中国の本音「長期化は避けてね」長引く内需不足と世界が進める「脱チャイナ政策」で国内ボロボロ…報復エスカレートで自国も大ダメージ

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 日中間の緊張が高まっている。高市早苗首相の「台湾有事」をめぐる発言が引き金となり、中国政府は日本への渡航自粛を呼びかけ、再開したばかりの日本産水産物の輸入を再度停止する報復措置をとった。関係悪化が長期化すれば、日本経済に数兆円規模の打撃となる可能性がある。経済アナリストの佐藤健太氏は「チャイナリスクは以前から指摘されてきたが、両国間の経済依存は高い。サプライチェーンの乱れや輸出減少、インバウンド消費の落ち込みを通じて日本経済への影響は無視できないレベルだ。ただ、高市首相が仮に発言の撤回をしたとしても、中国はまた『次』を言ってくるだろう」と見る。

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日本経済に影響を与えるのは間違いない

 渡航自粛に伴う経済損失は1兆7900億円―。野村総合研究所の木内登英エグゼクティブ・エコノミストは11月18日、中国と香港からの渡航自粛は日本のGDP(国内総生産)を0.29%押し下げるとの試算を公表した。今年1~9月までの全訪日客数のうち、中国からの訪日客は最大の23.7%に達する。今年9月までの1年間では約922万人で、7~9月期の1人あたり平均消費額は23万9000円に上る。

 木内氏は「中国からの向こう1年の訪日客の消費額が受ける渡航自粛要請の影響1.49兆円と香港からの訪日客の同様の影響0.29兆円を合計すると1.79兆円となる」と指摘。その上で、2024年の名目GDP607.9兆円の0.29%に相当し、経済的な打撃は相当規模に及ぶと試算している。「日本経済への影響は試算値以外にも国内旅行関連のビジネスへの打撃を通じて従業員の雇用や所得にマイナスの影響が生じ得ることから波及効果も考慮すると悪影響はより大きくなる」とする。

 著名なエコノミストである木内氏の試算は、観光面の影響に焦点を絞ったものだ。今年は訪日外国人数が初めて年間4000万人を超える勢いを見せており、インバウンド消費は無視できないレベルに達している。今年1~9月期の訪日外国人による消費額は6兆9156億円で、その2割強を占める中国は国・地域別で最も多い。

 すでに観光客のキャンセルが相次いでいることに加え、これが全面的な禁止にエスカレートすれば、日本経済に影響を与えるのは間違いないだろう。宿泊や飲食、日系ブランドなどで売り上げが落ち込み、北海道や沖縄県といった人気リゾートへの訪問も激減することが予想される。

損失は数兆円規模に膨らむ可能性

 航空業界やエンターテイメント業界も痛手となるはずだ。2012年の「尖閣諸島問題」で関係が悪化した際には反日デモやボイコットが生じ、2023年の海産物禁輸は漁業に数百億円規模の打撃を与えた。

 日中両国は1972年の国交正常化以来、緊張関係を繰り返してきた。そのたびに中国は日本に圧力をかける戦略をとってきた。まずは「貿易制限」(輸入禁止や関税引き上げ)で、日本製品の輸入を停止または制限する。そして、「観光・人的交流の制限」で航空会社や観光業の収益を落ち込ませる。さらに「重要鉱物・資源の輸出規制」だ。

 レアアースやリチウムなどの輸出禁止は「中国の武器」であり、過去には日本企業が生産の一時停止を余儀なくされた。関係悪化が長期化し、これらの措置が実施されていけば、観光業から自動車、家電業界までの損失は数兆円規模に膨らむ可能性があるだろう。

アジア新興国の重要性が高まっている

 日本は観光市場の多角化を推進しているが、日本の輸出相手として中国は米国に次ぐ2位で全体の約2割を占める。輸入では最も多い相手であり、レアアースの多くを頼る中国の存在は別格と言える。日本は「脱中国依存」の取り組みが急務となるが、短期的にはコスト増大が避けられない。 2010年に尖閣諸島周辺で中国漁船が海上保安庁の巡視船と衝突した際には中国がレアアースの輸出制限を行った。中国はレアアースの国別精錬比率で9割以上を占める。

 ただ、誤解を恐れずに言えば「チャイナリスク」は、かねて指摘されてきたものだ。これまで中国は企業の進出先としても熱い視線が向けられてきたが、今は企業もカントリーリスクを重く見ている。

 帝国データバンクが11月20日公表した意識調査によれば、現在の重点地域としては「生産」「販売」で中国がトップであるものの、今後はベトナムやインド、インドネシアなどのアジア新興国の重要性が高まっていることがわかる。

