自民党参院総括文のトンチンカンな被害妄想…国民を侮辱!具体例なく「SNSのせい」経済政策の失敗、トップ責任も完全無視

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 7月の参院選で大敗した自民党。昨年の衆院選、今年6月の都議選に続き3回目の敗北に、石破茂総理の責任を求める声は大きい。しかし、石破総理は今も辞めずに総理大臣を進めている。そんな中で自民党は参院選の総括報告書をまとめた。報告書では4つの「主な敗戦の要因」、9つの「自民党離れを招いたと考えられる経緯と要因」などが書かれているが、石破総理含む党幹部の責任には一切触れられなかった。経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一は「政策の失敗を曖昧にし、有権者を侮辱している」と厳しく指摘する。「報告書は再生への第一歩ではなく、旧態依然とした党の体質を露呈したに過ぎない」。小倉氏が報告書の中身や問題点を詳しく解説していくーー。

目次

自己弁護に終始し、国民の経済的苦痛を軽視する姿勢

 自由民主党は2025年7月20日施行の第27回参議院議員通常選挙における歴史的敗北を受け、同年9月2日に総括報告書「国民政党としての再生に向けて」をまとめた。報告書は選挙区27議席、比例代表12議席の合計39議席という惨敗の結果を分析し、党再生への道筋を示そうと試みている。

 今回、「経済」の視点からこの報告書を精査すると、そこには自己弁護に終始し、国民の経済的苦痛を軽視する姿勢が透けて見えた。特に物価高対策の失敗を巡る弁明と、敗因をソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)に転嫁する論理は、党が直面する本質的な課題から目を背けている証左である。本稿は、報告書の原文を詳細に引用し、減税を拒否し現金給付に逃げた経済政策の欺瞞、SNSの影響力を根拠なく強調する責任転嫁の態度、この2点を徹底的に批判する。

 経済政策の失敗は、今回の選挙敗北における最大の要因であった。報告書は経済・暮らしの厳しさに対する認識不足を敗因の一つとして挙げる。報告書5ページには「政府与党の政策努力によって、長年の懸案であったデフレからの脱却が漸く現実味を帯び、賃上げと物価上昇の好循環があと一歩で実現する段階まできている」と自賛めいた記述から始まる。続いて「いわゆるコストプッシュ型インフレの波に晒され、実質賃金のマイナス傾向など国民所得の向上が物価高に追いつかない状況が継続している」と現状認識を示す。この記述は、物価高の構造を理解しているように見せかけながら、政策の失敗責任を曖昧にしている。

経済政策における最大の失策は

 実質賃金のマイナスが継続する状況は、国民生活にとって非常事態である。党はデフレ脱却を成果として誇るが、国民が直面するスタグフレーションのリスクを放置した事実は、政策運営の怠慢以外の何物でもない。世帯所得の中央値が1990年代から100万円程度低下したという深刻な事態を認めつつ、有効な対策を講じなかったことへの反省は全く見られない。

 党の経済政策における最大の失策は、減税を頑なに拒否し、最終的に現金給付という場当たり的な対応に終始した点にある。報告書では、物価高対策を巡る与野党協議の過程を振り返り、「わが党がいかなる減税にも抵抗する政党のような印象を与える結果となってしまった」と述べる。この表現は問題の本質を歪めている。「印象」ではなく、実際に党はあらゆる減税案に抵抗した事実がある。

この論理こそが有権者を侮辱するものである

 報告書は続けて「わが党は、責任政党として、将来の財政も鑑みながら、最終的に、賃上げが物価の上昇に追い付くまでのつなぎとして、現金給付案を公約に盛り込んだ」と正当化を試みる。この論理こそが有権者を侮辱するものである。経済学的な効果の序列は、恒久減税、一時減税、現金給付の順であることは自明である。最も効果が薄い現金給付を選択した理由は「将来の財政」への配慮だとするが、歳出削減という財源確保の努力を放棄した上での財政規律論は説得力を持たない。

 ネット上で「国民の暮らしより財政当局の顔色をうかがっているのではないか」という批判が寄せられたと報告書は認める。この批判は的を射ており、多くの有権者は、自民党の姿勢を国民生活への裏切りと受け取った。選挙直前まで給付金の決定が遅れた事実を「説明する姿勢・体制が取れず」と組織の問題にすり替えるが、本質は減税の優位性を無視した政策判断の誤りにある。

