AIバブル崩壊のカウントダウン始まる…暴落シグナルと熱狂度合い、日本は今どこかだ「静かに泡立つ金融リスク」

AIをめぐる熱狂は、株式市場から産業投資、国家戦略にまで波及し、世界経済の前提そのものを揺さぶっている。期待と過熱、革新とバブル――相反する力が同時に走るなか、市場はどの未来を織り込むべきなのか。歴史は、技術革新には必ずバブルが併走し、その裏側で規律の緩みや過大投資が進むことを示してきた。一方で、嵐の後にはアマゾンやグーグルのような“本物”が必ず残る。いまのAI相場も、その選別の入口にある。AIバブルは何を生み、何を破壊し、どこへ向かうのか。日経新聞編集委員・小平龍四郎氏が読み解く──。
目次
ソフトバンクGの乱高下に見る“AI熱狂”の温度
人工知能(AI)をめぐる熱狂が株式市場を騒がせている。ソフトバンクグループ(SBG)はオープンAIへの追加出資や協業期待を背景に、時価総額2位にまで浮上した。しかし11月第1週には20%の急落を記録し、振れ幅は日に日に大きくなる。SBGの株価は、米国発のAIバブルをもっとも敏感に日本へ運び込む“導線”となっている。
AIの普及が社会をどう変えるのか、誰も確信を持って語れない。検索や効率化を超えて、企業経営・医療・教育・創作・軍事など、人間の営みの根幹に入り込む可能性がある。影響のスケールが読めないからこそ、テック企業は先回りしてデータセンターと半導体に巨額投資を積み上げている。こうした光景は、どうしても90年代末のインターネットバブルを想起させる。
強気派と弱気派が真っ二つ──割れるAI相場の未来
実際、指標の相似は驚くほど鮮明だ。モルガン・スタンレーによれば、ハイパースケーラーの設備投資比率は2027年に26%へ達する見込みで、ネットバブル期の通信事業者が示した32%に迫る。景気循環調整後PER(CAPEレシオ)は現在40倍前後と、1999年12月の44倍に肉薄する。過大な期待が市場を押し上げたネットバブルの“既視感”は強い。
だが今回、特徴的なのは、市場参加者の多くが「バブルである可能性」を認識しつつ、それでも投資をやめない点だ。グリーンスパン元FRB議長が1996年に「根拠なき熱狂」と放ったとき、市場に自覚は乏しかった。しかし現代の投資家は、AI相場の過熱を自覚しながら、それでも「成長の主役はAIである」と信じて疑わない。
一方、弱気派(ベア派)は強い危機感を示す。
「危険な投機」か「歴史的革新」か──評価が二分するAIバブル
IMF、イングランド銀行、ゴールドマン・サックス、JPモルガンなど、名だたる機関のアナリストが「株価バリュエーションは2000年のドットコム崩壊時に匹敵する」と口をそろえた。ナスダックとダウが逆方向に動く現象も出始め、当時の相場の最終局面に似ているとの指摘もある。
「世紀の空売り」で知られるマイケル・バーリ氏はAI関連株を繰り返し警告し、ピーター・シフ氏は「暗号資産よりAIバブルが危険」と断言する。非上場のオープンAIの企業価値は5,000億ドルとも言われ、パランティアのPERは200倍を超える。こうした数字が、投機の芽を育てているのも事実だ。
しかし、強気派の主張にも耳を傾ける必要がある。象徴的なのが、米グーグル元CEOエリック・シュミット氏の発言だ。「バブルは素晴らしい。むしろ、もっと続いてほしい」。ロンドンの会議で彼はそう言い切った。シュミット氏の論理は明快だ。バブルは歴史的に、先端技術への巨額資金を呼び込み、その後の産業基盤を整えてきた。鉄道網、通信網、電力網、そしてインターネット。バブルがなければ、これらの社会インフラは生まれなかった可能性すらある。
AI投資の裏側で静かに泡立つ金融リスク
彼はさらに踏み込む。「AIは過大評価どころか、むしろ過小評価されている。もしどこかの企業がAGI(汎用人工知能)を実現し、超知能を手にしたらどうなるか」。AGIは人類の認知能力をはるかに超え、科学・経済・軍事のあらゆる難問を解決しうる。シュミット氏は「その企業価値は、人類史上最大になるだろう」と言う。こうした“未来の地平”を描く人々にとって、現在のバリュエーションは高すぎるどころか、むしろ控えめにすら映る。
だが、現実はもっと複雑だ。産業投資ブームの下に、投機的な金融バブルが泡立つ可能性を否定するのは難しい。オープンAIは2025年に85億ドルを消費するとされ、ビットコイン採掘企業がAI計算サービスへ事業転換する例も相次ぐ。転換社債や高レバレッジを抱えた企業群がAI需要の減速で破綻するリスクもある。既に米ファースト・ブランズ・グループの破綻はプライベートクレジット市場を揺らした。
