“米ドル一強”崩壊の足音が聞こえる……「金融の核兵器」を発射した米国、対抗するロシア

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 日米両市場の投資家として40年活動してきた米国在住のワイズマン廣田綾子氏は、「今の世界情勢は混沌を極めつつある」と話す。その大きな要因の一つが、「ドル一強」の通貨秩序への動揺だ。現在、世界では何が起こっているのか。ドル基軸通貨体制の観点から、同氏が解説する。

※本稿はワイズマン廣田綾子著「海外投資家はなぜ、日本に投資するのか」(日経プレミアシリーズ)から抜粋、再構成したものです。

第1回:投資キャリア40年・米国在住投資家「日本はいま、世界のバリュー投資家から注目されている」バリュー投資の三つの型

第2回:年間300社の経営陣と面会した投資家が見つけた「成長余力のある企業」の探し方

目次

ドル一強を打ち崩すデジタル通貨

 第二次世界大戦以降、ブレトンウッズ体制、ニクソンショック以降の為替変動制導入という変遷の中で、半世紀以上にわたり続いてきた「ドル一強」の通貨秩序。それが決して永遠ではなく、揺さぶられた末に、いつか崩れ去るときが訪れるかもしれない―多くの人々がそう意識する一つのきっかけを作ったのは、2019年にフェイスブック(現メタ)が打ち出した、独自のデジタル通貨「リブラ」の構想でした。低所得層や新興国の住民など銀行口座を持たない人々に幅広く決済手段を提供する金融包摂という大義を掲げ、翌20年の運用開始を目指していました。

 リブラは当初、ブロックチェーン技術を活用しつつ、実質資産との連動によって価値を安定化させることで通常の暗号資産と差別化を図るステーブルコインの一種として計画されていました。ただ、デジタル通貨が普及すれば各国の中央銀行が通貨を制御できなくなるとの懸念から多方面で反発が生じ、20年12月にフェイスブックはリブラ構想を事実上撤回し、

「ディエム」に名称を変更。フェイスブックはあくまでディエムを運営する非営利団体の参加企業の一つに過ぎないというところまで、構想は後退を余儀なくされました。

 その後、民間団体による新たなステーブルコインの立ち上げが相次ぐ中で、構想は次第に過去のものとして忘れられていきます。しかしこの構想がもたらした一連の騒動は、テクノロジーの進展を含めた時代の変化の中で、ドル基軸通貨体制と各国中央銀行が制定する金融政策という枠組みの前提が崩壊するとどのような事態がやって来るのか、市場関係者たちに頭の体操の機会を与えたと言えるでしょう。

コロナとロシア戦争が「ドル一強」崩壊を推し進めた

 その後、ドル基軸通貨体制の崩壊というシナリオを単なる頭の体操などではなく、よりリアルな可能性として人々が意識する契機となったのが、新型コロナウイルスの感染拡大とロシアによるウクライナへの軍事侵攻でした。20年前半に本格化したコロナ禍は、既存のサプライチェーンに大きな打撃を与えました。

 中国や米国から日本への自動車部品が一時寸断され、EUから世界への医療関連物資も供給がストップ。物流面でも、中国の都市封鎖による陸上輸送の遅延、中国発コンテナ船の減便、EUにおける国境通過に要する時間が増大するなど影響が拡大していきました。EUは移民の停滞により労働力不足に陥り、米国でも入国に伴う隔離措置が技術者移動の妨げに。

 経済産業省の「通商白書2020」は、当時の政府の問題意識を端的にこう記しています。

《従来からのサプライチェーンの課題を再認識して克服する機会に》

 新型コロナウイルスの感染拡大を機に顕在化した生産体制、物流、人の移動の寸断はサプライチェーンに大きな影響を与えることとなった。生産拠点が集中している部材・部品が供給停止となること、物流網が遮断されること、人の移動が停滞すること、これら三つのいずれか一つを契機としてサプライチェーン全体の停止に繋がるということが明らかとなった。一方、これらはいずれも従来から認識されていた課題の延長線上にあるものでもある。

 中国の人件費が上昇し、米中摩擦が進展する中で日本企業は東南アジアなどへ生産拠点の多様化、分散化を進めていたものの、新型コロナウイルスの感染拡大においてサプライチェーンの寸断が見られることとなった。また、日本企業においては、2017年以降のトラック配送の値上げとドライバー不足への対応、2018年秋の非常に強い台風に伴う関西国際空港の一時閉鎖に伴う代替空輸の経験など、物流網の多様化・分散化の必要性に直面する機会は存在していたが、新型コロナウイルスの感染拡大に直面する中で、物流の遅延や寸断は広範に及び、多くの企業に影響した。そして、移動制限は生産活動や物流に大きく影響した。

