役人の妄想で街の灯が消される…さすがに疑問の声あがる「タバコ規制」経済わからず、現実見えず「厚労省・大坪寛子の肝入り会議」月売り上げ100万円減と主張する店も

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 かつてはそこら中でタバコの煙が漂っていた日本だが最近では禁煙者が増え国民の喫煙者は15%にまで低下した。たしかにタバコは体に悪い。また副流煙により吸わない人への影響もある。だが、体に悪いのは酒も砂糖も同じで、酒に酔った人による迷惑行為は後を絶たない。タバコはそういう意味で分煙が進んでいる。また国民負担率が高まる我が国において、タバコ税は貴重な税源でもある。すでにマイノリティーと化した日本の喫煙者に対して、これ以上規制する必要はあるのだろうか。人間の愚行権の侵害にはならないのか。経済の自由をあまりに制限していないだろうか。経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一氏が解説する――。

目次

行政コスト対効果という視点が完全に抜け落ちている

 残された記録を読むだけで、その場の寒々しい空気が伝わってくるようだ。

 2025年11月25日、東京・八重洲で「第1回受動喫煙対策専門委員会」が開かれた。厚生労働省が主催し、今後のタバコ規制のあり方を議論する場である。出席したのは、健康・生活衛生局長の大坪寛子をはじめとする役人たち、そして医師や大学教授といった専門家たちだ。

 彼らの議論をまとめた速報や資料には、整然とした数字やグラフが羅列されている。過去の法律施行からの経過年数や、アンケート結果が無機質に記されているだけだ。一見すると、理性的で冷静な議論が行われているように見えるかもしれない。しかし、文字として記録された発言を丹念に追うと、その内実は外界の「生活のにおい」を完全に遮断した、空虚な言葉遊びに近いことが露呈する。

 ここに名を連ねる人々は、タバコを「絶対悪」と定義し、社会から完全に消し去ることを正義と信じて疑わないのだろうか。健康という錦の御旗を掲げれば、経済活動や個人のささやかな楽しみを踏みにじっても許されると考えている節がある。議事録の詳細を読み解いていくと、その浮世離れした感覚に驚かされる。

 たとえば、日本医師会の黒瀬巌委員の発言だ。学校敷地内の全面禁煙化について議論が及んだ際、事務局側はすでに95%以上の学校で敷地内全面禁煙が達成されていると報告した。95%といえば、政策としては大成功の部類に入る。しかし、黒瀬委員は満足しない。残りの数パーセント、わずかな隙間を許せないのだ。「不十分であり、ルールの周知徹底を図らなければならない」と語気を強める。生徒が吸っているわけでもなく、分煙がなされた上で吸うことも禁止するのは、無意味な規制だろう。完璧でなければ気が済まない潔癖症的な発想は、行政コスト対効果という視点が完全に抜け落ちている。

 禁煙ルール、お構いなしに吸ってしまえば終わりだし、ルールなしで吸われるよりは分煙施設を設けることが、タバコ害を減らすことになぜ気付けないのだろう。

学生フィールドワークの「実感値」などという曖昧な根拠

 また、国立がん研究センターの片野田耕太委員の発言も、現場の痛みを無視している。「既存特定飲食提供施設」と呼ばれる、一定の条件下で喫煙を認める経過措置の対象店舗が、いまだに全体の7割も存在することを問題視した。「想定より減少が緩やかだ」と嘆いてみせるが、これは逆に言えば、それだけの数の飲食店が、喫煙を認めることでなんとか経営を維持しているという証拠である。片野田委員は、学生のフィールドワークの「実感値」などという曖昧な根拠を持ち出し、居酒屋などが抜け穴を使っているのではないかと疑いの目を向ける。

 会議室から出た言葉からは、汗を流して働く人々の姿が見えてこない。空調の効いた部屋で、紙の上の数字を減らすことだけに熱中する姿は、滑稽ですらある。社会は、数式のように割り切れるものではない。人間の営みはもっと泥臭く、曖昧なものだ。しかし、厚労省の役人や学者たちは、その曖昧さを「悪」と断じ、コンクリートで固めようとする。

 現実の世界に目を向けてみよう。大阪では、規制の強化によって悲鳴を上げている人々がいる。大阪府飲食業生活衛生同業組合などが提出した陳情書を見ると、切実な訴えが胸に迫る。大阪市内で路上喫煙が全面禁止されれば、行き場を失った喫煙者が飲食店の店先に群がり、営業妨害になりかねないという懸念だ。喫煙所というインフラを十分に整備しないまま、規制だけを先行させる行政のちぐはぐさが、現場に混乱を招いている。