 それによれば、生産や販売の拠点など直接的に進出している企業は9.5%で、業務提携や輸出など間接的に海外進出している企業は13.8%だった。興味深いのは、現在海外進出している国・地域で生産拠点として「最も重視する進出先」を聞いたことへの回答だ。

「中国」は16.2%と最も高かったが、コロナ禍前の2019年時点(23.8%)と比べて大きく低下した。

日本への報復措置は中国側にもダメージ

 代わりに、「ベトナム」(7.9%)、「タイ」(5.3%)、「台湾」(2.7%)と他のアジア諸国・地域が上位に食い込んでいる。

 販売拠点として「最も重視する国・地域」も中国(12.3%)でトップなのは変わっていないが、2019年調査(25.9%)と比べると落ち込みが目立つ。今後重視する進出先として検討する可能性がある国・地域としては、生産拠点に「ベトナム」をあげる企業が最も多かったという。中国のカントリーリスクを考えれば当然の結果だろう。帝国データバンクは「成長市場への期待が高まっており、『チャイナ・プラスワン』などの動きを反映したものと言えよう」としている。

 今や世界2位の経済大国となった中国だが、国家統計局が10月20日に発表した2025年7〜9月の国内総生産は、実質で前年同期比4.8%に減速している。長引く内需不足の影響は深刻だ。日本への報復措置は中国側にもダメージとなり、長期化は避けたいのが本音だろう。もちろん、関係修復が遅れれば遅れるほど、日本経済への打撃は大きくなる。

日中関係はしばらく「冬の時代」

 ただ、今回の中国サイドの報復は高市首相が11月7日の衆院予算委員会での発言が原因だ。首相は台湾有事の際の想定を問われ、「戦艦を使って武力の行使も伴うものであれば『存立危機事態』になりうるケースであると、私は考える」と答弁し、中国側の反発を招くことになった。中国外務省報道官は「日本側が発言の撤回を拒否し、さらに間違いを犯せば、中国側は厳しい断固とした対応措置を取らざるを得ない」と牽制している。

 科学的根拠に基づく説明が可能な事案であれば、日本側が正確な説明をすれば問題は終わる。だが、今回は「首相の発言」そのものを問題視し、それを撤回しろと迫っているものだ。それだけに、日本政府内には「これは難しいことになる」と長期化する可能性があると見る人も少なくない。

 高市首相は、内閣総理大臣としての靖国神社参拝を現在のところ見送っているものの、やがて現実化するとの見方も広がる。日中関係はしばらく「冬の時代」を迎えそうだ。

 まとめると、日本の政治家による発言一つで、経済的な報復措置が発動されるという今回の事態は、日本が抱える「チャイナリスク」の根深さを改めて浮き彫りにした。

アジア新興国をはじめとする国際社会との連携を強化

 中国との経済的な結びつきが深い日本にとって、政治的な緊張が直接的に経済へ打撃を与える構造は、喫緊の課題として再認識されるべきだ。観光や貿易の多角化、重要物資の供給網の再構築といった「脱中国依存」に向けた戦略の実行は、もはや待ったなしの状況でもある。短期的にはコスト増や痛みを伴うとしても、特定国への過度な依存がもたらすカントリーリスクを低減させることは、中長期的な日本の経済安全保障にとって不可欠な投資と言えよう。今回の危機を教訓とし、政治・経済の両面でリスクに強い、しなやかな構造への転換を加速させることが求められる。

 日中関係の「冬の時代」は、容易には終わりそうにはない。中国側が求める「発言の撤回」は、日本の主権に関わる問題であり、高市政権がこれに応じる可能性は極めて低いだろう。一方で、内需不足に苦しむ中国経済にとって、日本への報復措置の長期化は自国経済への更なる打撃となり得る。このねじれた状況は、両国間の関係修復の道のりを複雑なものにしていく。日本政府には、毅然とした外交姿勢を保ちつつも、民間経済への影響を最小限に抑えるための知恵と、アジア新興国をはじめとする国際社会との連携を強化する戦略的な取り組みが不可欠だ。この難局を乗り越えるため、日本は経済の多様化と同時に、安全保障における自立性を高めるという、二正面作戦を遂行する必要があると言える。

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この記事の著者
佐藤健太

ライフプランのFP相談サービス『マネーセージ』(https://moneysage.jp)執行役員(CMO)。心理カウンセラー・デジタル×教育アナリスト。社会問題から政治・経済まで幅広いテーマでソーシャルリスニングも用いた分析を行い、各種コンサルティングも担う。様々なメディアでコラムニストとしても活躍している

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