセラーズ)、『宗教地政学から読み解くロシア原論』(イースト・プレス)、『13歳からの世界征服』『70歳からの世界征服』(共に百万年書房)などがある。

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