ChatGPTサム・アルトマンが警告「一部投資家は大金失う」AIバブルの”理性なき崩壊”はすぐそこだ…95%は未だリターンなし

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 市場は実体より資本の流れに敏感だーーその前提に立てば、足元は「AIバブル」とみる見方が優勢である。メガテックのデータセンター投資は桁違いに拡大し、他方で企業のAI導入は収益化が遅れ、機関投資家は「AI株のバブル」かつ「最大のテールリスク」と判断を強めている。技術が本物でも、制度設計が遅れれば価格は物語に先導されやすい。歴史の力学(過剰投資、崩壊、制度整備、黄金期)を踏まえ、何を先に整えるべきか。その本質と実務的含意を、日経新聞編集委員・小平龍四郎氏が分析するーー。

目次

生成AI関連株高は「プラザ合意型バブル」の再演か

 1985年9月22日、ニューヨークのプラザホテル。先進5カ国(G5)の蔵相と中央銀行総裁が顔をそろえ、ドル高是正のための協調介入に合意した。いわゆる「プラザ合意」である。米国の巨額な経常赤字、貿易不均衡、金利格差が世界経済の歪みを生み、通貨秩序を立て直すために結ばれた国際的な合意だった。

 だがこの一日は、日本経済にとって単なる為替政策の転換点ではなかった。後に「バブル経済」と呼ばれる資産価格の狂騰の起点であり、制度の未整備な資本市場がいかに熱狂を生み出すかを示す実験でもあった。市場に理性を求めても、それを支える制度がなければ、流動性は「物語」と結びつき、容易に肥大化する。40年後の今日、AIという新たな技術革命の下で、世界は同じ構図を再演しようとしている。

危機は機会に反転──現地生産・買収・再編が一気に進行

 プラザ合意以前、1ドル=240円台だった為替は、1年あまりで150円台にまで急騰。円高は輸出企業の採算を直撃し、トヨタや松下電器、川崎製鉄など、戦後日本を支えた輸出主導型の産業構造が根底から揺らいだ。

 しかし企業は、この危機をむしろ機会に変えようとした。現地生産への転換、海外企業の買収、事業再編と人員整理。こうしたリストラクチャリングが「円高に勝つ経営改革」というストーリーを市場に供給した。投資家はそれを未来の成長物語として受け止め、株価はうなぎ登りとなる。

 1985年9月の日経平均1万2733円は、1989年末には3万8915円に達した。わずか4年で3倍である。PERは50倍、PBRは4倍を超え、常識的な企業価値評価の範疇を超えていた。だが「成長ストーリー」があれば、どんな価格にも理屈をつけられた。理性が熱狂の手先になったのである。

証券が生んだ「ウォーターフロント相場」──臨海再開発の幻想

 1988年、日本証券経済研究所がまとめた「株価水準研究グループ報告書」は、日本株はまだ割安だと主張した。理由は、大企業が抱える不動産などの含み益を反映していないから。東京大学の経済学者や大手証券エコノミストが名を連ねたこの報告書は、「トービンのQ(Qレシオ)」を日本的に再解釈し、資産再調達価格に照らせば株価の上昇余地は大きいと説いた。

 同じ時期に証券会社が打ち出したのが「ウォーターフロント相場」だった。臨海部に工場を持つ重厚長大産業が、再開発を通じて都市型企業に変貌するという幻想である。

 川崎製鉄の八木靖浩社長は株価が1000円を突破した際にこう語った。「血みどろの努力でリストラを進め、ようやく株価も世間並みに。土地に担保力があるし、自社ビルでも持っていたらもっと評価されたかもしれないね」(日経産業新聞、1988年10月26日付)

 企業努力と土地神話が混然一体となり、資産価値の膨張が「成長の証拠」と錯覚された。市場の熱狂には、常に「根拠らしきもの」がある。そしてその根拠は、後から制度が否定するしかなくなる。

制度の不在が熱狂を許した…バブルは「人災」だった

 この時期、日本の株式市場の規模は世界最大級に膨らんでいた。だが、市場を監視し透明性を担保する法制度は驚くほど遅れていた。

 本格的なインサイダー取引規制が導入されたのは1989年4月、株価がすでに頂点を迎えていた頃だ。大量保有報告制度(5%ルール)の導入は1990年、証券取引等監視委員会の設立は1992年。いずれも熱狂の後始末に過ぎなかった。

 野村証券元副社長の橘田喜和氏はこう回想する。「日本の市場は巨大だったが制度は新興国並みだった。熱狂を抑える仕組みが存在しなかった」。バブルは自然現象ではなく、制度の不在という人災だった。

 そして今、舞台は通貨市場からテクノロジー市場へと移った。AI(人工知能)という「汎用技術」をめぐり、巨額のマネーが渦を巻いている。

 この点で、8月21日に英フィナンシャル・タイムズのイノベーション・エディター、ジョン・ソーンヒル氏が発表した論考「AI黄金時代の前に訪れる危機に備えよ」(“Brace for a crash before the golden age of AI”)は示唆に富む。以下、要約、引用する。

