もしあなたが“草津町長”になったら裁判にいくら金がかかるのか…性加害していなくても覚悟するべき驚きの額「もし録音なかったらどうなる?」

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 2025年9月29日、群馬県草津町の元町議である新井祥子被告に対して、前橋地裁は懲役2年執行猶予5年を言い渡した。判決では「虚偽の申告により町長を強姦犯として刑事処分にかけようとした」と認定された。判決理由には“社会的に重大な影響を与えたことは否定できない”と明記されている。虚偽の性被害によって町長だけでなく、草地町全体の評判を落としたこの問題は日本社会に大きな影響を与えた。町長は被告とのやりとを録音していたから良かったものの、もし自分が町長と同じような被害を受けたら……。ゾッとする人は多いだろう。何もしていないのにある日突然、性加害者として批難される。では、そうなった場合、自分の汚名を晴らすためには、一体いくらかかるのだろうか。名誉毀損裁判を多く抱えていたNHK党の元公設秘書で、コラムニストの村上ゆかり氏が語るーー。

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身柄拘束なくても、性犯罪の否認を争うなら100万円以上に

 世論、少なくともSNS上ではこの裁判の判決に批判的な声が多く出ている。

 虚偽告訴罪については刑法172条で「3月以上10年以下の拘禁刑」、名誉毀損罪については刑法230条で「3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金」と定められ、執行猶予は刑法25条で「3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金の言渡しを受けたとき」に適用することができると定められている。これら刑法の枠組みの中で、今回の判決は2年の懲役刑が執行猶予付きとなった。この判決が「軽すぎるのではないか」と感じた国民は少なくないのではないか。 

 刑事弁護費用は重い。弁護士ドットコムによると「着手金20万〜50万円、報酬金20万〜50万円、接見や実費を含めると60万〜160万円程度」とされている。性犯罪を否認して争う場合は長期化し、100万円を超える可能性が高くなる。逮捕や勾留があれば、120万〜200万円に膨らむこともあり得る。

 身柄拘束された場合はその損失も大きい。刑事補償法による補償額は1日あたり1000円以上1万2500円以下と定められている。例えば20日間勾留されれば補償は最大25万円にとどまるが、この補償額では月収額を十分に補償できるとはとても言い難い上に、身柄拘束による信用失墜の損害も考慮する必要がある。

 名誉回復のための民事訴訟を行う場合もあるだろう。

草津町長は賠償を勝ち取ったが、費用を時間を考えると……

 判例時報ではネット上の名誉毀損慰謝料の目安を10万〜50万円、事業者で50万〜100万円と示されている。だが、弁護士費用は原則自己負担である。草津町長は165万円の賠償を勝ち取ったが、複数回の裁判を経て勝訴しており、費用や時間を考えれば賠償額で利益が出たかは極めて疑問である。 

 虚偽の性加害告訴による被害者の被害は総額を推計すると、逮捕なしの短期収束でも約90万〜150万円、ネット拡散があれば約200万円、逮捕や勾留を伴えば約180万〜300万円、起訴され無罪まで争えば約250万〜500万円。著名人や自営業者では契約解消や営業停止で1000万円を超える損失が発生する恐れも十分に考えられる。

 さらに、精神的負荷も計り知れない。新聞やネットに名前が載れば「加害者」という烙印が残る。被害者本人だけではなく、家族等に影響が及ぶ恐れもある。日本犯罪社会学会の研究では「無実を主張する被告人は絶望感と孤立感に苛まれ、不眠や摂食障害、依存症の発症が多い」と指摘している。アメリカのイノセンス・プロジェクトも「無罪を得てもトラウマが残り社会復帰は困難」と報告している。

そもそも失うの金だけじゃない

 虚偽の性加害告訴を受けたとき、個人に襲いかかるのは金銭的な損失だけではない。弁護士費用や逸失利益に加え、名誉の喪失、社会的信用の崩壊、そして長期にわたる精神的負荷が伴う。草津町事件はその実態を可視化する事例であり、虚偽の性加害告訴が社会に与える被害を検証するうえで象徴的である。

 今回は主要な新聞やテレビが「町長の性加害」を前提に報じ、電子書籍やネット記事、SNS等を通じて虚偽情報が拡大し、町長だけでなく草津町全体の名誉が大きく損なわれた。町長個人の評判だけでなく草津温泉という地域ブランドそのものにも傷がついた。虚偽は瞬時に全国規模で広まり、最終的に刑事裁判で虚偽と認定された後でさえ、ネット上には当初の報道や投稿が残り続けている。インターネット社会では一度拡散された情報は容易に消えず、虚偽告訴による被害は従来よりも格段に大きくなっていると言えるだろう。