 このように、新型コロナウイルスの感染拡大は従来からの課題を再認識する機会となったものの、それと同時に課題を克服する機会にもなる。(経済産業省、通商白書2020)

「金融の核兵器」の発射

 22年に始まったウクライナ危機は、西側の民主主義国家と権威主義国家の分断を加速させました。

 日本は侵攻直後から、ロシアを批難する立場を鮮明化させています。2月24日のロシアによるウクライナへの軍事行動開始を受けて、外務大臣はその日に駐日ロシア大使に撤収を要求。翌25日には、ロシア関係者の資産凍結、ロシアの金融機関(バンク・ロシア、プロムスヴャジバンク、ロシア対外経済銀行)に対する資産凍結、ロシアの軍事関連団体に対する輸出などに関する制裁を発表しました。

 その後、プーチン大統領らロシア政府関係者に対する資産凍結、ロシア最大手ズベルバンクを含む銀行などに対する資産凍結措置や、ロシア中央銀行との取引制限、デジタル資産を用いたロシアによる制裁逃れの対策、新規投資の禁止、経営コンサルティングを含むロシア向けサービス提供の禁止などを実施しています。また関税暫定措置法を改正し、ロシアからの金などの輸入禁止を実施するなど貿易上の措置も講じました。

 ウクライナ危機は、コロナ禍で組み換えが進んだサプライチェーンだけでなく、通貨どうしの力関係にも変化をもたらすことになりました。それを象徴する歴史的な出来事が、SWIFTからのロシアの締め出しとジョー・バイデン大統領(当時)によるロシア政府のドル資産の凍結、およびその後の没収です。

 SWIFTとは、ドルをベースにした国際決済ネットワークであり、世界の銀行が国境をまたいでお金の円滑なやりとりをする上で必要不可欠のインフラとなっています。SWIFTから特定の国を排除することは、その国の経済体制を揺るがす事態につながりかねず、よく「金融の核兵器」とたとえられます。

 2022年のウクライナ侵攻を受けた制裁としてロシアの銀行は実際にSWIFTから除外されました。しかし、これによってロシアが経済的に即座に壊滅したわけではありません。

 むしろこの経済制裁はロシアに、ドル依存からの脱却へと舵を切る選択を迫ることになりました。ロシア中央銀行の外貨準備に占めるドルの構成比率を引き下げるなど、ドルありきの国際秩序から距離を取りながら、ロシアは自国経済を維持する新たな方策を模索し始めました。アメリカから見れば、ドル一強体制を維持するために選択したSWIFT排除とロシア所有のドル資産の凍結・没収が、ドル離れを加速させ、かえって裏目に出る結果をもたらしたのです。

存在感を増す「中国発祥の決済システム」

 経済制裁の抜け穴を模索し、それを拡張しようとするロシアの動向に加えて、ドル基軸通貨体制を揺るがし始めているのが、中国の動きです。特に、中国がSWIFTとは別に人民元ベースで構築した独自の国際決済システムであるCIPSは世界的に存在感を強め、既存の通貨秩序の脅威となりつつあります。

 CIPSは日本のメガバンクを含め世界中の銀行から参加が広がっており、24年末時点で直接参加機関が168に、間接参加機関は1461に上っています。

 24年12月に開かれたBRICSでは、一部でCIPSへの参加を各加盟国に促そうとする動きがあったとも報じられました。貿易金融に占める人民元のシェアは22年2月には2%未満にとどまっていましたが、ロシアによるウクライナ侵攻から1年後には、4.5%となり、実に2倍以上に急速に拡大しています。

 現時点では、ただちにドル基軸通貨体制が覆されるほどの状況とまでは言えないにせよ、中国だけでなくインドやブラジルなど、グローバルサウスの他のメンバー国を含め既存の通貨秩序に挑むような動きが今後も広がるとすると、かつてのようにドルを持ち続けていれば未来永劫にわたって安心とは言い切れないでしょう。

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この記事の著者
ワイズマン廣田綾子

東京都生まれ。国際基督教大学卒業。1983年、スイスの経営大学院IMDでMBAを取得。84年に渡米後、証券アナリストに。87年より米国株投資担当のファンドマネジャーとして年金基金や労働組合等の米機関投資家の資金運用に携わる。2000年よりヘッジファンドに移籍し、日本株のロングショート戦略で資金運用を担当。10年より現在在籍しているホライゾン・キネティックス社でアジア戦略担当のディレクターとして、日本を含むアジア市場での運用担当に。Nippon Active Value Fund の社外取締役。SBIホールディングス、東芝で社外取締役を歴任。CFA資格取得者。現在、米国ニューヨーク州在住。

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