どうすれば失業から逃れられるのか?企業に求められる「リスキリング」3ステップ

IT技術の発展はもはや不可逆的であり、これからの仕事のカタチは大きく変わっていくことが想定される。では、人間が失業しないために、企業は、国は、何をすればいいのか?企業のリスキリング支援を行う一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事の後藤宗明氏が、日本の未来に向けたステップを語る。全3回中の3回目。
※本稿は後藤宗明著『AI 時代の組織の未来を創るスキル改革 リスキリング【人材戦略編】』( 日本能率協会マネジメントセンター)から抜粋、再構成したものです。
第1回:なぜ経営者はリスキリングに興味を示さないのか?リスキリング支援の第一人者がその理由と対策を解説!
第2回:AIは人間の仕事をどれくらい奪うのか?人間が生み出すべき「新たな価値」とは
目次
「失業なき成長分野」へ移動するための3ステップ
①「日本型の労働移動」の必要性と理想的なプロセス
日本経済の成長、維持を諦めないのであれば、日本企業がそれぞれ成長事業を作り出し、その集合値として日本における成長産業を生み出す必要性については疑いがないことだと思います。しかしそこにたどり着くためには何を優先するかによってさまざまなアプローチが存在すると思います。
ここでは「失業なき成長産業への労働移動」、雇用を守りながら、自動化の影響で消失していく仕事で働く人たちが、給与の上がっていく成長産業で仕事ができるようしていくための道筋を、リスキリングの観点からお伝えしたいと思います。
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ステップ1: 各企業がリスキリング実施、成長事業分野のスキルレベルの全体の底上げ |
ステップ1:
各企業が自社の成長事業を策定し、その分野で活躍できる人材を育成していくための全社規模でのリスキリング施策を実施します。例えばデジタル分野に注目するなら、自社のデジタルトランスフォーメーションを実現するために部署ごとにまず必要な知識や初歩的なスキルを習得していきます。
デジタル化のプロセスの中でも、紙からデータへ、デジタルツールを使った業務に切り替える、デジタル分野で収益を上げる新規事業を創出する等、難易度は異なりますが、全社の従業員がデジタル化に貢献していくことで、生産性が上がっていきます。結果として1社単位でのデジタル分野の知識やスキルレベルが向上、全体の底上げができます。
ステップ2:
実際に従業員のデジタル分野の知識やスキルレベルが向上していくと、さらなるレベルアップが期待できるようになります。社内でデジタル分野の話をしてもほとんど通じない、という状況から、デジタル分野の知識やスキルが共通言語化していきます。
そして社内のデジタル事業が大きくなるにつれて、受け入れる配置転換可能な人材の数も増えていきますし、事業の成長スピードが速い場合には外部から即戦力を採用することが必要になります。そうしたプロセスの中で、従業員は学んだデジタル分野の知識や初歩的なスキルを、業務を通じて実践することができ、会社全体としてのレベルアップが期待できます。
ステップ3:
各社で従業員のリスキリングが進み、スキルレベルが上がり、成長事業が拡大していくことによって、1人当たりの給与額も上がっていきます。スキルレベルが上がるということは、社外でも通用する力も上がるということです。
従業員視点で考えると、米国大リーグのFA宣言と同様、社内に残留するのか、社外のオファーを受けて転職をするのか、オプションが増えることになります。会社としては、育てた優秀な社員が出ていかないように、会社を魅力的に保つ必要が高まり、必然的にそのための手法の1つは、魅力的な処遇を用意することになります。
リスキリング機会を提供し、魅力的な給与を提示することでポジティブな人材の流動化が起きます。やりたいことを見つけて退職する人も出てきますが、優秀な人もまた入ってくることになります。
時間はかかるかもしれませんが、従業員自身にリスキリングの成功体験が蓄積され、外部環境の変化に強い組織を作ることができ、日本全体としての生産性の向上と組織力の向上につながるよう思います。
日本が取り組むべき改革とは
①アウトスキリングによる労働移動
アウトスキリングとは、収益悪化が原因で人員整理を行わなくてはいけなくなった会社が、その対象となった従業員に対して、退職前にリスキリングの機会を用意し、成長産業での転職が可能となるように行う支援策を指します。特に新型コロナウイルス感染症による影響で収益が悪化したアメリカやイギリスの企業で注目された手法です。
