上にゴマすり、下に押し付け…なぜ「上司にしたくない人」ばかりが出世するのか

新卒が入社後、お客様から部下に変わる際の戸惑い
リーダーシップや決断力があって、責任感が強く部下を守ってくれる。価値観や働き方が多様化する今日でも憧れの上司像は変わることがない。だが、勤続年数を重ねるにつれて思い知るのは「なぜ、あの人が?」というような意外な人物がトントン拍子に出世していく現実だ。古今東西、昔も今も、理想と現実の乖離が埋まることはない。「嫌な人ほど出世する」ともいわれるが、あなたが経営者であれば、どんな社員を出世させる?
生命保険大手の明治安田生命が実施している「新入社員が選ぶ理想の上司」ランキング。2022年2月に発表されたアンケート結果によると、「男性編」は内村光良さんが6年連続でトップ。2位は櫻井翔さん、3位には設楽統さんが入り、タレント勢がトップ3を飾った。「女性編」のトップは日本テレビの水卜麻美アナウンサーで、2位は女優の天海祐希さん、3位はインフルエンサーの渡辺直美さんとなっている。華やかな世界で活躍する高い能力とともに、優しさや癒しも兼ね備えた人物が好感されているようだ。
だが、「現実はそんなものじゃない!」と笑う社会人は多いだろう。大学時代に青春を謳歌した後、やっとの思いで就職試験をパスしたものの、優しかったのは内定段階まで。いざ正社員として入社すると、「お客さん」から「部下」に変わり、和やかな表情を見せていた上司の態度が急変することを知っているからだ。そこに「優しさ」「癒し」が存在するケースは稀で、ストレスフルな世界が待ち構えている。
厚生労働省の労働安全衛生調査(2018年)によると、仕事や職業生活に強い不安や悩み、ストレスがあると回答した人は58.0%に上る。その原因の上位にあるのは「対人関係」だ。職場環境や人間関係など「仕事上のストレッサー」は心理的負荷となり、就職後3年以内に退職する新入社員は大卒者で約3割、高卒者は4割近くに達している。
会社という「ムラ」。住人から嫌われたら地獄
今の時代、珍しくなくなった退職には「思っていた仕事と全然違った」「仕事の質・量がブラックすぎる」「良い条件の転職先が見つかった」という理由もあるだろう。ただ、社会生活を送る上で避けて通れない人間関係が破綻し、上司や同僚とのコミュニケーション問題からメンタル不調を抱える人は増加傾向にある。
5年前、東京都内の総合商社を退職した30代後半の男性Aさんもその1人だ。久しぶりに届いた元同僚からのメールを眺めながら、「やはり、あの時に辞めて良かった」とつぶやく。新しく発表された社長をはじめとする役員、部長の顔ぶれは5年以上前から見てきた「ムラ」そのものだったからだ。Aさんは、その「ムラの住人」である上司Bに嫌われ、メンタル不調に陥った。
当時課長だった上司Bは、役員からも「仕事ができる男」と評されるなど社内でも有名な仕事人間。同僚や部下が居酒屋に誘っても、同席することはほとんどなかった。その一方で、自分の「上」とは頻繁に会合をこなす。重要な会議資料を命じられれば、右から左に流すように部下に作成を求めた。もちろん、ミスがあれば叱責もある。「あのゴマすり男、本当に残念すぎる」。会社近くのガード下で部下の愚痴は尽きなかった。
能力や実績主義など関係のない世界に絶望
社内で「鉄仮面」との異名がついたBは淡々と仕事するタイプで、愚痴もこぼすこともない。「上」への報告や相談時に自分の意見は発するものの、役員と考え方が異なるとわかれば落としどころを探る要領の良さも備えていた。若い時に仕えていた人物に仕事の成果はほとんど献上し、その引きもあって課長から部次長、部長と階段を駆け上がった。同期で一番の出世頭だ。「結局、誰に可愛がられるとか、要領の良さとか、一部の人たちの『ムラ』だけで出世が決まる。能力や実績主義なんて関係ない世界だった」。同業他社に転職したAさんに後悔は微塵もない。
就職情報会社として知られる「エン・ジャパン」が2019年4月~5月に調査したところ、これまで困った上司のもとで働いたことがある人は85%に上る。その中身を複数回答で聞くと、「人によって態度を変える」(66%)が最多で、2位は「いざというときに部下を守ってくれない」(58%)、3位は「指示・指導があいまい」(55%)となっている。
「単なるセクハラおやじだった」「パワハラがひどすぎる」というのは論外だが、なぜ出世する上司には「嫌な人」が多く、部下との距離がしばしば生じてしまうのか。そのヒントは「視点」の違いにある。