ヒグマに100メートル引きずられて殺された…「クマは焼いて食べるか、捨てるしかない」弁護士、怒りの告発「地域経済への深刻な影響」農作物被害は7億超に

今年もクマの出没が全国各地で相次いでいる。環境省のまとめでは、これまで一番人身被害が多かった2023年と同じようなペースでクマに襲われるなどの被害が発生。17日にも、栃木プロレスやマリーゴールドなどにレフェリーとして出場していたレフェリーの笹崎勝己さんが、勤務先の温泉旅館を清掃中にクマに襲われ、亡くなるという痛ましい事件があったばかりだ。なぜ被害は広がり、対策は後手に回るのか――経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一氏が、クマ対策の現実から処方箋を示す。
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加速度的に拡大…データで見るクマ被害
クマ被害は、人命の脅威にとどまらず、地域経済に深刻な打撃を与えている。農林水産省のデータによると、2023年度のクマによる農作物被害額は全国で約7.47億円に達し、前年度の約4.07億円から約1.8倍に増加した。 特に秋田県では1.66億円を超え、県史上最大の被害額となっている。 また、北海道では2021年度の農産物被害が2.6億円に上り、主にデントコーンやビートなどの作物が食い荒らされ、十勝地方や釧路地方を中心に1億6500万円の損害が発生している。
さらに、ヒグマと列車の衝突事故も増加しており、JR北海道では2015年の24件から2020年には56件に倍増し、運行停止による経済損失が拡大している。 これらの被害は、農業生産の低下やインフラの混乱を引き起こし、過疎化が進む地方自治体の財政をさらに圧迫。駆除対策のための電気柵設置やハンター報酬、補助金支出も増大しており、持続可能な経済活動を脅かしている。こうした経済的損失を最小限に抑えるためにも、早期のゾーニング強化や助成金の拡充が急務だ。
クマは合理的に動く——飢餓と生活圏侵入の必然
この数字の背景には、クマの出没件数自体の急増がある。6月までの出没件数は全国で7248件に上り、前年同期の5691件から1.2倍以上に増加した。専門家は、気候変動による山の食料不足が、クマを人里へ向かわせる大きな要因だと分析する。春先の高温や短い梅雨は、クマの主食であるブナやミズナラ等の堅果類の生育に深刻な影響を与えた。飢えたクマが、より簡単に食料を得られる人間の生活圏へ侵入するのは、生存本能に基づく必然的な行動である。
中でも、北海道福島町で発生した死亡事故は、ヒグマ問題の深刻さと、人間社会が直面する理不尽な現実を象徴している。7月12日、新聞配達中の52歳の男性が路上でヒグマに襲われ、命を落とした。男性の遺体は100メートルも引きずられ、草むらの中で発見された。遺体には笹の葉がかけられていた。これは、クマが獲物を隠し、後で食べるために執着する「食害痕」と呼ばれる行動であり、このヒグマが男性を明確に「食料」と認識していた動かぬ証拠である。
危険個体の“4年放置” ガバナンス不全の代償
捜査と駆除が進む中で、さらに衝撃的な事実が明らかになった。7月18日に駆除されたオスのヒグマは、DNA鑑定の結果、この男性を襲った個体であると断定された。それだけではない。4年前の2021年7月、同じ福島町で農作業中に行方不明となり、遺体で発見された77歳の女性を殺害したのも、このヒグマと同一の個体であったことが判明した。4年もの間、人々の記憶から薄れつつあった凶悪な捕食者が、潜伏期間を経て再び牙をむいたのである。この事実は、一度人の味を覚えたクマ、あるいは人間の生活圏で容易に食料を得られると学習したクマが、いかに執拗で危険な存在であるかを証明している。
福島町の鳴海清春町長は「4年前からかなり凶暴なクマだという認識を持っていた」(NHK、7月19日)と語っている。4年前の被害後、町は警戒を強めていたが、個体を特定し駆除するには至らなかった。その結果が、今回の悲劇である。住民からは「やりようもあったと思う」「本来なら先手を打って対策を講じてほしかった」という、行政への不信と無念の声が上がる。これは当然の反応であろう。危険な個体を4年間も放置した結果、新たな犠牲者が生まれた。この重い事実を、社会は直視しなければならない。
人食いグマ駆除後に“抗議200件超”——現場無視の声が殺到
このような状況下で、信じがたい現象が起きている。福島町で人食いグマが駆除された後、北海道庁や町役場には200件を超える抗議の電話やメールが殺到した。「クマを殺すのはかわいそう」「山へ返すべきだ」という主張が、被害者の痛みや地域住民の恐怖を無視して、一方的に突きつけられた。中には「人間が駆除されるべき」という、人命を軽んじる常軌を逸した暴言もあった。
北海道の鈴木直道知事は、これらの抗議の多くが、現地の事情を知らない北海道外から寄せられている事実を明かし、「職員が仕事にならない」と苦言を呈した。2時間以上にわたって電話口で持論を繰り返す者もおり、自治体職員は本来割くべき防災対策や住民サービス業務の時間を奪われ、精神的に疲弊している。これはもはや意見表明ではなく、業務を妨害するカスタマーハラスメントである。