今後日本においてミドルシニアの方々の雇用をどうすべきなのかという議論が進んでいく中に、もし強制的な労働移動をやるという話になるのであれば、その前に真剣にアウトスキリングの可能性を模索すべきだと思います。
企業としては、一時的に財務状態は改善するのですが、やはりリスキリングの機会はもらえるものの、個人は苦しい思いをするわけです。実際にアウトスキリングの経験を経た方たちが実際に成長産業での転職を成功させ、以前より収入も上がって満足しているといった事例も出始めてきています。まずは日本で全体として、失業なき成長産業への労働移動の実現に向けて真剣に取り組むべきです。
②AI・ロボット稼働による自動化課税とベーシックインカム
徹底的な自動化が加速度的に進み、新しく生まれる雇用に対してリスキリングのスピードが追いつかず、労働移動が停滞する状況になった場合、大規模な失業者対策等のセーフティネットを用意する必要が出てきます。
1つ目は、ベーシックインカムの導入の議論です。既存の政策やビジネスの仕組みだけでは解決できない場合に必要となります。さまざまな国で実証実験が行われ、労働者の働く意志を削がないといった結果も出てきていますが、賛否両論の状態ではないかと思います。
反対論者の意見の1つは、server wageという米国の仕組みと同様の結果になるというものがあります。米国ではウェイターの仕事などに対し、チップを支払う制度が習慣となっています。ところが、雇用主が来店顧客から従業員がチップをもらえることを前提に、最低賃金をあえて低く設定しており、最低時給を押し下げるという問題が起きているのです。
これと同様に、ベーシックインカムをもらえることを前提に、雇用主が意図的に給与を下げる可能性も指摘されているのです。給与で1人当たりの従業員の生活費を全額カバーすることが保証されない限り、実はベーシックインカムだけでは生活できなくなるという指摘もあるのです。
2つ目は、AI・ロボットを導入している企業に対する税金として自動化課税を課すという考え方です。生産性向上を極大化するために人間を雇わず、AIやロボットを活用している企業に対して、稼働単位に応じて税金を徴収するという考え方です。今後日本でも真剣に議論する必要性が出てくるのではないかと考えています。
automation tax(自動化税)と表現する方もいますが、例えば、従業員1人当たりの雇用をAIやロボットによって自動化している場合に、税金を課すやり方です。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏が2017年にQuartz社の取材に対してロボット税を課すべきとの考え方を披露し、当時注目をされました。
例えば年収5万ドルの従業員の方がいたら、所得税や社会保険を支払っているわけですが、その仕事をロボットがやるようになればその所得税などは支払われなくなるわけなので、ロボットに税金を課すべきという考え方です。
技術的失業を防ぎきれない過渡期においては、AI税、ロボット税などから得られる財源を用いて失業している方への支援、リスキリングによる就労支援に充当するなどの検討が必要になってくるのではないかと考えています。
③リスキリングを条件とした公共・民間のハイブリッド職の拡大
現在、大都市圏と地方、大企業と中小企業で、人手不足と余剰人員の状況がそれぞれ異なっています。また事業形態や内容によって異なります。
社会不安、治安悪化などを未然防止するためにも、技術的失業に陥る方々を一時的に受け入れる雇用の受け皿として、税金と民間給与の財源から半分ずつを拠出する、公共と民間のハイブリッド職などの創設の議論も検討する必要が出てくるのではないかと考えます。
政策起業家、社会起業家の方々の支援を含め、社会維持のための必要な公共性の高いエッセンシャルワークの分野、最低限の人間の衣食住を維持するサービス提供に関する分野などに適用します。
ハイブリッド職に就業することで、生活を維持しながら成長分野の職に就くためのリスキリングに取り組むことを就業条件にする、期間限定にする等の措置を取ることで、財政への影響を最小化する必要もあります。
雇用を維持するための雇用、については反対意見も大きいですが、労働の自動化が短期間で極端に進んだ際には、大企業出身のホワイトカラー職の中高年労働者などに対しては、必要な措置と考えます。
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