こうした懸念が強まる一方、半導体装置市場は別の熱気に包まれている。
装置業界の売上の35%を占める中国依存は重い課題
世界10社の装置メーカーの7〜9月期決算は19%の増益。HBM(広帯域メモリー)やEUV露光装置が引き合いを増し、東京エレクトロンの河合社長は「26年の装置市場は過去最高になる」と公言した。ASMLも見通しを上方修正し、「AI主導のスーパーサイクル入り」との声も聞かれる。AI特需が“シリコンサイクル”を上書きしつつある構図だ。
しかし、これも永続的ではない。AI向けGPUの耐用年数は「ドッグイヤーで3年」。アジーム・アズハル氏らが示す通り、AI投資の3分の1は寿命の短い資産に向かう。つまり投資回収は数世代どころか数年単位で行わねばならず、想定外の需要調整が起きれば、設備投資の揺り戻しは激しいだろう。対中輸出規制に伴うリスクも大きく、装置業界の売上の35%を占める中国依存は重い課題だ。
では、この混沌とした状況の中で、市場は何を基準に未来を測るべきなのか。
ヒントは、歴史が教えてくれる。ネットバブルは破裂したが、その後にアマゾンとグーグルが育ち、世界の経済構造を塗り替えた。2000年の崩壊は、むしろ本物を選別する「ふるい」だった。長谷川克之教授が言う「技術革新には往々にしてバブルが併走する」という経験則は、今にこそあてはまる。
投資家の空気が変わる──“AI戦国時代”が始まった
10月下旬、サウジの国際投資会議FIIの場でも、投資家の空気は微妙に変わりつつあった。ウェリントン・マネジメントのハインズCEOは「持続可能な勝者を時間をかけて見極めている」と述べ、短期の熱狂とは一線を画した。まさに“AI戦国時代”の幕開けである。
AIは人類の知的能力を拡張し、科学の発見速度を変え、資本主義の構造すら更新する可能性を秘める。だが、その未来は均衡したリスクの上に立つ。AIが開くのはユートピアだけではない。超計算能力を持つ企業が市場を独占し、資本の偏在を加速するディストピア的なシナリオすら語られ始めている。
だからこそ、SBGの株価の揺れは象徴的だ。AIがもたらす巨大な可能性と、過熱がもたらすリスク。その両方を一身に映し出している。市場がSBGに向ける期待と不安は、そのまま日本企業全体への問いでもある。
AIという黒船を前に、日本企業はどのような未来を選ぶのか。
“嵐の先の勝者”を日本から生み出せるのか
過剰投資の波に飲み込まれるのか、AIを梃子に競争力を再編するのか。ネットバブル後のアマゾンのように、嵐の先に本物の勝者として立つ企業は、日本から生まれるのか。
いま必要なのは、熱狂か冷笑かの二者択一ではない。バブルを正しく“利用”し、次の産業秩序の担い手となる覚悟である。AI革命は、私たちにそれを迫っている。
マーケットの先行きを読むという視点に立てば、強気相場は8割の楽観と2割の悲観程度の組み合わせが最も持続するというのが、筆者の経験に即した考えである。人々がAIについて「バブル、バブル」と警戒していることそのものは、株価の上昇がたとえゆっくりであっても上昇を続けるために良いことだ。警戒してもなお上昇し続けると、人々は「ひょっとしてパラダイムシフトが起きているのではないか」と思い始める。そして2割の悲観が消え、楽観10割に達したところでバブルははじける。
バブルは自覚後に最も伸びる…グリーンスパンの警告から学ぶ
ネットバブルを振り返れば、グリーンスパン氏が「根拠なき熱狂」と指摘してから3年は強気相場が続いた。そして、米国が楽観一色となり、「ニューエコノミー(新しい経済)」と言われ始めた時、株価は急落に転じた。
熱狂から真性バブルに転ずる局面では規律が緩み、様々な不正が広がることも多い。1980年代終盤の不動産バブルも最後の1~2年は反社会的な勢力が表社会に登場し、株式市場で投資家としてふるまった。ネットバブルは決算・会計が甘くなり、エネルギー大手エンロンの大がかりな粉飾が発覚した。2007〜8年の金融危機も、それに先立つ1~2年の間に、個人の住宅ローンに関する信用調査がデタラメだったことが明らかになっている。
歴史に照らせば、これからしばらくAI相場は乱高下を繰り返しながらも右肩上がりで推移する可能性がある。しかし、ここから先はマーケットの裏でどんな不正やデタラメが起きるのかも、警戒しなければならない。