 法務省が公表している犯罪白書によると、初犯の名誉毀損事件や、虚偽告訴罪において執行猶予が付くケースは多い。

虚偽告訴等の有罪判決、約7割が執行猶予付き

 2023年版犯罪白書では「虚偽告訴等で起訴された被告人のうち有罪判決を受けた者の約7割が執行猶予付きであった」と記されている。判例の傾向を見ても、例えば、最高裁判所判例集に掲載されている下級審判例では、虚偽の強姦被害を訴えた事案で懲役2年執行猶予4年とした例がある。過去の判例の水準を踏まえると、今回の前橋地裁判決は判例水準から大きく外れてはいるわけではない。執行猶予は再犯の可能性が低いと判断された場合に執行猶予が利用され、初犯かつ社会的制裁をすでに受けている場合は適用されやすい。

 日本の裁判所は「量刑の公平性」を重視し、過去の判例や量刑データベースを基準に判断されている。たとえば似た万引き事件である人は1年、別の人は5年と極端に違っていたら不公平だと感じる。この公平性を保つために「これまで虚偽告訴は2〜3年程度が多かった」とすれば、その枠内で判断する傾向が強まる。この点を海外と比較すると、例えばアメリカや欧州の一部では判例よりも裁判官の裁量を広く認め、社会状況の変化に応じて量刑を引き上げやすい。日本では虚偽告訴罪は最大10年の懲役を認めており、重く処罰することは制度上可能である。しかし日本は判例拘束性が強いことから社会の変化を反映した重罰化が進みにくく、その結果、今回の求刑は懲役2年となり、裁判所はそれを超える実刑を科すことはせず、検察の求刑をそのまま採用し、刑期で執行猶予を付けたと考えられる。

録音がなければ真実の立証は困難だったかも

 しかし、草津町事件のように地域全体の名誉を傷つける事案を従来と同じ相場で処理すべきではないのではないか。裁判所が判例に縛られすぎず、現行法の幅を最大限に活用する姿勢が求められる一方、日本において裁判所が独自に相場を変えることには限界があるだろう。過去判例に沿わない量刑は控訴審で覆るリスクがあり、個々の裁判官が踏み込むことは難しい。立法府は今回の事件とこれらの事情を踏まえ、量刑判断に関する議論を深めるべきではないか。

 今回の草津町事件では録音データの存在が大きかった。通常、性加害の場面をあらかじめ録音しているケースは極めて稀だろう。しかし、録音がなければ黒岩町長の性加害はなかったという真実の立証は困難であったかもしれず、録音がなければ黒岩町長や草津町は今も無実の罪に苦しんでいた可能性がある。

裏付けなしに一方的に加害者と断じてはいけない

 虚偽の性加害告訴をされた被害者は「性加害の事実がない証明」という極めて難易度が高い立証を迫られる。

 問題はそれだけではない。虚偽の性加害告訴は、本当に性被害を受けた、性被害者にとって最も深刻な障害となる。今回の虚偽の性加害告訴事案が報じられたことで「性被害は虚偽かもしれない」という社会の疑念を恐れて、本来声を上げるべき人が沈黙を選んでしまう恐れがある。虚偽の性加害告訴は真の性被害者にとって、声を上げる環境を破壊する大きな障害となる。草津町事件は個人間の争いに留まらない、日本社会全体の信頼を揺るがす深刻な犯罪の一例だとわかる。

 今回の草津町事件で得る教訓は他にもある。社会全体を担う私たち一人ひとりが情報を冷静に受け止める態度、つまり、情報に触れるとき、確かな裏付け情報を待たないまま一方的に報道された人を加害者等と断じない意識を持つことである。推定無罪は司法の原則であると同時に、私たち国民一人ひとり、日本社会が共有すべき「常識」と捉えることでもある。

マスメディアも「町長の性加害」という前提で論じた論調が少なくなかった

 草津町事件では、被害を訴えた新井氏の主張を一方的に信じ、草津町長を非難したり政治的責任を問う声があふれた。マスメディアも「町長の性加害」という前提で論じた論調が少なくなかった。そのため町長や町の名誉はさらに大きく傷つき、虚偽が明らかになった後もその影響は完全には消えていない。マスメディアを含めた当時の批判者は謝罪する者も、謝罪しない者もおり、謝罪しない者に対してそれなりに批判が寄せられている。しかし、気を付けなければ、今後生まれた新たな虚偽を信じ込んでSNS等で拡散することで、私たち自身も草津町事件同様に被害者等を追い込んでしまうかもしれない。

 真の被害者を守りつつ虚偽を防ぐためには、無条件の信頼と過度の疑念、どちらにも偏らない姿勢が求められる。マスメディアが、有名人や専門家が、思い込みで語っていないとは限らないーーーそう疑う姿勢が必要なのである。草津町事件で虚偽が立証されたのは録音データ等の「たまたま」があったからにすぎない。この危機感を忘れず、情報に対し冷静に向き合う態度を持つことが、虚偽告訴から社会を守る第一歩となる。筆者も、真の被害者を守る社会づくりを担う一員として、この教訓を深く胸に刻みたい。

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この記事の著者
村上ゆかり

コラムニスト。浜田聡前参議院議員の公設秘書を約4年半務め、主に政策調査を担当。1児の母。参院選愛知県選挙区にNHK党公認で2回出馬。人材業界や広告業界、保育業界等で主に営業企画職、人事マネージャー職を経験。アンガーマネジメント講師。

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