獣医・動物園・ハンター…すべてが足りない
「動物たちは意味があって生きている。麻酔で眠らせて動物園に送り、その姿に癒やされるべき」という意見は、現実を無視した極めて無責任な空想論である。人を襲い、食料として執着する個体を、どの動物園が引き取るというのか。麻酔銃の使用は獣医師の立ち会いが必須であり、興奮した大型獣への使用は危険も伴う。即時対応が求められる現場において、非現実的な選択肢であることは明白だ。
私たちを襲うクマは、ディズニー映画のキャラクターではない。生態系の頂点に立つ、時に人間を捕食対象と見なす獰猛な野生動物である。人間が生活の安全を確保するためには、時に非情な決断を下さなければならない。2025年9月には、市街地での猟銃使用を可能とする改正鳥獣保護法が施行される。これは、国がクマの脅威をそれだけ深刻に受け止めている証左である。にもかかわらず、ハンターの数は減少し、高齢化が進んでいる。
彼らは地域住民を守るため、自らの危険を顧みず、過酷な任務にあたっている。そのハンターたちを、心ない言葉で傷つける権利は、誰にもない。クマの保護を訴える前に、まず守るべきは、今を生きる人間の命と平穏な暮らしである。この一点を、我々は決して見誤ってはならない。
感情論ではなく制度設計へ――弁護士が示す論点整理
「動物愛護の問題と害獣駆除の問題を一緒にしてはならない」と城南中央法律事務所(東京都大田区)の野澤隆弁護士は指摘し、クマ問題に次の通り解決策を見出す。
「クマの肉は一定の人気があるとはいえ、鹿などの他のジビエと比べ一般的な販売はほとんどありません。寄生虫や病気の問題などがあり、法令上の安全衛生面を確保した上での加工がしにくいことを考慮すると商業ベースに乗せるのは困難なようで、駆除したクマを地元スーパーやネット通販などでいくらか流通させる程度が実態で、かなりの量がそもそも廃棄処分等されています」
「少子高齢化・人口減少が問題となっている日本ですが、世界レベルで見れば狭い国土に1億人を超える人が暮らす過密国家で、かつ国土の3分の2近くが森林である関係上、人間とクマの行動エリアは非常に近接しています。捕獲したクマを広大な保護区域などに戻すアメリカ等で採られている政策は、日本では実施困難で、せめて駆除したクマは余すところなく利用する政策を推進するあたりが限界です」
「結局、一度人里の味を覚えたクマは山に返しても高確率で戻ってくる現状をふまえれば、クマが人里の味を覚えないよう里山やごみ集積場の管理を徹底し、人の生活圏とクマの生息域を明確に分ける『ゾーニング』を実施するのが妥当な落としどころなのですが、過疎化が進む地方での実施は近年ますます困難になっています」
守るべきは人命——“保護対象”ではなく明確な害獣対応を
上記をふまえ、野澤隆弁護士は続けてこう述べる。
「クマ駆除後、自治体の一般事務を麻痺させるほどの抗議電話が殺到する事態は、カスタマーハラスメント(カスハラ)と同じような問題を引き起こしています。クマが出没しやすいのは財政力が弱い地方の自治体であることが多く、その場合、この問題はより一層深刻なものであり、結果、駆除をためらう方向で現場が動きかえって事態が悪化する一因にもなりかねません。クマ被害の増加傾向が全国的に見られていますので、国レベルで統一的な対応基準を設け、自動音声システムやAIチャットボットツールを導入し、人間の職員が直接対応する前に一次的なフィルターを設ける段階にあると思います」
「データに基づくリスク評価が不可欠です。例えば、日本におけるスズメバチ等による年間死亡者数は長年10〜20人程度で推移しており、危険ではあるが共存せざるを得ないと考える人が多いと思われ、各種対策グッズが販売されているだけでなく、様々な業者が駆除サービスを提供し自治体からの補助金も出ています。ここ数年のクマ被害も同様の数に近くなってきており、各種対策グッズ販売に対する規制緩和や既存のハンター団体の方々の協力の下で駆除業者の本格育成といったスズメバチ等と同じような施策に加え、対応農家への助成金充実が図られるべきです。とはいえ、年間死亡者数・年間負傷者数それぞれ2千人以上・30万人以上の自動車事故における自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)のような強制加入まではまだ必要なく、統計資料に基づく費用対効果を考慮した上での冷静な判断が求められます」
人命を奪い、生活圏を脅かすヒグマは保護の対象ではなく、明確な害獣である。現地の恐怖を知らない部外者からの「かわいそう」という無責任な感情論に、これ以上、社会が惑わされるべきではない。住民の安全と平穏な日常を守ることこそが最優先の責務である。人の領域を侵し、危険をもたらす個体に対しては、躊躇なく駆除を実行するべきだ。次なる犠牲者を出さないため、断固たる決断が今、求められている。