令和の経済を動かすのは“承認欲求”!世の中はモノ消費→コト消費→マウント消費へ

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 自分が他社よりも優れていることを示す「マウント」(マウンティング)。SNSの登場で、この流れはさらに激しくなった。文筆家の勝木健太氏は、マウントにとらわれることは人々を疲弊させる一方で、このマウント需要こそが日本経済を支えていると話す。私たちはマウント需要をどう捉えるべきなのかについて、勝木氏が語る。全3回中の1回目。

※本稿は勝木健太著「『マウント消費』の経済学」(小学館新書)から抜粋、再構成したものです。

第2回:令和のマウントは「さりげなさ」が9割!「Clubhouse」が失速した理由

第3回:なぜサピックスは選ばれ、最強であり続けるのか…その答えは「マウント欲求」にあった

目次

「コト消費」が「マウント消費」へと変貌

 経済成長の観点から見れば、モノやコトの需要が飽和しつつある我が国の経済において「マウント需要」が増加していることは、ある種の「皮肉な福音」とも言えるのかもしれない。

 かつて、物質的な豊かさを追い求める「モノ消費」が経済を支えていた時代において、人々は新しい家電や車を購入し、より広い家を手に入れることを目指して消費を繰り返していた。しかし、その需要はすでに満たされ、完全に行き渡ってしまった。冷蔵庫やテレビ、クローゼットいっぱいの洋服──それらをこれ以上増やしたところで、大きな生活の変化を感じる人はほとんどいないだろう。このように、生活に必要なモノが行き渡った先進国の消費者にとって「さらに買い足すこと」はもはや満足感をもたらす行為ではなくなりつつある。

 そこで登場したのが「コト消費」である。モノではなく、体験そのものを求める消費行動──高級ホテルでの滞在や特別な料理を堪能するディナー、ラグジュアリーな旅行プラン──こうした〝コト〟を消費することで、物質的な所有ではなく、人生の豊かさや充実感を追求する動きが加速した。この流れは、モノの所有の先を行った「体験の時代」を象徴するものであり、従来の消費概念を大きく転換させるものであった。

 だが、SNSが普及したことによって、この「コト消費」ですらも他者に見せつけることで自分を際立たせるための「マウント消費」へと変貌を遂げつつある。

 つまり、消費の価値が「モノ→コト→マウント」へと移り変わってきているのである。単に高級レストランでディナーを楽しむだけでなく、その体験をSNSでシェアすることで、「これだけ素敵な体験をしている自分」をさりげなくアピールする。あるいはブランド品を所有すること自体ではなく、そのブランド品を持つことで「自分は他者とは違う」と感じられる優越感に対して価値を見出す。目的が自己満足から他者との差別化へとシフトし、「モノ」や「コト」の次なるステップである「マウント消費」という行動が生まれつつあるのである。

「高級ホテルの快適な滞在」では満足できない

 これは、資本主義経済における新たな潮流と言える。物質的な満足度が飽和状態に達した社会では、体験やその「見せ方」に重点が置かれ、人はそれに対して積極的にお金を払うようになる。

 たとえば、高級ホテルに泊まる行為自体は「快適な滞在」を得るためのものだが、それだけでは満足できない消費者が増えている。彼ら/彼女らが真に求めているのは、そのホテルでの体験を「どれだけ特別なものとして他者に伝えられるか」「この体験をシェアすることで、どれだけ自分の価値を高められるか」という点にある。上質なサービスを享受するだけではなく、「このホテルを選んだ自分のセンス」や「その体験を知っている自分という特別感」が重要な要素となっている。こうして消費行動は自己満足からステップアップし、「自分の価値を示すための手段」へと変化しつつあるのだ。

「マウント消費」の広がりは、企業にとっても極めて重要な示唆を含んでいる。従来の機能やデザインだけでは、もはや現代の消費者の深層心理を捉えることはできない。求められるのは、「その商品を所有することで、どのように自己を演出できるか」「それを所有することで、他者とどう差別化できるか」といったマウント起点の付加価値を提供することである。

 たとえば、単に高機能なスマートフォンを売るのではなく、「これを所有することで、どれほど先進的で洗練されたライフスタイルを体現できるのか」といったストーリーとともに訴えかけることで、消費者の「マウント欲求」を満たしていく。それこそが、現代の消費行動を捉える上で必要不可欠な視点と言えるだろう。

