佐々木恭子アナ「時代に逆行」高市「働いて働いて」発言批判…「まじめに努力した人が報われない社会にしたいのか」元リク・コラムニスト

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 10月4日、自民党総裁選の決選投票で第29代総裁に選ばれた高市早苗氏の発言「馬車馬のように働いてもらう」「ワークライフバランスという言葉を捨てる」「働いて働いて働いてまいります」について賛否が分かれ話題になっている。例えば、佐々木恭子アナウンサーはキャスターを務める「サン!シャイン」(フジテレビ系)で、「企業も本当に多様な価値観の働き方を実現するために管理者たちは必死なんで、『えぇ、ガクッ』とはきました。時代に逆行だなって」と発言した。こうした声あがるなか、元リクルート社員でコラムニストの村上ゆかり氏は一部の批判に対して「労働意欲や社会的責任感まで否定してしまうことにつながる」と指摘する。村上氏が詳しく解説してく――。

目次

文脈を踏まえれば、党再生への強い決意を語る中での発言

 高市早苗総裁の発言を巡っては、10月6日に出された過労死弁護団全国連絡会議の声明では「古い精神主義の復活。懸命に働く意図でも、法律をないがしろにする問題発言」等と批判した。過労死遺族団体も「過労死の悲劇を軽視している」と指摘している。SNSでは「ブラック企業のようだ」「ワークライフバランスを否定する首相は時代錯誤」という投稿が数十万回拡散された。労働問題弁護士の佐々木亮氏はYahoo!ニュースで「長時間労働を正当化する発言であり、現実を無視している。女性の権利や健康を軽視する危険なメッセージである」と述べている。

 この批判の背景には、日本社会の労働実態がある。厚生労働省の「過労死等防止対策白書(令和5年版)」によると、過労死・過労自殺の労災認定件数は年間約500件前後で推移している。OECDの「Employment Outlook 2023」は日本の平均年間労働時間を1,607時間と報告しており、主要先進国の中では依然として長い部類であり、特に教育や医療分野では、実労働時間が法定上限を超えている事例が多数報告されている。高市氏の発言は単なる意気込みとして受け止める層もあったが、多くの批判はそれを「時代に逆行する」「健康を軽視する」「女性リーダーとして不適切」と断じた。

 高市氏の発言は、前後の文脈を踏まえれば、党再生への強い決意を語る中で「自らも含めて全員が危機を乗り越えるために懸命に働く」という意味で述べており、「自民党の内部改革と危機克服」に発言の軸が置かれていたが、報道やSNSの多くは高市氏の発言を「社会全体への長時間労働奨励」として拡大解釈し、「ワークライフバランス」という言葉を持ち出して、「時代遅れの精神主義」だと批判した。

 ワークライフバランスの定義は本来、「仕事と生活を両立するために、個人が望む比率を自分で選べる自由」である。

国際労働機関「仕事と私生活の時間配分を自分で決める自由」

 ILO(国際労働機関)が2005年に出した報告書「Decent Work and Work–Life Balance: An Overview」(ディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)とワークライフバランスの概説)には「Work-life balance policies aim to give workers more control over how they divide their time between paid work and personal life.(ワークライフバランス政策の目的は、労働者が仕事と私生活の時間配分を自分で決める自由を得ることにある)」と記されている。

 つまり、ワークライフバランスとは、国家や社会が、work(仕事)とlife(私生活)の「理想のバランス」を押しつけるものではなく、自らがそのバランスを自由に決めることができるということである。しかし日本では、国や行政が月や週に働くことができる時間を制限し、「定時退社」「時短勤務」「余暇確保」を制度化した。この結果、ワークライフバランスという言葉の定義が歪められ、本来のワークライフバランスにあった自由の概念は失われた。高市氏の発言で「ワークライフバランスの否定だ」という批判が起こるということは、一見すると正しそうに感じるが、根本的には「ワークライフバランスという言葉の定義が歪められている」実態を証明したに過ぎないのではないかと筆者は考える。

本人が「自分で選んでいる」と感じる場合はストレスが低い

 過労死の防止は当然の使命である。人の命と健康を守ることは政治の根幹である。だが、長く働くことそのものが悪いという価値観は、必ずしも科学的にも倫理的にも正確ではない。国際的な研究では、働き方の多様性が心身の健康を左右するという知見が多数報告されている。

 オランダのライデン大学の研究者カーストン・デ・ランゲらの労働時間と健康リスクの関係を分析した研究(Working time, work characteristics, and well-being: A longitudinal study、2018年)では、「長時間労働が幸福感に与える影響は、仕事の裁量と回復機会によって大きく変わる」と述べている。単に長時間働いたかどうかではなく、どのように働いたか、どのように休めたかが重要ということであり、過労死を招くのは「時間」ではなく「自由の欠如」である。