「一部の投資家は大金を失う」現場トップも認める過熱リスク

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 米グーグル、アマゾン、マイクロソフト、メタの4社だけで、2025〜26年の2年間にAI向けデータセンターへ計7500億ドル(約110兆円)を投じる計画だ。モルガン・スタンレーは、世界全体のAIインフラ投資が2029年までに3兆ドルに達すると予測している。

 だが、その投資は本当に回収できるのか。マサチューセッツ工科大学(MIT)の報告書によれば、AI関連投資を行った企業の95%が、いまだリターンを得られていない。オープンAIのサム・アルトマンCEOも「一部の投資家は大金を失うだろう」と述べ、AIバブルのリスクを暗に認めている。

 経済史家カルロタ・ペレスは『技術革命と金融資本』( Technological Revolutions and Financial Capital: The Dynamics of Bubbles and Golden Ages)で、18世紀以降の5つの技術革命がすべて「過剰投資→バブル→崩壊→制度整備→黄金時代」というサイクルを繰り返してきたと説く。AIはIT革命に続くものであり、現在は「バブル→制度未整備→不安定化」の最中にある。

「暴落なしに黄金時代を迎えるのを見たことがない。金融市場が機能不全に陥っている以上、AIバブルの崩壊はさらに大きな混乱を引き起こすだろう」。ペレス氏はソーンヒル氏にこともなげに語ったという。

 AI革命の特徴は、鉄道や電力のような「物理インフラ」ではなく、ソフトウエアとデータが中心にあることだ。ネットワーク効果によって一気にスケールし、法制度や規制が追いつく暇もない。ChatGPTは公開から3年足らずで週7億人のユーザーを獲得し、AIモデルの高度化は国家主導でも追いつけないスピードで進んでいる。

 そして今、そのスピードは地政学の領域すら揺さぶる。中国発の低価格AIモデル「DeepSeek」が登場した途端、米国市場では投資家心理が冷え込み、ハイテク株が大きく調整した。

 ペレスは言う。「革命を社会の利益にするには、市民社会が制度によってそれを形づくらねばならない」。19世紀の独占資本には反トラスト法、20世紀の大量生産社会には社会保障と労働規制が整備された。AI時代にも、アルゴリズムの透明性、データの所有権、そして国家と企業の責任分担を明確にする制度が求められている。

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制度が追いつかなければ、行き着く先は「理性なき崩壊」

 現場の投資家も、このリスクを肌で感じ始めている。

 バンク・オブ・アメリカ(BofA)が2025年10月に公表したグローバル機関投資家調査(3〜9日実施)によれば、投資家は一段と強気に傾く一方で、AI関連株に対して「バブル期にある」との見方が過去最高の54%に達した。世界の株式全体が割高とする回答も記録を更新した。

「AI株のバブル」が「テールリスク(想定外の大きな下振れ要因)」とされた割合は33%と、インフレ再燃やFRBの独立性喪失を上回って初の1位となった。実際、AI企業を中心としたハイテク株に集中投資が続く中、ちょっとした悪材料で数兆ドルが吹き飛ぶ脆弱な相場構造が露呈しつつある。

 2020年代のAIバブルも、同じ轍を踏む危険をはらむ。もし制度の整備が追いつかず、倫理と公共性のない資本の暴走が続けば、その果てにあるのは再び「理性なき崩壊」である。

歴史は韻を踏むのかーーAIバブルと1985年の残響

 現下の米株式市場は自国第一主義のトランプ大統領の言動に振り回されるばかりで、新しい現実への制度面での備えは覚束ない。その混乱の外縁にある日本も政治的な安定性を大きく欠き、金融市場への目配りは不十分と言わざるをえない。

 1985年のプラザ合意は、通貨秩序を整えるはずだった。だが制度なき株式市場に資金が集中し、日本経済はバブルと崩壊を体験した。もし歴史がまた韻を踏むのならば、AIバブルの帰結は、40年前の日本が体験した「制度なき繁栄」の再演になるかもしれない。

 市場が再び「根拠ある熱狂」に支配される前に、我々は問い直さねばならない。制度とは何か。理性とは何か。そして、誰がそれを築くのか。そうでなければ、私たちは熱狂の迷宮から抜け出すことはできない。

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この記事の著者
小平龍四郎

1964年生まれ。静岡県出身。早稲田大学第一文学部卒業。日本経済新聞入社後は主に金融・証券畑を歩き、「山一証券破綻」「村上ファンド登場」などの特報にかかわる。欧州総局(ロンドン)やアジア総局(バンコク)を経験し、現在は日経新聞の編集委員。専門は証券市場、ESG/SDGs、企業統治。著書は「グローバルコーポレートガバナンス」「アジア資本主義」「ESGはやわかり」。 Twitter:@Kodaira_Nikkei

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