 もちろん、「マウント消費」には危うい側面も存在する。他者との比較に過度に囚われてしまうと、消費が「他者に見せるためだけの行動」に陥り、社会全体が大幅に疲弊する恐れがある。この状況が深刻化した場合、適切に規制するための法整備や倫理的な指針の整備が必要となるかもしれない。

 しかし、社会全体で節度を保ちながらその欲求を健全な形で満たすことができれば、間違いなく消費者に対して新たな価値を提供することにつながる。「自己表現の手段」として機能する「マウント消費」は、自分自身の存在価値を再確認させ、個性を際立たせるための極めて有効な手段と言える。適切に活用されれば、それは社会に対してこれまでにない活力をもたらす可能性を秘めていると言えるのだ。

「マウンティングエクスペリエンス」という新たな概念

 ここで鍵となるのが、「マウンティングエクスペリエンス(MX)」という私が提唱する新たな概念である。これは特別な体験を提供するだけにとどまらず、それを通じて消費者が他者に対する優越感を実感できるように設計された体験のことを指す。言い換えれば、「自分は特別な存在である」と深く感じられる物語性や価値を織り込んだシナリオや演出を緻密に構築することである。

 たとえば、高級ホテル業界では、豪華な部屋や優れたサービスを提供するだけではもはや十分とは言えない。ラグジュアリーな内装やホスピタリティは基本条件に過ぎず、それを「他者よりも一歩先を行く体験」へと昇華させるための工夫が求められている。ゲスト限定のラウンジでの特別なワインテイスティングや秘境のようなプライベートスポットでの特別イベントなどは、宿泊客を喜ばせるためだけの演出ではない。これらは、SNSでシェアされることで「こんな特別な体験をしたのは私だけ」という優越感を感じさせるための仕掛けとして機能し、ゲストにとって忘れられない独自の価値を創出しているのである。

 MXの可能性は、デジタル空間においても急速に拡大している。オンラインやデジタルアート、さらにはメタバース内での限定イベントなど、物理的な制約を克服し、これまで存在しなかった形の体験が次々と登場する中で、それらを「他者との差別化を実感できる特別な体験」へと仕立て上げることの重要性が高まっている。このようなデジタル領域は現代の経済社会における新たなフロンティアであり、企業が次世代の競争力を構築するために注力すべき重要な領域と言える。

 重要なのは、その体験が消費者によって他者にシェアされた際に「どのように見られるか」という視点まで考慮した上で設計されていることである。自らの価値を実感できるように、体験の各要素をMX起点で緻密にデザインする必要がある。その結果、消費行動は単純な取引という行為から、消費者自身が「自分は特別な存在だ」と感じられる自己表現の場へと進化を遂げるのだ。これからの企業には、消費者に対してMXを演出するための舞台を提供し、その舞台の上で自分らしく輝き、充実感を味わえるような体験を意識的にデザインすることが求められるようになるだろう。

 このように、MXを活用して「マウント消費」を促進することは、人々に対して新たな価値を提供するための極めて有効な手段となる可能性がある。「自分は価値ある存在だ」と感じたいという欲求は、テクノロジーがどれほど進化しようとも消え去ることのない人間に備わった根源的な本能である。

 だからこそ、企業はそれに寄り添い、満たすための体験を丹念に設計する必要がある。そして、「自分の価値を強く実感できる瞬間」を提供することで、これまでにない消費の形を開拓する旗手となるべきなのだ。それこそが、これからの企業が目指すべき使命であり、未来を切り拓くための原動力となるだろう。

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この記事の著者
勝木健太

1986年生まれ。幼少期7年間をシンガポールで過ごす。京都大学工学部電気電子工学科を卒業後、新卒で三菱UFJ銀行に入行。4年間の勤務後、PwCコンサルティングおよび監査法人トーマツを経て、経営コンサルタントとして独立。約1年間にわたって国内大手消費財メーカー向けに新規事業・デジタルマーケティング関連プロジェクトに参画した後、2019年6月に株式会社And Technologiesを創業。2021年12月に株式会社みらいワークス(東証グロース:6563)に会社売却(M&A)し、執行役員・リード獲得DX事業部 部長に就任。2年間の任期満了後、退任。執筆協力実績として『未来市場 2019-2028』(日経BP社)『ブロックチェーン・レボリューション』(ダイヤモンド社)、企画・プロデュース実績として『人生が整うマウンティング大全』(技術評論社)がある。

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