「資本主義は効率的」は根拠のない神話だ…斎藤幸平氏が語る“日本を覆う絶望”の正体 なぜ社会に必要な仕事ほど低賃金なのか

なぜ、これほど懸命に働いても私たちの生活は楽にならず、社会は閉塞感に覆われているのか。多くの人が「意味のない仕事」に疲弊する一方、物価や不動産価格は高騰し、将来への不安は増すばかりだ。経済思想家の斎藤幸平氏は、この「静かな絶望」の根源は、経済成長を至上命題とする現代資本主義の構造的欠陥そのものにあると指摘する。
社会に不可欠な仕事ほど低賃金である一方、一部の富裕層による投機的なマネーゲームが社会のリソースを独占してしまうのはなぜなのか。なぜ人々の不満は根本的なシステム批判に向かわず、自己責任論や排外主義に吸収されてしまうのか。同氏に詳しく話を伺った。全3回の第1回。みんかぶプレミアム特集「資本主義は人を幸せにできるのか」第8回。
目次
日本を覆う「静かな絶望」の根本的な原因とは
現代の日本、そして世界全体には、一種の閉塞感が漂っています。毎日懸命に働いているはずなのに、生活は一向に楽にならない。むしろ、物価は上がり、将来への不安は増すばかりです。東京都心に目を向ければ、マンション価格は高騰を続け、もはや一般のサラリーマン家庭が住める場所ではなくなりつつあります。多くの人々が郊外へと追いやられ、長い通勤時間に身をすり減らしています。
その一方で、私たちは日々、どこか「意味のない仕事」に追われていると感じてはいないでしょうか。延々と続く会議、作成する意味があるのか分からない資料、本質的ではない社内調整……。こうした感覚は、決してあなた一人だけが抱いているものではありません。
なぜ、今の社会ではこれほどまでに人々は豊かさを実感できず、誰もが疲弊しているのでしょうか。私は、その根源には現代の「資本主義」というシステムそのものに横たわる、構造的な問題があると考えています。きょうは、私たちが直面している問題の正体を探り、その先にあるオルタナティブな社会像、すなわち「脱成長」への道筋について、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
なぜ「社会に必要な仕事」ほど低賃金なのか
まず、私たちの「働き方」から見ていきましょう。人類学者のデヴィッド・グレーバーが提唱した「ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)」という概念は、現代社会の本質を鋭く突いています。
最近、コメ不足で農家の苦境が話題になったり、運送業や介護の現場で深刻な人手不足が叫ばれたりしています。これらの仕事は、私たちの社会が機能するために一日たりとも欠かすことのできない「エッセンシャル・ワーク」です。しかし、なぜこれらの仕事は人手不足に陥るのでしょうか。端的に言えば、労働条件が悪く、賃金が低いからです。社会にとって不可欠であるにもかかわらず、資本主義の市場においては「儲からない」仕事であるため、その評価が不当に低く抑えられてしまっているのです。
資本主義が生んだ“虚しいエリート”たち
その一方で、今の世の中で「高給取り」とされる人々の職業に目を向けてみましょう。例えば、コンサルティングファーム、投資銀行、広告代理店といった企業で働く人たちです。彼らは、グレーバーの言葉を借りれば、ブルシット・ジョブで働く人々の典型です。もちろん個々の仕事がすべて無意味だと言うつもりはありませんが、その多くは、新たな価値を創造するのではなく、既存の富をいかに移動させるか、どうやって人にもっとモノを買わせて金儲けをするか、といったゲームに終始しています。彼らは自分たちで何かを生み出しているわけではないにもかかわらず、莫大な報酬を得て、社会の貴重なリソースをいわば「無駄遣い」しているのです。
この倒錯した状況は、社会にとって不健全であるだけでなく、そこで働く人々自身の心をも蝕みます。グレーバーが定義するように、ブルシット・ジョブの最大の特徴は「やっている本人たちでさえ、その仕事に意味がないと感じている」点にあります。虚しさを感じながら、私たちは日々、意味のない業務に追われているのです。
「資本主義は効率的」は根拠のない神話に過ぎない
なぜ、このような事態が生まれるのでしょうか。それは、資本主義が「成長」を至上命題とするシステムだからです。