 さらに、報道を見れば、規制強化がどれほど経済的な打撃を与えているかが一目瞭然だ。

「関西テレビ newsランナー」で5月2日に報道されたものだ。

「受動喫煙防止条例で売り上げ激減 『正直者がバカを見る』リアルな声 飲食店の怒り・苦悩を吉村知事に直撃」

タバコ禁止で月100万も売り上げが減ったと主張する焼き鳥店

「(焼き鳥・酉乃市)オーナー 岸本清吾さん:今まで吸えてましたから、吸えないってなったら、『じゃあいいわ』って帰られる方が結構いましたね。(Q.売上も減ったり?)減りましたね。(Q.どれぐらい?)100万以上。(Q.月々ですか?年間1000万超えてくる…)超える。ヤバイでしょ。タスケテ―。」

 これが現実だ。月100万円以上の減収。年間で1000万円を超える損失。中小の飲食店にとって、これほどの打撃を受けて生き残れる店がどれだけあるだろうか。喫煙ブースを作るにも100万円単位の費用がかかり、維持費もかかる。店主の「タスケテ―」という叫びは、冗談ではない。命の叫びだ。

 にもかかわらず、厚労省の会議室では、「加熱式タバコの専用室が店舗面積を占拠しているのがけしからん」だの、「屋外や家庭内まで規制の議論を広げるべきだ」だのといった、浮世離れした議論が繰り返されている。東京都健康推進担当課の小澤康子委員などは、パチンコ店などで加熱式タバコ専用室が多く設置されていることすら問題視し、規制の網をさらに広げようとしている。

 そもそも、商売とは、客のニーズに応えることで成立するものだ。タバコを吸いながら酒を飲みたいという客がいる限り、その需要に応えようとするのは商売人として当然の行動である。それを「不届き者」扱いし、兵糧攻めにするようなやり方は、自由経済に対する冒涜と言ってもいい。

健康は大切だが、経済的な死もまた、人間を不幸にする

 ここで称賛すべきは、理不尽な規制の波に抗いながら、それでも知恵を絞って生き残ろうとする現場の経営者たちだ。喫煙ブースを設置したり、あるいは組合を通じて行政に陳情を行ったりと、店を守るために必死に行動している。泥臭く、必死に生きる人間の姿には、尊厳がある。清潔な会議室で「べき論」を振りかざす人々よりも、はるかに人間的で、信頼に足る存在だ。

 厚労省の大坪局長は、会議の冒頭で「データに基づく議論」を求めたという。しかし、参照すべきデータは、健康被害の統計だけではないはずだ。倒産件数、失業率、売上の減少幅、そういった経済の指標もまた、無視してはならない重要な「データ」である。健康は大切だが、経済的な死もまた、人間を不幸にする。貧困は病気を招き、家庭を壊し、社会を荒廃させる。その連鎖に想像力が及ばないのなら、それはあまりにも偏った知性と言わざるを得ない。

役人の妄想によって、街の灯が消される

 受動喫煙対策専門委員会で語られる言葉は、一見正しく聞こえる。「望まない受動喫煙をなくす」。誰も反対できないスローガンだ。しかし、行き過ぎた正義は、時に暴力となる。タバコという嗜好品を完全に排除し、無菌室のような社会を作ろうとする試みは、多様性を否定することに他ならない。人間は、多少の毒を含んで生きている。清廉潔白なだけの世界は、息苦しい。

 タバコ規制に限らず、昨今の日本社会には、潔癖すぎる風潮が蔓延している。少しでも異物があれば排除し、ルールからはみ出した者を徹底的に叩く。厚労省の会議は、そうした社会の縮図だ。学者や医師たちは、自らの専門領域である「健康」というレンズを通してしか世界を見ていない。レンズの端に映る、廃業に追い込まれる店主の涙や、憩いの場を奪われた人々の嘆きは、彼らの視界には入らないらしい。

 経済活動の現場は、もっとカオスで、エネルギーに満ちている。タバコを吸う客もいれば、吸わない客もいる。店主が喫煙OKと思うならOKにすればいいし、禁止なら禁止でいい。あとは、店側の姿勢に応じて客が選べばいいだけである。一律のルールで上から縛り付け、従わない者を悪と断じるやり方は、全体主義的であり、経済の活力を削ぐ愚策である。

 厚労省が推し進めようとしているのは、現実を無視した「バカ規制」と言わざるを得ない。彼らの脳内にある理想郷と、我々が生きる現実社会との間には、埋めがたい溝がある。その溝を埋めようともせず、一方的に理想を押し付ける姿勢は、傲慢だ。

 我々に必要なのは、無菌室の設計図ではない。雑多で、騒がしく、しかし活気のある街の風景だ。そこには紫煙もあれば、笑い声もあり、商売の駆け引きがある。役人の妄想によって、街の灯が消されることがあってはならない。今こそ、現場からの反論が必要だ。「きれいごとだけでは、飯は食えない」という、当たり前の事実を突きつける時である。

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この記事の著者
小倉健一

1979年生まれ。京都大学経済学部卒業。国会議員秘書を経てプレジデント社へ入社、プレジデント編集部配属。経済誌としては当時最年少でプレジデント編集長就任(2020年1月)。2021年7月に独立。現在に至る。 Twitter :@ogurapunk、CONTACT : https://k-ogura.jp/contact

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