 有権者は、一時しのぎの給付金で懐柔できると見なされたと感じ、党への不信感を決定的なものにした。党が再生を目指すなら、まず行うべきは、公共事業の聖域なき見直しや行政改革といった歳出削減を断行し、その上で恒久的な減税を実現することである。報告書が言及する地方創生や経済安全保障といった政策も、国民の可処分所得を増やす減税という土台がなければ、絵に描いた餅に終わる。

客観的なデータや具体例もなく「SNSのせいだ」

 報告書が敗因分析で次に強調するのが、SNSにおける発信力の弱さと情報戦での敗北である。この主張は、政策の失敗という本質的な問題から国民の目を逸らし、責任を外部要因に転嫁するための巧妙なレトリックに過ぎない。報告書は8ページで「わが党の発信力の弱さが更なる敗因となった」と断じ、「ネット上のデマや誤情報への対応力の弱さも否めない」「第三者による切り抜き動画やデマ、誤情報などのネガティブ情報が急速に拡散した」と述べる。続けて「外国製Botの介入も指摘され、初めて本格的に情報戦の標的となった」とまで言及する。これらの主張には、客観的なデータや具体的な事例が一切示されていない。

 どのようなデマが、どの程度の規模で拡散し、投票行動に何パーセントの影響を与えたのか。どの国のどのようなBotが介入したのか。根拠なき主張は、単なる被害妄想であり、敗北の言い訳でしかない。党の政策決定が二転三転した事実を棚に上げ、それを批判するネット上の声を「デマ」や「ネガティブ情報」と一括りにするのは、言論を封殺しようとする意図さえ感じさせる。

SNS頑張れば次の選挙には勝てるかのような短絡的思考

 報告書は改善策として、SNS体制の抜本的な強化を詳細に提案している。「世論調査やSNS分析を通じて国民の関心や意識の変化をリアルタイムで把握し、発信内容を柔軟に調整できる仕組みを整える」「国会議員、地方議員、支部長、候補者、党員も巻き込んだ拡散体制を構築する」といった対策が並ぶ。あたかもSNSでの発信力を高めさえすれば、次の選挙に勝てるかのような短絡的な思考が露呈している。

 例えば、SNSでの発信力で知られる日本維新の会の音喜多駿氏が選挙で落選したという事実は、SNSでの影響力が必ずしも得票に直結しないことを物語っている。有権者は発信の巧みさではなく、政策の中身を見ている。減税を拒否し、国民生活を圧迫する政策を掲げたまま、いくらSNSでの発信を強化したところで、国民の共感を得ることは不可能である。むしろ、不人気な政策を強弁すればするほど、ネット上での批判は増幅され、ネガティブな拡散を招くだけの結果に終わる。報告書は「悪質なBotや誹謗中傷、虚偽情報への対策強化」を訴え、政府やSNS運営企業との連携を検討すると述べる。

旧態依然とした党の体質を露呈

 この姿勢は、自党に批判的な言論を「悪質」と断罪し、SNSユーザー全体を潜在的な攻撃者と見なす危険な兆候である。党が取り組むべきは、デマの影響を定量的に分析し、具体的な根拠に基づいて反論することである。根拠を示さずにBotやデマを敗因に挙げる行為は、SNSユーザーに対する不当な攻撃であり、国民との対話を拒絶する態度に他ならない。

 この総括報告書が示す自民党の姿は、国民の経済的苦痛に真摯に向き合うことを怠り、政策の失敗をSNSという外部要因のせいにして反省を回避する組織である。減税という最も有効な物価高対策を拒み、財政規律を錦の御旗に国民へ痛みを強いる一方で、敗北の責任はネット空間の「デマ」や「Bot」に押し付ける。この自己欺瞞に満ちた姿勢こそが、有権者の信頼を失った最大の原因である。党の再生は、SNSでの発信テクニックを磨くことでは成し遂げられない。痛みを伴う歳出削減を断行し、国民の可処分所得を増やすための恒久減税を実現するという、経済政策の抜本的な転換から始めなければならない。国民の声に耳を傾け、データに基づいた冷静な自己分析を行う。その地道な努力なくして、国民政党としての信頼回復はあり得ない。報告書は再生への第一歩ではなく、旧態依然とした党の体質を露呈したに過ぎない。

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この記事の著者
小倉健一

1979年生まれ。京都大学経済学部卒業。国会議員秘書を経てプレジデント社へ入社、プレジデント編集部配属。経済誌としては当時最年少でプレジデント編集長就任(2020年1月)。2021年7月に独立。現在に至る。 Twitter :@ogurapunk、CONTACT : https://k-ogura.jp/contact

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