 オーストラリアのクイーンズランド大学の心理学者ジョナサン・アーノルドらは、2020年の研究で「ワークライフバランスは時間の配分ではなく、自分の裁量と社会的支援の認知によって決まる」と述べており、同じ労働時間でも、本人が「自分で選んでいる」と感じる場合はストレスが低く、強制的に働かされていると感じる場合はストレスが高まることを示している。

国の制度は労働時間の規制に偏り過ぎている

 過労と健康の関係を正確に理解するためには、個人差という視点が欠かせない。アメリカのカーネギーメロン大学の研究者シェルドン・コーエンは2016年にストレスによる身体的影響の違いを「慢性的なストレスに対する生理的反応は、遺伝、生活習慣、社会的支援によって個人差が大きい」と説明している。「働いて働いても壊れない人」と「少しの負荷でも体を壊す人」という個人差があることは前提に置かなければならない。それに対し、現在の労働に関する国の制度は労働時間の規制に偏り過ぎているのではないか。労働時間の一律規制はわかりやすい対処策だが、労働時間だけを規制していくら制度と整えた気になっても、根本的な過労死という問題は解決せず、働ける人の働く自由を奪うだけではないか。

 過労死弁護団は声明で高市氏の発言を「古い精神主義の復活」と批判した。この批判によって勤勉を誇りとする文化、つまり労働意欲や社会的責任感まで否定してしまうことにつながる恐れがあるのではないか。努力や働くことを称え、「まじめに働く人が相応に報われる文化」と、過労を強いる制度は全く別の論点である。この区別を曖昧にしたまま批判を広げることは、社会全体が「まじめに努力した人が報われない社会」を目指すことにつながるかもしれない。本来は「長く働くこと」も「短く働くこと」も等しく尊重すべきであり、長く働くことが悪である、という考えがワークライフバランスではないのだ。

なぜ日本に長く働く=悪という概念が生まれたのか

 なぜ日本に長く働く=悪という概念が生まれたのか。それは、日本社会には「みんな同じように頑張る」という文化的圧力が根本的な要因ではないか。東京大学社会心理学研究室の調査「日本人の同調傾向とストレス反応」(2022年)では、「同調傾向が高い人ほど、過剰な自己犠牲を伴う働き方を選びやすく、健康リスクを高める傾向がある」と記されている。この構造を変えない限り、真のワークライフバランスも、真の健康社会も実現しない。高市氏の発言の批判者は皆「ワークライフバランス」という言葉のもと、一方的なイデオロギーの主張で終始し、この本質論に届いていない。そもそも、国や行政が個人の価値観に介入し「理想的な仕事の在り方」を定義し規制すること自体が危険なことではないか。稀に、効率よく成果を出すために用いられる「残業ゼロ」「短時間勤務」は一定の合理性があるが、それも企業と労働者間の問題であり、国や行政の規制強化だけに頼っては本質的に何も変わらない。

働く自由を尊重するためには、国の経済再生が欠かせない

 日本社会では「頑張る人」と「休む人」が対立構造で語られることが多いが、働くことと休むことは本来、補い合う関係にある。十分に働く自由があるからこそ、休む価値が生まれる。十分に休む自由があるからこそ、働く力が戻る。アメリカ心理学会(APA)でも「働き方の柔軟性と個人の選択を認める組織ほど、生産性が高く、燃え尽きが少ない」と報告されている。自由を尊重することは、単なる人権論ではなく、社会の持続性を高める経済戦略でもあるということだ。

 働く自由を尊重するためには、国の経済再生が欠かせない。国の経済が回れば、雇用が安定し、賃金も上がる。生活の不安が減れば、人は自分の働き方を選びやすくなる。税収が増えれば、社会保障負担や税金の軽減も可能になる。国民の負担が減れば、生活に余裕が生まれ、働き方を選びやすくなる。経済が弱いと、企業は人を減らし、残った人が長く働く。生活を守るために無理を重ねる。社会保障費が増え、税負担も重くなり、暮らしに余裕がなくなる。経済の力は、ワークライフバランスを支える極めて重要な基盤であり、働き方を選ぶ自由は、経済の強さと財政の安定に支えられている。

 高市総裁の経済政策がどのような成果を上げるかはまだわからない。だが、成長と負担軽減の両立が実現すれば、国民の生活は安定し、自由な働き方が広がる。高市総裁には、経済再建と国民負担の軽減が国民のワークライフバランスの実現を大きく後押しすることを踏まえて、自らのワークライフバランスのもと、日本国民の安定したワークライフバランスが実現するための政策の実行を、筆者は強く期待したい。

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